スーラ

 はれてバールはマリテュスの一期生になった。ここから待ち望んだ魔法使いへの第一歩がはじまる。


 ところで、王立魔法大学マリテュスには卒業というものがない。


 それぞれの魔法には種類があり、系統と属性に振り分けられるため、一般的な魔法や魔術士というのは厳密には存在しなかった。


 新しい魔法が日々開発される昨今、一生のうちに人が覚えられる魔法には限りがあり、習熟度には個人差がある。


 マリテュスでは卒業に代わる目標設定は本人が行い修業時期を決めることにしていた。

 公的な実力を示す認定制度も存在するが、認知度が低く、多くは国に仕官を望む者が取得し、マリテュスではそのために専門の課程コースが用意されている。

 国に仕官が決まれば授業料がタダになると聞かされれば、バールの心は激しく揺さぶられたが受講の条件は厳しく、適性試験で「並」の判定を叩き出していてはお話にもならない。

(授業料かぁ……いやいやそんなことより!!)

 貯金はもって一年分しかないが、今日は入学後の初の登校日、それより満喫しなけりゃ損っきゃない。



 マリテュスの広大な敷地の半ばに堂々とそびえる八角形の塔がバールを出迎えていた。

 やや末広がりの赤レンガ造りの巨塔は2000個の教室を有する講義塔である。

 ここで最初の授業というべき、説明が行われ、説明会を終えた新入りたちは思い思いに散っていった。


 やみくもに足を踏み入れれば帰って来られなくなりそうな迷宮の脇を逸れて、バールはすでに人だかりが築かれている屋外闘技場のひとつに歩いて行く。


 円形舞台の闘技場では実演会デモンストレーションが行われていた。

 人垣の隙間からようやく見えた舞台の中心には屈強な男が立っていた。壮年の赤毛の戦士は背負っていた両手剣を引き抜き、大きく振り下ろす。

 同時に声が轟いた。


「 燃えよ《※※※※※》ッ!! 」


 バールは「燃えよ」のあとの言葉が上手く聞き取れなかった。

 正面に構えられた大剣が炎に包まれたように見えた瞬間、身を乗り出した観衆に視界を遮られてしまう。

(みみ、見えないっっ)

 身長を活かして飛び跳ねようにも、人に押されて段々と身動きがとれなくなっていく。

 その間も演武は続いていた。


「 そは力なり すべてを灰にす破壊者よ 我が前に力を示せ《※※※※※※》!! 」


 どよめきに続いて爆音が続けざまに鳴り響いた。

 パラパラと頭上から壊された円台の一部と思われる破片が降ってくる。


「すげー〝戦鬼ガウル〟だぜ、戦場の魔術士ガウル・エバンスだよ」

「〝戦鬼ガウル〟って傭兵だろ? なんでここに」

(エバンス?……)

 バールは人の会話にこっそり耳をそば立てていた。

「傭兵だけど、もとはマリテュスの出身らしい。魔法使いってより魔剣士だと思われてるけどな。でも今の、火炎系の付与魔法だろ」

「そっからの連続攻撃とか意味わかんねーな」

 バールはなんとかして見せ物を見ようと人の体の隙間を探した。誰かが移動して空いたわずかな場所に挟まるように顔を突っ込んだ。


 片側が瓦解した闘技場に立つ戦鬼ガウルの大剣はすでに背中にしまわれていた。

 赤毛の巨軀の腕が頭上にかざされた。


「 我が前に力を示せ 」


 低く重量感のある声が響く。


「 そは裂けるもの 不動の重さもて なお変わるもの そは力なり 」


 呪文が完成した瞬間、魔剣士は地に手を突き当て、裂帛れっぱくの意志で魔法を解放した。


「《※※※※※》!!!」


(やっぱり肝心なとこが何言ってるかわからないいい!!)

 耳を覆いたくなるいくつもの轟音と共に大地が揺れ観客から悲鳴が上がる。揺れはすぐに収まったが、円形状の舞台では剣士の足元を中心に亀裂が走っていた。

 バールは舞台が一度裂けて閉じるまでを目撃していた。

(すごい力だ……めちゃくちゃ壊してるけど)

 背筋をすっと寒気が通る一方でなんだかドキドキする。


「以上だ。––––––私の講義を受ける者は詠唱系魔法の演習に来い」

 拍手と歓声が湧き起こった。


 その後〝青眼せいがんの魔術士〟が《隕石落下メテオストライク》で隕石を召喚して雷系の魔法でそれを破壊してみせたとか、〝谷の魔女〟が土精霊ノームを使い闘技場を砂に変えたとか聞きかじっては現場に向かったが、間が悪くなかなかまともに見学できなかった。


 ガウル・エバンスが言ったように魔法は系統によって分野が変わる。代表的な詠唱魔法、精霊魔法、神聖魔法の他にそこから派生し独自の発展を遂げて一分野に成長した系統もある。(付与魔法、召喚魔法、死霊術等)

 また、新しい発動方法の魔法が見つかれば、その呪文が例え一つしかなくても系統を名乗ることができた。


 自分にどの分野が向いているのか、新入生が受ける説明会や渡された資料や実演を見てもちっともわからない。

 バールはとりあえず一番かっこいいと思った〝戦鬼ガウル〟の講義に向かった。


『満員御礼 〆切』


 みんな考えることは同じ。

 バールは貼り紙の前で呆然と立ち尽くした。


「であるからして、えー系統魔法という区分の他に、属性で分けることもできるんですな」

 うつらうつら舟を漕ぎながら、バールは階段教室のはじの方で同じ基礎講義を三回も繰り返し聴いていた。生徒はまばらにしかいなくて、ほとんどが撃沈している。

 あれからさんざん回ってみたが、人気のある講師の教室は定員を超えていて、空いていたのは書物を読むのと変わらないような単調な座学か、系統不明の独自性に富んだ魔法の講義くらいだ。

「属性というのは火や水といった元素性と、攻撃、防御、治癒といった要素性に分かれますが、まーわたしは治癒専門で行くわという人は、系統にこだわらず色々な分野の治癒魔法を身につけたり、逆に系統で絞りたいわという人は、例えば神聖魔法を選んでその中で要素性の魔法を網羅する、と。まー組み合わせはさまざまなわけですが……」

 三回聴いてようやく内容が頭に入ってきたが、さすがに効率が悪過ぎる。

(授業料一年分しかないのに、これじゃだめだ。おれは何やってるんだ……)


「どこも混んでるよね」


 次の日もまた次の日も、朝から閉め出しをくらい教室の扉の前に立ち尽くしていると、ふいに声をかけられた。視線を下げたそこには透けるような灰色の髪の少年が立っている。

 バールはかっと目を見開いた。

(きみはっ、たしかあの潜在能力がスゴイですねくん!!)


「あ、ごめん、じゃましちゃったかな」

 バールの様子に少年はその場を去ろうとした。

「ううん、きみも困ってるの?」

「色々見て回りたいんだけど、どこもいっぱいで。貴族の人たちとか魔術の心得がある人が優先みたいなんだ」

「あー、そういうことかぁ」

 なんてことはない最初から不利だったのだ。バールはその事実を初めて知った。

「せめて、習いたい魔法が決まれば、受ける講義が探しやすくなるんだけど」

(……人から聞くと状況が整理できるなぁ)

 バールは思い浮かんだことを提案する。

「自分の魔力にどんな特徴があるかわからないなら、特殊な能力の必要ない、魔力があればどうにかなる詠唱魔法を覚えたらいいと思うよ」

(魔力値が高いきみなら、すぐに頭角を現すだろうし)

「あとは、入学の時にもらう判定書だと評価が大まかにしか書いてないから、担当してくれた試験官のところに行って相談した方がいいな、名前覚えてる?」

「え、えーと、顔なら覚えてると思うけど」

 バールは適当な紙に適性試験を受けた日付や時間を書きつけて少年に渡した。

「庶務課に行って確認してもわからなかったらおれの試験担当官を探してみて。同じ時間におれはきみの右隣の席にいたから、きっと覚えてると思うよ」

 少年は驚いた顔でバールを見つめ、受け取った紙を眺めた。

「ありがとう。––––––ぼくはスーラ・アマリリス。きみは?」

 バールは名乗った。

 スーラはバールより年下の13歳だという。

「バールくんも試験官に会いに行くの?」

「会ってもあんまり意味ないかな、おれの場合」

「?」

「スーラくんのおかげで思いついたことがあるから、もうちょっと一人で探してみるよ」

「がんばって」

 スーラは笑顔を見せた。

 心配してないよと言ってるようなまぶしさだった。

「お互いに」



 バールはスーラと別れ、講義塔の奥へと進んで行った。そう大きくない講義室が続く区画に入っていく。

 次第に空き教室が目立ってくる。ここは主流の系統から外れた魔法を専門とする講義が集まっている場所のはずだった。


 最も主流の詠唱魔法にはほぼすべての要素と元素の、上位から下位の階級魔法がそろっている。

 だから人気が高く、講義数も多く、スーラのように魔力が飛び抜けてでもいない限り、短期間で芽を出すことは難しい。

 バールはそう考えた。

 はっきりしているのは自分に「並」程度の魔力があることだけだ。


 バールは繰り返し聴いた基礎講義のなかで、付与魔法がもともと詠唱魔法に含まれた属性だと知った。

 無機物に魔力をこめる技術を応用して生物強化への道をひらき一系統として確立したという。

 付与魔法の体系のなかには、今のところ攻撃呪文と治癒呪文が存在しないそうだ。


 系統魔法はそれを標榜した数だけあるが、体系的に不完全なものが多かった。

(でも、付与魔法で炎をまとった剣は攻撃性が高くなる)

 工夫次第で穴は補えるかもしれない。

 専門に特化した講義なら受ける人数は少ないはずだ。

 特殊な才覚を必要としない、魔力があれば扱える、幅広い呪文のある分野を見つければいい。

 バールは小さな希望にかけてみることにした。


 いくつかの零細魔法の分野を思い浮かべながら、永遠に続くいくつ目かの角を曲がる。

「造形魔法」「天候魔法」「真音魔法」「動物となかよくなる魔法」……ちょっと心ひかれるものもあったが、魔法っぽくなかったり、呪文の数が極端に少なかったりと、どれも死角が多すぎた。

「研究室」。あきらかに講義室が講師の私室になってきたところでバールの足が止まる。

(そろそろ引き返そうかな……ていうかここどこだろう?)


 この先にまともな講義室はなさそうだと首を伸ばすバールの目に、講義名の書かれた小黒板が飛び込んできた。

 そこに標榜する系統魔法の名と担当する講師の名が記されている。

 堂々とした品のある字に、吸い寄せられるように近づいて読んでいた。

(誰もいないのかな……)

 開いたままの入口からは教壇に屈むように座る、紺色の長衣ローブの人物が見える。

 教室には他に誰もいなかった。

(誰もいないってことは、人気がないのかな? 新しい先生で知名度がないだけかな?……)

「3時から」

「えっ、あ」

「書いてあるはず」

 慌てて入口外の板書を見直した。名前ばかり見ていたが、ちゃんと日付と時間が書かれている。

「あの、また3時に来てもいいですか!?」

「……どーぞ」

 そっけない言葉にもバールは笑顔で礼を言い、講義室の番号をしっかり記憶すると出直すことにした。


 木漏れ日がわずかに窓にかかる、逆光で暗い教室に静寂が戻る。教壇にうずくまる影のような男は、とり残された沈黙のなかに再び気配を消した。


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