13


 列車がホームに滑りこむ。

 降りると知らない町の知らないにおいがした。

 クガイはそこからさらに列車を乗り継ぎ、ホームで買ったサンドイッチと飲み物を僕にも分けてくれた。


「遠慮するなよ。後から確実にバレるから吐いとくけど、個室の代金もここから払わせてもらった」


 クガイは緑色の石が飾られたバングルを寄越した。それはリリアンの腕に、あつらえたようにぴったりとはまる。僕のカフスみたいなもんだろう。鞄を返す前にくすねてたみたいだ。

 これは通信端末であり各種支払いにも対応するものだから……つまり。

 訂正する。リリアンの金で購入した食物が半分になって返ってきた。


「これからどこに行くの?」

「う~ん、それよりも、お嬢さんがついて来る理由はなんなのかなあ。てっきり寝てる間にサヨナラかなって思ってたんだけど」


 クガイはそう言って、新聞をばさりと広げ、サンドイッチを大胆に頬ばる。

 もっともな疑問だ。


「……死に損ねたから、自分探しの旅っていうか」

「うそぉ~、自殺じゃないって言ってたじゃ~ん!」


 やりにくい。これは自分の言い訳がまずいせいなんだが、自分の目的といいクガイの気性といい、何もかもがやりにくい。

 まさか本当に理由を話すわけにもいかない。見逃してはくれないのかと唸っているとクガイは「まあいいけど」と興味を突然失ったかのように流した。


風信子フウシンシ家の秘色ヒソク屋敷って知ってる?」


 僕は首を横に振る。


「どっちも知らない」

「現在の当主は風信子イキシア。三大貴族である天藍家の遠縁だな……。秘色屋敷ってのは銀市にあるそいつの別邸だ。俺の目的地はそこってわけ」

「別邸……別荘みたいなもんか」

「そそ。それも特殊な目的のために、年に一度だけ使われる特別な屋敷さ」

「特別な目的って?」

「《交霊会》だよ。魔術師たちの秘密の社交場だ」


 交霊会、という実生活にはなんら関わりのない単語を聞いて僕の頭の中にかつがつ浮かんだ貧困なイメージ映像は、ホラー映画によるものだった。

 外国の人たちが、海外版のこっくりさんことウィジャボードを楽しんだり、霊能者を呼んで親しい誰かの霊を呼び出したりするやつ。

 食べ終わるとクガイは煙草を咥えて何の断りもなく火をつけた。


「……コメントに困るな。オカルトに興味があるようには見えないけど」

「俺の目的は別。ま、ついて来ても得にはならないと思うぞ」

「ついて来られる分には文句はないってわけ」

「あんた、魔術師だろ。優秀な奴は歓迎だよ。正体不明だけど戦力になりそうだし」

「戦力って……、何か、戦力が必要になりそうなことがあるの? ただの交霊会なんだろ」

「その会に俺の友人が招待されててね。ここ何日か連絡がつかない」


 友人って、もしかして。


「星条コチョウだ……俺のことを知ってるなら、アイツのことも知ってるだろう」


 尖晶クガイをひどい目にあわせた張本人を、友人と呼んだ。本人が気がついてるかどうかは謎だけど。いったいこのクガイは、どっちなんだろう。ホムンクルスか、本物か。僕は今、いつどこにいるんだろう。

 それ以上に、僕の性格の非常に律儀な部分が、突っ込まざるを得ない。


「連絡がつかない、だけ?」


 クガイはほほ笑んだまま、「うん」と可愛く返事をした。


「君ら、けっこういい歳だよね……」

「うん、そうだよ。大人の男さ」

「それが、連絡がつかない程度のことで、他人の金まで使って様子を見に行くの?」

「あいつは俺にとって大事な友人なんだ」


 大事な、と言うとき、クガイは何とも言えない満ち足りた顔をしていた。

 こっちを見つめる目は、どこか夢見心地だ。


「…………星条コチョウが? いま、星条コチョウの話をしていたよね。言っちゃなんだけど、めちゃくちゃ性格が」


 流石に言いすぎかと思って言葉を切ったが、返ってきたのは意外なセリフだった。


「悪いよな。知ってる。あいつは傲慢で高飛車で自意識が肥大化しすぎてる。俺のことだって、なんとも思っていやしないさ。道端のゴミくらいに思ってるだろう」


 僕は開いた口が塞がらない。

 認識がズレているのではない。コチョウだって人として友人たちには友好的な態度を取っているのかと思ったが、それも違う。

 クガイはそうだって知っていてコチョウを友人だと言ったんだ。

 いや待て。

 だったら何でなんだ。

 ミズメとクガイがコチョウに陥れられたのは……コチョウが二人をだましたんじゃないのか? 詐欺師のように狡猾に欺いて……アマレにしたように残酷に切り捨てた。そうじゃないのか?


「それって、友達とは言わなくない?」

「ああ、そうだな」とクガイは夢見心地のまま呟く。「だけど、と思ったのさ」


 わからない。


 そうだったらいいな? いいなって、なんだ?


 そうこうしているうちに電車がホームに滑りこむ。

 クガイは新聞を丁寧にたたんで座席に置き、僕の腕を取って立たせた。それも無理やりじゃなく、なんでか知らないが僕がごく自然に立っているという、合気道を思わせる完ぺきなエスコートだった。

 がっちり肩を組んで、歩きだす。


「さあ行こうじゃないか、レディ」

「え、なんで、僕が」

「あんたも魔術師なら、面白そうだと思わないか?」

「交霊会がか?」


 クガイはおかしそうな口調で、とっておきの秘密を話すように囁いた。


「独自調べによると、交霊会そのものは三年前に終わってるはずなんだ。イキシアが病死してな。だが噂では、招待状だけが届く。毎年、魔術師だけに……」

「それってどういう意味」

》」

「めちゃくちゃヤバそうな話じゃん!」


 僕は叫んだ。

 賭けてもいい。ただの交霊会じゃない。

 これは、ただの交霊会なんかじゃないぞ。

 そしてクガイは散歩するみたいにやばそうなことに首を突っ込む直前で、リリアンはこの絶妙なタイミングに僕の意識を投げ込んだのだ。


「少なくとも笑顔の素敵な職場だぜ?」


 そう言って、クガイはどうほほ笑めば女性が口説けるのか計算され尽くした爽やかな笑みをみせる。

 本音を言うと、ついて行きたくはなかったが、ついて行くしか方法はない。

 僕は魔人の正体を突き止めたい。

 そしてみんなを助けたい。

 そうすればすべてがうまくいくんだ……というのと、不本意だが、クガイが言うところの「そうなったらいいな」はよく似ていた。





 到着駅はゴールではなかった。

 いかにも田舎駅、といったところでレンタカーを借り、飛ばせるだけ飛ばして田園風景を横切り峠を攻めて安モーテルに泊まり、再びのどかな田園風景のただなかに突っ込んでいく。


 目的地に辿りつくまで、丸一日かかった。


 秘色屋敷は田舎をはるかに超えた超絶ド田舎の田園風景の只中にあった。

 紺青の空色の下、広大な庭と明かりをともした玄関アプローチがはるかかなたに見える。

 虫の音を聞きつつ、そこまで辿り着いた時、革靴はすっかり泥で汚れていた。

 しかも秘色屋敷は、なんかめちゃくちゃ嫌な気配がした。


「僕から忠告しとく……絶対、行かないほうがいいと思う」


 たぶん、僕にしか聞こえていないと思う。

 さっきから、めちゃくちゃ嫌な音が聞こえてきてる。

 金杖が震えて、悲鳴や金切り声、心臓の鼓動、湿り気のある水音を伝えてくる。

 誰かが耳元でささやいている。



 昔々、ここは偉大な魔法の国。



 さあ、耳を澄ませて。

 あなたは夢を叶えて。

 どこにいるの?

 さがしましょう、宇宙のかなた。

 みつけられるかしら、悲鳴のむこう。

 そこにいるかしら、鏡のあちら側。

 あなたはどこにいるのかしら、

 ほんとうにいるのかしら……。



 

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