14 兎と僕と連続密室自殺事件
どことも言えない作りかけの駐車場だった。
だだっ広い平面のやつじゃなくて、鉄筋コンクリート造りでビルのようになっている、商業施設なんかでよく使われている立体駐車場だ。
まだまだ建設途中のため鉄骨がむき出しの駐車場、その屋上の真ん中に、唐突にコンクリで作られた立方体が鎮座する。立方体には鍵つきのドアがひとつだけついており、錠を下ろすと外側からは開かないようになっていた。
そんな小部屋が何の用途もなく、ただ邪魔なだけの位置に、何かのバグみたいに。
明らかに異常で無用の空間となって存在している。
扉を開き、明かりを差し入れると、そこには未だ生々しい血の痕跡が遺されていた。
《連続密室自殺事件》
シキミが寄越した資料の中でも、いちばん凶悪な事件がこれだ。
この半月ほどで四件、六人が死亡している。
最初は男女のカップルの片割れが、次は裕福な資産家、親子、老人が……同様の事件で亡くなっていた。
いずれも死因は《自殺》で、家族や恋人の目の前で突然命を絶ったという、不可解で残酷極まりない事件だ。
中には誕生パーティーの最中に、ステーキを切り分けるため自ら手に取ったナイフで首をかき切った、という事例もある。
もちろん、現場はどれも《密室》だ。
絶対に、例外なく、なんの間違いもなく密室だ。
というのも、この駐車場のように普通なら密室になりそうにない場所も、強制的に密室になってしまうからだ。
事件前夜までこの駐車場には、この小部屋のような空間はなかったはずだった。
けれど作業員がやってきたとき、そこには鍵のかかった部屋があり、中には若い男女がいた。
彼らは婚約したばかりだったが、男が舌を噛んで死ぬところを目撃した女は放心状態になっており、病因に運ばれた後自殺している。
女の方の死に事件性はない。心の傷のせいだ。
鍵がかかっていない部屋に鍵がかかり、屋根のないはずの場所に屋根が現れる。
これらの事件の目撃者たちは当初、僕と同じで容疑者として逮捕されかけた。
でも現場から多量の魔術残滓が発見されたことと、ととても魔術でしか解決できそうにない事象が確認されたため、通常の捜査は中止になり魔術捜査官にバトンタッチされたという正真正銘の怪奇事件である。
こんな事件が、キヤラたちが好き勝手していた間に起きていたとは知らなかった。
「これ、結構モロっていうかドンピシャじゃありませんか……」
資料から顔を上げたイブキは、不可解な顔つきだった。
確かにこの事件については密室・自死というキーワードがだだかぶりだ。何故いまのいままでこれの調査をしなかったのか不思議に思われても仕方ない。
「だけど、ひとりで取り掛かるには危険そうだろ」
唯一無二の答えである。これ以外になにか、あるか? という感じだ。
死者が出てる事件なんか、そうそう簡単につつきたくない。
「ふたりでも危険なことには変わりないんですけど……?」
「まあ、そうなんだけど。それに事件の様子が探してる感じとちょっと違うんだよな。マージョリーはまだ死んではないし、明確な暴力の痕跡があったわけじゃない。でも……」
「犯人が魔術師なら、殺し方には工夫ができるだろう、ということですよね。どんな理由にせよ、マスター・ヒナガの容疑が晴れるか、裁判において有利に働けばなんだって構わないってわけで。もちろん深入りする必要もないですし」
「…………そういうこと」
僕らがすることは犯人探しではない。
むしろ、僕の容疑を外すためにはこの事件の原因が明らかにならないほうがいいのかもしれない。事件の全容が明らかになって、その被害者にマージョリーが含まれなかったら、僕はどのみち捕まる。
それよりは《似たような事件で何人も死んでいる》ということで、僕の審議が《合理的な疑いあり》となって煙に撒くことができれば、それでいいのだ。
――そういう意地汚い思考を完璧にトレースされて、僕のイブキに対する心象はより複雑になりつつある。
これは自己嫌悪だ。
イブキは僕と似ている。しかも、とてもよく似てる。
「この件は市警もそろそろ本腰を入れて捜査しているだろうし、シキミと相談しながら調査を進めてくって決めたんだよ。彼が最新の情報を仕入れて来てくれる手筈なんだけど――……」
待ち合わせの時間は三十分は過ぎていた。連絡を入れたが反応はない。
「おかしいな、約束を破るような人物じゃないんだけど」
「伝言を入れておいて事務所のほうに直接行ってみましょう。あまり街中でじっとしているというのも、今の貴方の状況を考えると得策ではありません」
イブキは周囲を見回しながら言った。
竜鱗魔術を発動させ、闇夜を見通して熱源が近づいて来ないかどうか確かめているのだ。
今日、教官服を着て出かけたのはどれだけの人たちが悪意を持って近づいてくるのか確かめたかったからだったが、今となってはあまり正解とは言い難い行為になってしまった。
こんなに早く結論が出るなんて予想外過ぎだ。
「そうだね。そうしよう。ここから先はあまり目立たないほうがいい」
「あの、マスター・ヒナガ……」
おずおずと何かを言いかけたイブキに僕は告げる。
「駄目だ。君はその格好のままだ」
「なんで! 目立つでしょう!」
「理由はね、最高に面白おかしいからだよ。僕が!」
イブキはウサギ衣装のまま屈辱に震えていた。
対照的に、僕は支配の喜びに震えていた。
このサディスティックな喜びを、他人は残酷だと思うかもしれない。
でも彼女は過去に二重スパイという大罪をおかし、僕を派手に裏切った過去のある女だということを忘れないでいてほしい。
ここにいるのは人間のクズが二人なんだ。
僕らはみんな、ひとりじゃない。
*
方解法律事務所はもぬけの殻だった。
なんでそんなことがわかったかというと、鍵がかかっていなかったからだ。
先に入ったイブキが安全を確かめ、後から入室した。取る行動が天藍と一緒で、なんだかちょっと感心する。
「慌てて出て行かれたようですね。マグカップに残された飲料の温度からして、それこそ三十分も経過していないはずです」
「不用心だなあ……」
「取るものも取りあえず、という感じですね。個人的な手帳が机の上に開かれたままになってました」
革の手帳を差し出される。
手書きの手帳には様々なものが挟みこまれ、手渡された瞬間に家族の写真が抜け出た。
今度はシキミを含めて三人の写真だ。
愛妻家、子煩悩、そんな単語が頭に浮かぶ。
家族写真と僕の関係は吸血鬼と十字架に似たところがあるが、良識として拾い上げる。
写真の裏にはメモ代わりにされたのか万年筆の筆致で《何故こんなことに?》と書かれていた。
不思議なフレーズだ。
「別に緊急時でもあるまいし個人的な手帳を読んだりしたら、悪いよね」
そう言いながら手帳の最新の頁を開いた。
イブキがそっと寄ってきて、肩越しにのぞきこむ。
「言葉と行動が全くかみ合ってませんね……」
「キミも見てるだろ」
「いえ、その。これは偶然です。たまたま、目に入っちゃっただけです」
「その詭弁は、わりと親近感が湧く」
似た者どうしの僕たちの視線はほぼ同時に、ある記述に吸いつけられていった。
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