8
弾ける流星のような声だった。
どこまでも澄んでいて濁りなく、響いたあとは余韻も残さずに消えてしまいそうな。
僕のそばを金色の星が走り抜ける。
小さなきらきら星は金鹿と僕のちょうど真ん中で弾け、無数の光を撒き散らしながら、少女の姿になった。
長い髪の毛が旗みたいに翻っている。
不思議な色だ。
まるで夜空にたなびくオーロラの情景をそのまま写したような髪だった。
「まにあった!」
彼女は愛し気に、天上の夜を白い腕に包むように広げていた。
鏡となった水面に映るのは、もはや、降り注ぐ銀の細剣ではなかった。
剣は空中で花火のようにはじけ、白銀の星となって光を散らしながら落ちて来る。
流れ落ちる星の大瀑布を、オルドルでさえ呆気にとられてただただ見入っていた。
「きみは……青海の魔術師ではないね」と、平静を取り戻したのは金鹿がわずかに早い。
「うん、そうだよ」
少女は無邪気に頷き、泉の水を手にすくって遊ぶ。
まるで子どもそのもの、といったあどけなさだ。
その体を薄緑の輝きと銀色のキラキラした星が包んでいる。
「ねえ、わるい鹿さん。おねがいがあるの。もうこの子たちをいじめないであげてくれる?」
「それはできない相談だよ、お嬢さん」
「そ。じゃあ、もう消えていいよ。ふたりのまえから……」
少女は両手にすくった水を宙へと放った。
瞬間、僕も肌で《魔力》を感じた。
水滴が緑の波動となって弾ける。輝く。そして広がった。
その魔力は尽きることを知らず、果てもない。
一瞬で何もかもが飲み込まれる膨大な《力》が、光の波濤が、何もかもを押し流していく。
これは、たぶん魔術じゃない。ただ大きすぎる力をがむしゃらにぶつけてるだけだ。
光が止むと、炎に燃えるオルドルの森は消えていた。
金鹿もいない。
ただあたりを夜の闇が包み、満点の星が輝いている。
空には揺蕩うオーロラの光がある。
そして僕の前にはさっきの女の子が満足そうに目を瞑っていた。
「ここは、青海文書の中なのか……?」
「ボクが存在してるというコトは、そうに違いナイ。金鹿の気配も感じる。凄く遠すぎて感じ取れないケドね。ボクたちは《彼女》に連れ去られたんだ」
少女に、手負いのオルドルが杖を向けている。
「あの娘は魔法の棒きっれも振らズに、青海文書のナカに別の領域を作りだしてル。アイリーンも手が出せない、青海文書から隔離された《別世界》、原初の宇宙といってもイイ。大した《魔女》だ」
少女は満足そうに微笑みながら、瞼を開けた。
「わたしは魔女じゃないよ。こんなに力をつかったのははじめて」
話がよく掴めてない僕からすると、彼女は美少女型の不思議ちゃんなわけだけど、オルドルからすると危険な存在らしい。
「キミの相手をしてるヒマはない。さっさとツバキから出て行け」
「僕から……って何? どういうこと? 凡人を置いて超人だけで話するのやめてくれる?」
今更だけど、マスター・オガルの気持ちがわかる。
三人でいるのにひとりだけ全然わからない会話されるのって気持ち悪すぎだ。
「あのさ、話の腰を折るけど。君は、いったいどこの誰?」
「あっ、ごめんなさい。じこしょうかいがまだだったよね」
彼女は待ってましたと言わんばかりに、実に嬉しそうに、楽しそうに、くるりと一回転する。
スカートが膨らんで、そのまわりを銀色の小さな星が輝きながら跳ねまわる。
彼女の一挙手一投足を世界が祝福するみたいだ。
最後に僕の前で正面を向いて止まり、身を低く屈めて微笑んだ。
「はじめまして、わたしはマージョリー・マガツ。あなたのお嫁さんです。未来の!」
マージョリー・マガツ……。
何故ここに? どうして? 疑問は尽きない。
自殺を図ったはずの彼女が、何故僕の目の前にいる?
あとついでに、お嫁さんて何?
でも、予感はしてた。
オーロラの娘……。彼女はその名に相応しすぎる。
「えっと、なんか前のと似たような展開だな……」
「マージョリーとキヤラを《どういつし》するのはやめて。わたしがそういう未来を観測したんだから、それはウソとかキベンじゃなくて、ジジツなんだから」
僕の独り言を聞きつけて、マージョリーは頬を膨らませて怒る素振りをみせた。
あざとい……か……?
あざとすぎてカワイイとかそういうのより《怪しさ》が先に来る。
「なんでキヤラのことを……それも、僕とキヤラの間に起きたことを知ってるんだ?」
「だって、ぜんぶ見たもの。あなたのことはぜーんぶ。とびらからきて、べにかとであって、それから竜やキヤラとたたかって。それから、それから……あなたがゆりしろ姫に恋をしていることも、しってるのよ」
星条百合白。
その名前を出されて、息を呑む。
なるほど……。
これがマージョリー・マガツの千里眼ってやつか。
彼女がマージョリーだということを、もう疑ってはいない。
百合白さんとのことを知ってるのは、僕と本人の二人だけのはずだからだ。
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