5 切なくなるほど冤罪
クヨウ捜査官をひと言で表すようなら《蛇のような女》だ。
獲物を追い詰める捜査手腕が、というより、ネチネチしたものの言い方や、ひと言ずつに含有される多大な嫌味や、気性や目つきそのものが、だ。
「だからッ、僕はやってないって言ってるだろッ!」
「自分がやったなんて言う犯人ばかりなら、世界は三割マシになった。なにしろ私が出向いて手錠をかける理由が無いのだから。愚民」
クヨウの瞳が緑色に輝く気がした。
何度か来ている海市市警の警察署だが、魔術を封じる手錠をかけられて狭い取り調べ室に放り込まれたのは流石に初めてのことだ。
簡素すぎる机といす、薄暗い照明、テーブルライト。
時計の針がコチコチ言う音が聞こえてくるが、時計は角度的に見えず、何時間たったのかは不明。
あとクッションが薄くて尻が痛い。
これじゃ、まるでテレビの二時間ドラマだ。
「ああもう、いったいどうしろって言うんだよ!」
僕がいきなり逮捕されたのは、全く身に覚えのない事情によるものだった。
今日の昼頃、海市市中で事件が起きた。
《マージョリー・マガツ》という人物が死んだのだ。
マージョリーは《神秘保護保全協会》という名の団体に属する女性で、生きながらにして《奇跡》を体現する《聖者》として人々から崇められていた存在だ。
ちなみにこのいかにも怪しげな団体の実態は、やっぱり宗教団体だという。
協会の運営者は《循環の七使徒教団》という宗教家たちで、魔術を越える才能を持つ人間を幾人も集めて保護している。
神が実在する世界での宗教なんてややこしくて仕方ないけれど、実在が約束されているからこそ人々は信仰を求めるものらしい。《奇跡》や《救済》を求め、多額の寄付が集まり、いまやその影響力は国家を超えるくらいに膨らんでいるというのだ。
馬鹿馬鹿しい話ではあるけれど、否定もできない。
不思議な力がオガルを守ったのを、僕はこの目で見てしまっている。
きっと、この国で苦難の道を歩んでいる人たちはみんな、同じことが自分に起きることを望んでいるのだろう。
竜の脅威から自分たちを守り、傷を癒し、いなくなった誰かに再び会いたいと願ってる……だからこそ海音のように科学や魔術による説明のつかない《不思議な力》を持つ人物は《奇跡の体現者》として魅力的にうつる。
つまりマージョリーは教団の宣伝塔というわけだ。
しかし、教団に手厚く保護されていたはずの彼女が、突然倒れてしまった。
辛うじて死んではないらしいが、どんな医療魔術も受け付けず、死は避けられない状態だという。
「今際の際といっていいかわからんが、最後に遺した言葉が《マスター・ヒナガのために死ぬ》だったそうだ」
それを聞かされて、いったいどんな顔をしろというんだろう。
「……それだけ? たったそれだけで僕をわざわざ逮捕したのか?」
こう言ってはなんだけど、僕はそこそこ顔と名前が知られている人間だ。
名前が出たからって殺人犯扱いされていたのでは国外逃亡でもするしかなくなるぞ。
「無論、貴様が一般人なら、笑い話で済んだだろうな。だが、残念ながら優秀な魔術師だった」
「どんな理屈だよ。今すぐ解放しろ、マージョリー・マガツなんて顔も見たことない」
「反吐が出るほど嘘臭いな。君も魔法学院の教師なのだ。遠隔地にいる女性を手も足も出さずに縊り殺すなんて朝飯前だろう」
「偏見だ、魔術師に対する差別だ。公権力の横暴だよ、こんなの!」
厳密にいうと僕自身は魔術師じゃない。あくまでもオルドルの魔術を借り受けているだけだ。
軽く立ち上がりかけた瞬間、僕の体はクッションの薄い椅子に叩きつけられた。後頭部の髪の毛をむんずと掴む、黒いネイルを施した手の平が重力というものの存在をイヤというほど教えてくれる。
がっちりと固定されて上を向かされた顔の表面を、クヨウが吐き出したタバコの煙が撫ぜていく。
苦しい。
「君は何か勘違いしてるな。私たちは確かに顔見知りだが、友人というワケじゃない。君は魔術師で、私は異端審問官なのだ。それは純然たる事実で変えようがないということを、身に染みて思い知らせてやってもいいのだよ」
抵抗したいけど杖も奪われてしまって、何もできない。
それよりなにより、クヨウ捜査官の眼差しがいつもとちがう。遊びや戯れの範疇を越えまくっている。
もしかして、本当に僕が殺人犯として疑われてるのだろうか?
嫌がらせでもなんでもなくて、魔女裁判にかけられる直前ってわけか?
「罪を犯して魔術捜査官に捕まった魔術師がどうなるか知りたくないかね」
「知り……たいような、知りたくないような」
「貴様はそのへんの木端魔術師とは違うからな。その力を抑制することは不可能だ。氷の棺桶に入れられて海の下に沈められるのさ」
「あ、予想外のパターンだこれ!」
ムショ入りどころかまさか人権も奪われてしまうとは。
わーお、ピンチ! いつものことながら超ピンチ! ……などとフル回転してはいるものの一向に窮地を何とかする名案を思いつけないでいる鈍い頭で考えていると、後ろの扉が開いて足音が入ってくる感じがした。
香水の香りがする。甘く華やかなものではなく、清潔感のある男ものだ。
「クヨウ捜査官! これは違法な取り調べだ、断固抗議しますよ!」
クヨウの魔術による拘束が不意に離れる。
振り返ると高級なスーツを着た四十歳くらいの男性が立っていた。
……誰だろ。知らない顔だ。
彼は僕のそばに来て屈みこみ、落ち着いた声音で語りかけてくる。
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