49 希望
軍曹は戦死した。
ベクターもエリオットも、どこに行ったか分からないが、きっと戦死した。
アルバートも、依然として見つからないが恐らくとっくに戦死しているのだろう。
そして、あの男も戦死した。
ついに戻る術を失ったグラハムはしかし、まだ諦めていなかった。
生き延びて、生き延びて。
スコピエに、そして、日本に帰るんだ。
元いた世界で殺害された?
だからどうした。
俺は生きて帰ってやる。
方法なんて後から幾らでも探しててやる。
だから。
「目標、右30度、距離1500!」
俺は生きて帰ってやる。
炸薬を砲身に詰める。何度目になるか分からない戦闘配備にも慣れ始めたが、疲労は確実に蓄積していっていた。
今自分を支えているのは、ひとえに「生きて帰ってやる」という意思によるものだけでしかない。
「撃ーっ!」
どん、と地を揺るがす頼もしい咆哮とともにドン亀が空を走る。
大きく羽を広げ、攻撃態勢に移行しようとしていた魔物をそのままぶち抜いた。
もしも意思がへし折られたら?
それはまだ分からない。
「装填用ー意!」
「・・・・・・」
「おい、装填用意よろしいか?」
「あ、ハイ!」
「グラハム二等兵、ぼさっとするなよ」
「すいませんハービストン上等兵・・・・・・用意よし!」
「弾込めーっ!」
「装填よーし!」
グラハムにとって一つの希望は、現在我が方が敵を押してきているということだ。
遠い先だろうが、もしかするとまた平和な日常に戻れるかも知れない。
戦友は今現在、上官含めて多数が戦死または行方不明になっている。
きっとまだまだその数は増えるかも知れない。
希望は細々としていた。
だが、あるいは・・・・・・。
「敵、直上!」
その声に驚いて真上を見上げる。
ぎぇええ、と咆哮を上げてドラゴンが1匹、高高度から突っ込んでくる。
砲身を真上に動かす。
「駄目だ!これ以上上がらない!」
砲台は窪状に掘ってあり、かなり上までは向けられた。しかし、安全上の理由から真上には向けられないようになっていた。
照準はわずかに外れたまま。
「て、撃ーっ!」
焦った射撃指揮官の号令で砲撃する。
そして「亀」はわずかにずれたまま真っ直ぐ飛んでいく。
ごう、と飛んできた砲弾を意にも介さず、そのままドラゴンが突っ込んできた。
徐々にディテールが細になっていく。
口が大きく開いた。
ふっ、といきなり姿が消えた。
水平飛行に移行したのだろう。
かわりに今放ったのか、火球が現れた。
首を回すと、グラハムの視界に散り散りに逃げる中でただ1人、身体が硬直したまま動けなくなっている人間が飛び込んできた。
「上等兵!」
咄嗟に襟を掴み、小高い陣地から飛び降りた。
背中が熱い。火が迫っているのが分かった。
視界の端で黒色火薬の箱を捉えた。
誰か早くそれを蹴飛ばせ、誰か。
振り返ったグラハムの瞳には大きく、赤よりも赤い火球が映る。
そして、全てがひどくスローモーションに見えた。
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