48 再会

「クソ、やられたな」

グラハムの意識が戻る数時間前。

がらがらと音を立て、瓦礫の下から力だけでブロア軍曹が這い出した。不快な、何かが焦げる臭いと火薬の燃焼ガスが鼻を突き刺す。

「おい、みんな無事か?」

匍匐状態であたりを探るブロア軍曹の手がすぐに何かを掴んだ。

ぐにぐにとした感触で、人の腕だと思い至る。

「おい、無事か?」

引っ張った腕は抵抗なくブロア軍曹の元まで来たが、肘から先の持ち主はついて来なかった。

「・・・・・・クソッ!」

不思議と吐き気は湧かなかった。

のそりと立ち上がる。幸い五体満足のようだ。


歩き始めて、すぐになにか柔らかいものを踏んだ。

人の体のそれによく似ている感触だった。

おそるおそる視線を下に向けると、見覚えのある色の被服から足が生えている。今度は幸い持ち主が付いていた。

「おい、しっかりしろ!」

ごろり、と体が仰向けになる。ハービストン上等兵だった。意識はないが、呼吸はある。近くには巻き上げられた土に埋れたグラハムもいた。

一先ず、2人を並べて近くの瓦礫にもたれかからせる。


「誰かいないかーっ!」

「こっちだーっ!」

煙の向こうから声が聞こえた。声の方に顔を向けると、人影が煙の奥に浮かんでいた。

「無事かーっ!」

そこにいたのは。

「あ」

「あ?」

お互いに声を上げる。

「「あーっ!」」


見間違いであってくれ、とブロア軍曹の視線が相手の顔を離れ下に向くが、後ろに控えるワイバーンと、竜騎兵科の襟章と少佐の階級章が付いた軍服を認め、やはり見間違いではなかったことを悟る。

「てめえ、あの時の!」

「・・・・・・どうも、あれからお変わりありませんでしょうか」

「お変わりもなにも・・・・・・」

どういった言葉をかけるか悩んだ末に少佐は唾を吐いた。

「まだここにいやがったのか」

「ええ、ええ、お陰様で」

「なんだと?人生を狂わされたかのような口ぶりだな貴様は?ああ?」

「事実私はここに留め置かれてんですよ、アレから」

「人生が狂ったのは俺の方だぞ。アレから俺の時計は止まったままだ」

「・・・・・・積もる話がおありのようで」

「そりゃお互い様だろ」


取っ組み合いの喧嘩を始めそうな勢いだったが、お互いにどちらともなく言い争いをやめた。

「まあいい。今はそれどころじゃない」

「の、ようですな」

2人並んで煙の燻る陣地を見やる。

攻勢は押しつ押されつ、しかし我が方が不利。


「無事な砲台は?」

「ありますね、あそこに」

ブロア軍曹が指を差した先には、見たところ無事そうな砲台が一基。


「・・・・・・分かった」

少しの沈黙の後、少佐が口を開く。

「まさか、仲良しこよし運用しようってんじゃないでしょうね?」

「引きつけるからお前は撃て」

ひどく冷静に言い放った少佐にブロア軍曹は驚きを隠しきれなかった。

しかし、有無を言わさないかのように少佐は続ける。

「生存者を何名か募って砲台運用をやれ」

「・・・・・・もしも、また正面から撃ったら?」

「直前にかわすさ。同じ手は二度食わん・・・・・・今度こそ信じてる」

それだけ言うと少佐はワイバーンに向かう。

これだけの攻撃を受けながら、逃亡意思を見せないということは、よほど訓練を受けたか、肝の座ったワイバーンである。

「こいつは私の自慢さ」

「数少ない、ですか?」

「口が減らんな君は」

「ブロアですよ」

「なに?」

「ですから、ブロア軍曹です」

「・・・・・・アップスロープ少佐だ。帰ってきたら残りの「数少ない」自慢を一つ残らず教えてやる」

不敵な笑いを浮かべ、アップスロープ少佐はワイバーンに跨る。

「私の自慢を一つだけ言っときます」

「なんだ?」

「1人での大砲装術という特技がありましてね。熟練の陣地砲台員にも負けないんですよ」

ほう、とアップスロープ少佐の目が興味深いものを見る目つきになる。

「私と魔物の見分けぐらいは付くだろうな?」

「私の留め置かれた10年を侮らんで下さいよ」

「・・・・・・期待しとこうか」

言うが早いか、アップスロープ少佐は飛び立つ。


<<オールステーション、ディス イズ フェザー05。エアボーン14。リクエスト ポジション アンド サイドナンバー>>

アップスロープ少佐の呼びかけに応答するものはない。単に余裕がないだけか、あるいは・・・・・・。

通信設定を諦めると、アップスロープ少佐は空中目標を探す。

「アレは・・・・・・敵だな」

煙に巻かれて判断がつきにくい中で視認できた、足の生えた蛇のようなシルエットの目標にアップスロープ少佐は近付く。


「かかってこい!」

アップスロープ少佐の威嚇飛行に、魔物が食いつく。

「よし来た」

ブロア軍曹が展開する砲台へ向かって、「食いつかれた」飛行に移行する。

「囮飛行は難しいんだからな、頼むぞ軍曹」


一方の地上。

手近な砲台をさっと確かめ、砲撃に問題がないことを把握すると、ブロア軍曹は散らばった炸薬袋を可能な限り近くに集める。

幸い、砲弾も無事らしい。

この砲台はおそらく攻撃される前に全員が退避したのだろう、とブロア軍曹は判断する。

装填まで済ませると、ブロア軍曹はワイバーンの姿を探す。

2匹の竜が・・・・・・違うな、アレが目標だ。


徐々に影が大きくなる。

「用意・・・・・・撃ーっ!」

どう、と吐き出された「亀」が一直線にひた走る。

「蛇」の首筋に当たるかどうかは分からないが、人間ならおそらくその辺だろうと推測される位置に「亀」が飛びつき、頭と胴体を分離させた。


アップスロープ少佐が離脱したかと思えば、すぐに新たな目標を引き連れてブロア軍曹の鼻先に現れる。

「まだまだぁ!」

どん、と響く砲声。

アップスロープ少佐の引きつけた魔物の横っ腹に砲弾が直撃し、みるみる高度が落ちる。

そのまま地面と激突し、血飛沫と土煙を上げた。


2度、3度と同じことを繰り返す。ほんの数回程度だが、目に見えて魔物の数が減ってきた。

砲台の近くにどこからともなく飛来した火球が着弾し、爆音を立て何かが爆ぜる。ブロア軍曹の足元に何かの火種が転がってきた。

あらかじめ巻いておいた煙草を取り出すと、火種に煙草を近付け、ブロア軍曹は一服を始める。おおよそ周囲の事態と不釣り合いなまでに落ち着き払って、再び砲に火薬と砲弾を込める。

状況は最悪、気分は最高。

「そういえば補充してなかったな」

空になった煙草入れをあらためると、胸ポケットにしまった。


目標を再び探し始める。

音のする方へ、乱れた音のする方へと意識を向ける。

少佐のワイバーンはすぐに見つかった。

そしてその後ろに魔物が付いた。ぎぇぇ、と鳴き、魔物が食らいつこうとしたその時、少佐は咄嗟に上昇する。そのままピッチアップを続け、大きく宙返りを取り、丁度空振りをくった、蛾と鳥の中間のような魔物の背後にぴたりとくっ付く。

「喰われるのは貴様だ!」

ぼう、と火球を放ち、直後に大きく右旋回。

4時方向から迫っていた別の魔物の背後についた。

「お前もだ!」

丁度狙いの定まっていた、ブロア軍曹の砲台が黒い火を吹いた。

真正面から砲弾を受けた魔物は首から上を叩き潰され、そのまま真下に堕ちた。

「やるな、軍曹!」

遠く、明らかに聞こえない距離だが、なんとなくアップスロープ少佐はブロア軍曹にこの賛辞が聞こえているような気がした。

「正面弾を・・・・・・やりますねえ、少佐ァ!」

そしてそれはブロア軍曹も同じだった。


だがこのとき、地を這ってきた魔物にブロア軍曹は気付けなかった。

どっ、と何かがブロア軍曹の脇腹に刺さる。

そのまま、ブロア軍曹は炸薬箱にもたれかかるように倒れ込んだ。

威嚇するように、サソリのような風貌の魔物が奇声を上げる。ブロア軍曹は向き直ろうとするが、目の焦点が定まらない。

「毒、か、こんなろぉ・・・・・・」

失血だけでなく、猛毒に冒されたブロア軍曹は、自分を仕留め損なった魔物に、合わない焦点の目で手頃な瓦礫を投げるが、すぐ横をかすめていく。

胸ポケットに手を入れ、冷たい感触の煙草入れを引き抜く。煙草入れを投げると、すっと魔物はかわし、なおも迫る。

だが、ブロア軍曹は笑った。

「これを待ってたんだ」

束状に握っていたマッチを擦った。

直後、轟音が響いた。


「軍曹!」

辺り一面の黒にアップスロープ少佐は事態に気付く。そして、ブロア軍曹の運命にも。


クソ、と舌打ちする。

<<オールステーション、フェザー05、ブレイク、本通信を聞いている者は直ちに応答されたい。繰り返す、本通信を聞いている者は直ちに応答されたい、ブレイクオーバー>>

相変わらず応答は来ない。

増援は期待できないと判断したアップスロープ少佐は空を見る。

空飛ぶ魔物は残り僅か。

「おい、まだやれるか?」

ワイバーンはいなないて答える。

「なら行くぞ」

ワイバーンに増速を促し、正面に飛翔する魔物に真っ向からアップスロープ少佐は向かう。

正面から火球を放ち、魔物を通り過ぎると3秒間の直線飛行。それから急旋回で反転する。食らいつこうと真後ろから来ていた魔物の口が空を噛む。

「甘い!」

大きく空振った魔物の横面に張り手をかますように火球を投げつけた。

横方向からの一撃を受け、下顎を失った魔物は大きく横回転をしながら堕ちていった。


背後に気配を感じた少佐は、最大速力の水平直線飛行に移行する。

ついて来てるのは2匹。

距離が充分に近付いたところで、180度背面飛行に移り、一気に高度を下ろす。

食らいついて来た魔物はやはり2匹。

背面飛行のワイバーンの、丁度腹側から血走った目の魔物が追いつこうと必死にやってくる。

「今!」

手を伸ばせば地面に触れられそうなすれすれのところで再び通常飛行に戻り、急上昇する。

引き起こしの遅れた魔物はそのまま地面に突き刺さる。

「ちっ、1匹残ったか」

だが、ぎりぎりのところで引き起こしの間にあったもう1匹はまたもアップスロープ少佐に食いつく。

至近距離の格闘戦を余儀なくされ、お互いの尻につこうと躍起になる。


ぐるぐるとお互いが同じ軌跡を描きながら、回るその一瞬。

ほんの一瞬だが、動きが丁度止まるところがあった。

すかさずワイバーンから火球を放った。

真後ろから、丁度尻に火をつけられた格好になった魔物はもがきながら堕ちたかに見えた。


しかし、気力で立て直したのか、アップスロープ少佐たちが上を通り過ぎた直後、再び少佐たちの後ろに着いた。

気が付いた時には遅く、ざくっ、と音を立て鉤爪がワイバーンの横腹に刺さっていた。

ぎゃああ、とワイバーンが悲鳴を上げる。

アップスロープ少佐は、そのまま組みついた魔物に攻撃を加える。ほんの1メートル程度の距離から炎を受けた魔物は、鉤爪だけを残し、今度こそ地面に吸い込まれていった。

「しっかりしろ!」

ぐい、と鉤爪を引き抜き、投げ捨てる。

ワイバーンの苦しむ声と、へろへろとした直線飛行にしかしなす術はない。


当のアップスロープ少佐も、ずきずきと脇腹のあたりに激しい痛みを覚えていた。

服越しにも分かる。かなり深く、助からない怪我だ。

「なあ、私の自慢話に付き合えるか?」

弱々しく速力の落ちたワイバーンはしかし、力強くいななく。

アップスロープ少佐はワイバーンを撫でる。

「もう少し、だからな」

あと1匹。2匹はいけるだろうか。

視界の中で捉えられたのは2匹。

うち1匹は撤退しようとしている。

「逃すか・・・・・・!」


出せる限りの速力を出して追いつくと、ワイバーンが相手の首に噛み付いた。

ばたばたと魔物が暴れ出す。

しかしワイバーンも残った力を全て出し尽くすかのように齧り付く。

ぐっ、と力が入る。

持ち前の力だけで、魔物の首を食いちぎった。


残ったもう1匹にアップスロープ少佐は振り向きざまに火球を放つ。

火球は魔物のすぐそばを掠めたが、相手が気を取られるより早く、少佐とワイバーンは魔物に組み付く。

返り血を浴び、真っ赤になった少佐とワイバーンに、魔物の方がたじろいだ様子が見て取れた。

少佐の視界が霞む。

体力気力魔力。その全てが限界だった。

最早残された戦法は1つ。だが、相手を葬れる確率が最も高い戦法が1つ。


ワイバーンが魔物に爪を立てる。

残された魔力を全て使い切るかのように少佐は火球を放つ。

黒く焦げながらもまだ抵抗のそぶりを見せる魔物を掴んだまま、少佐とワイバーンは急降下を始める。

「上等だ・・・・・・!」

時間にしてほんの数秒。

しかしそれで充分だった。



一方その頃。

「おい、なんだありゃあ?」

拠点から増援に向かっていた砲兵たちは陣地に一瞬見えた、轟音とともに巻き上がった大きな土煙を前に思わず立ち止まる。

「分からん、が、地面に何かが刺さったようだが・・・・・・」

「ワイバーン隊は?」

「もう残ってない・・・・・・もしかしたら1人くらいはいるかも知れんが・・・・・・」

「1人で?そりゃあ無理があるってもんだろ」

「どっかの砲台が撃墜したんかね」

「まあいい、急ぐぞ!」

陣地に向かって砲兵たちは駆ける。

目指す先がいかなる地獄であろうと、仕事は変わらない。

しかし。

「魔物の群れは?」

「・・・・・・随分まばらだな。遠くにはいるみたいだが」

「生存者は?」

「分からん・・・・・・」

「あんだありゃ?」

「砲撃の跡にしちゃあ、小さいような・・・・・・」

各々が好き勝手に口を開くが、指揮官が釘を刺す。

「それより砲台に就くぞ。防衛戦だ」

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