47 対空戦闘
自分の意識はどこで途絶えたのだろう。
不意に覚醒した意識の中で、グラハムは考える。
瓦礫の下で意識が戻ったグラハムは、徐々に五感が戻ってくるのを感じていた。
どれくらい気を失っていたのだろう。
「今、何時だ・・・・・・?」
周りを見る。
瓦礫の山々、所々に人体の一部。
隣には同じように意識を失っているハービストン上等兵が瓦礫にもたれかかっているが、ブロア軍曹をはじめ、他の戦友たちの姿はない。
可能な限りの記憶をグラハムは呼び起こす。
グラハムの意識の中に残る命令文は「急げよ」という言葉だった。
グラハムはより深層の意識を呼び戻す。
確かそれはブロア軍曹の言葉だった。
「急げよ」
ブロア軍曹の声に急き立てられグラハムは走る。
既に4インチ砲の搬出は始まっており、グラハムは戦友たちに合流する。
「残念ながら、前直も次直も確保できずに東側陣地で新規砲台の構築。4インチ砲運搬付きだ」
「・・・・・・やっておれませんね」
「いつまで続くんだろうな」
「重いな」
「ああ・・・・・・」
とぼとぼ4インチ砲を引きずって歩いていく。
陣地に着いても、無言のままに設営が終わった。重くて愚痴の一つも溢れそうなものだが、それすらないまま、誰一人として言葉を発さずに、ただ黙々と目の前の作業に没頭していた。
「第3直、立直開始。新規申し継ぎ事項なし」
申し継ぎといっても、前直がいない以上なにも引き継ぐような事項がないのは至って当然だった。
いつ敵が来るとも知れない星空をぼう、と座って眺める。天文の知識でもあればこんな状況でも楽しめたのだろうが、あいにくグラハムにそんな知識の持ち合わせはなかった。
「ビール、か・・・・・・」
「なんだよ」
「こんな星空で飲むと旨いんだろうな」
「かもな」
ベクターが始めた、取り留めのない会話だったが、周囲にもそれは伝搬した。
「オリバーが言ってたろ。またやるか?」
「・・・・・・悪くないかもな」
ぎょっとしてベクターがグラハムに顔を向ける。
「冗談だぞ」
「分かってる」
オリバー以上に不愉快な奴にビール造りの一件を言われたせいで、少々不快な響きはあったが、今は不思議とそう感じなかった。
割合にもう一度・・・・・・。
ここで、いや、とグラハムはかぶりを振る。
そもそもスコピエに戻れば、堂々と醸造を再開できるのだ。
死んでたまるか。
何度目になるか分からない決意を新たにした。
東の空が白み始める。
「太陽光に目をやられないよう注意しろよ」
立直から夜が明けるまでそう時間はかからなかった。
「こんな状況でもなけりゃ清々しいんだがな」
「・・・・・・本当に昨日の出来事って現実なのかな」
「・・・・・・落ち着けよ」
「なんでもいいから会話をしていないと気が変になりそうなんだ」
各々が好き勝手喋り出す。
無駄話というものは馬鹿に出来ず、実りのない立直時間を比較的有意義に、割と一定の士気を保つだけの働きをしてくれた。
そうして朝日が登り、どこからともなく起床喇叭が響いた。
6時を回ったらしかった。
「こんな状況でもご丁寧に喇叭を吹くんだな」
「こんな状況だからこそ、かも知れんぞ」
はは、とベクターが乾いた笑い声を上げた。
遠く、宿営地付近をグラハムが見ると、わらわらと他の兵士が集まりだしていた。
朝の点呼を取っているらしい。
「ご丁寧にいつも通りだな」
よっ、と言いながらブロア軍曹が立ち上がる。
「第3直、別れ!」
起床喇叭が響いたということは、立直時間を過ぎたということになる。
遠くの方から次直がぞろぞろとやってくるのが見えた。
いつも通りなら、と立ち上がりつつハービストンが口を開く。
「朝礼までは寝れるな」
「2時間足らずの仮眠ですか」
背伸びをしながらエリオットが返す。
各々が短い時間の使い方についつ考えを巡らせる。
「本当にいつも通りなら、な」
「嫌ですよ魔物の目覚ましなんて」
「・・・・・・目が覚めればいいがな。今寝て、もしかしたら2度と目覚めないかもな」
ハービストンの言葉が全員に暗い影を落とす。
グラハムも考える。
警察官時代にも短時間の仮眠は取った。
休んだとも言えないくらいの短い仮眠を。
下手な寝方をするとかえって体力を使う。だが、慣れとは恐ろしいもので、どんなに短くても身体が回復する寝方できるようになった。
そしてその体得した、特技とも言えない特技が再び、この期に及んで日の目を見る機会を得たことにグラハムはなんとも言えない感情が起こるのを感じていた。
チッと小さく舌打ちし、腹立たしげにグラハムは太陽を見た。
「んー?」
輝く朝の太陽に、見間違いかと思える程度の黒点が映ったような気がした。
そしてそれはグラハムの見間違いではなかった。
「対空戦闘用意!東の方角!」
すぐにブロア軍曹も異変に気付き、配置を下令する。
周囲の砲台も同様だった。
前直員が再び配置に着く。
喇叭の号令もなく、いきなり戦闘配置についたことに何事かと陣地に向かう次直員が慌てる。
距離的にまだ目視できないのだろう。
「クソが!本当に目覚ましが来やがった!」
誰ともなく悪態をつく。
「対空戦闘!目標!右20度!距離2000!撃ち方用ー意!」
「用意よし!」
既に弾は装填されている。
備えだけはしてあったのだ。
「撃ーっ!」
どかどかと各砲台が黒い丸を吐き出す。
太陽を背にされると日射で照準が狂うのか撃てども撃てども、かすめこそすれ当たる気配はない。
「修正射!苗頭左・・・・・・いや、右1!赤・・・・・・300!急げ!」
見づらい目標に修正指示も遅れ出す。
みるみる姿が大きくなってきた。
「マズい!撃ち漏らしだ!」
ごう、と音を立て、大きな鷲のような風体の魔物が直上を通り過ぎる。
砲台は無傷だが、宿営地が危ない。
断続的な短い破裂音が続く。この世のものと思えない断末魔が響き、なんとか仕留めることに成功したらしいことを察する。
しかし、火球かなにかが直撃したらしく、どん、と火柱が上がった。黒煙が上がっていないことから火薬の類への誘爆はなかったようだが、激しい爆発音が轟く。
「やられたか?!」
「被害は?」
「分からんな・・・・・・おい、誰かいないか?」
近くの手空きの次直員に尋ねる。
後方の宿営地を双眼鏡を覗いた指揮官から、どうも大きな被害はなさそうだという答えが返ってきた。
そのとき、ぎょえええ、と形容しがたい奇声が背後から聞こえた。
驚いて振り返ると、いつのまにか接近を許していたコウモリのような姿の魔物が砲台のすぐ正面で高く舞い上がる。地面すれすれを飛んできて、いきなり飛び上がったのだ。
そして、グラハムの記憶はそこから遡ることは出来なかった。
一通りの記憶の確認が終わったところで、さて、とグラハムは周りを見渡す。
一応、戦闘自体は落ち着いたらしい。
では、戦友たちは?
隣のハービストン上等兵の他は所在が分からなくなってしまっていた。
戦友たちの所在が分からないままグラハムは立ち上がり、ハービストン上等兵を揺する。
「上等兵、起きてください。上等兵」
んん、と意識が覚醒したのか、上等兵の目が開く。
「一体・・・・・・?」
「分かりません。が、最悪な事態が起きた可能性もあります」
「みんなは?」
「・・・・・・分かりません」
ベクターは?
エリオットは?
ブロア軍曹は?
・・・・・・分からない。
だが、どのみち立直時間はもう過ぎてる。
太陽の位置を見て、流石に一周回って次の立直時間になるほど気を失っていたわけではないだろうと判断する。砲台にも新たな人員が一応は入っていることを確認して、グラハムは宿営地に向かうことにする。
砲台に人員が配備されているのに、2人がノータッチだったということは、仮眠をとっていたと思われたのだろうか?
「・・・・・・死亡確認くらいはしてほしいもんだがな」
誰にも聞こえない程度にグラハムが独り言を呟き、2人は砲台を後にする。
しばらくして、グラハムの足が何かを蹴飛ばした。
半分以上が熱で焦げていたが、銀に光る煙草入れだった。
この煙草入れには見覚えがあった。
「ブロア軍曹・・・・・・?」
こんな離れた位置にこれだけが投げ出されるのは考えにくい。
少なくともこの付近まで本人が移動したのだろう。
しかし、姿はなかった。
「軍曹は・・・・・・」
ハービストン上等兵が何かを言いかけたが、そこから先が言葉となって口から発されることはなかった。
宿営地に着くと、ハービストン上等兵は仮説宿舎に向かった。
一方のグラハムは立直前にあの男が姿を現した本部天幕に向かう。本部天幕まで行くと、その前で立哨中の上等兵にグラハムは申告する。
「ハリス二等兵、大隊長に用件があり参りました」
「ああ?大隊長だと?」
来づらい、というのはこのことか、とグラハムは納得する。二等兵風情が大隊長に用件など、明らかに妙だ。
「おい、大隊長に用件だとよ」
はは、と上等兵が笑う。
「案内してやる、ついて来い」
しかし、奥へと通された。妙なものを感じながらグラハムは上等兵について行く。
目標と思しきはずの天幕を抜け、歩いて1分程度。
「ここだ」
着いた先はだだっ広い焦げた土地だった。
「どこですって?」
「大隊長は今日の朝戦死した。火球食らって天幕ごとあの世に逝っちまった」
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