44 派遣
前線からはるか遠く離れた、内陸のピーバレンが魔王軍の奇襲を受けたとの報告がラコニアからアレツランの第51歩兵連隊に届いた頃には、奇襲から既に4時間が経過していた。
ピーバレンもラコニアも、はるか後方に有るはずの村だが、国境をかなりすっ飛ばして奇襲を受けている。
「国境警備隊は何をしていた!」
悪態を吐く連隊長に更なる報告が届く。
「本日昼、国境警備隊発の全軍宛臨時報です!」
「なんだ!」
「「国境付近で魔物の布陣らしい活動を現認。後方各部隊は警戒し、別命あるまで待機せよ」とのことです」
国境警備隊発の通信文は、国境警備隊以外の部隊を後方部隊と総称する癖があった。危険な任務に従事しているという自覚に基づくものかは分からないが、いつからか存在している慣習的呼称でもある。
「
非常呼集喇叭を信号兵に吹聴させながら、副長は毒吐く。
同時に、臨時の作戦会議を開く。
概略図を机上に展開し、報告にあった通りに彼我の状況を配置していく。
「まずいぞ、ピーバレンもラコニアもかなり内陸だが、ここを拠点に抑えられると内側から国が食い破られる」
「最優先は首都への侵攻阻止を?」
「押さえ込みが第一義。失敗したらそっちに切り替える」
「補給は敵も必要では?血より貴重な時間を稼いでなんとかするという選択肢も・・・・・・」
「そんなもん、魔門を開けられたら終わりだぞ」
「・・・・・・フリアン戦役のか?」
フリアン戦役とは、十年ほど前にかつてあった、フリアンという国における魔王軍との衝突を指す。
結果としてフリアンは根こそぎ動員を始めとした総力戦を展開し、魔王軍の撃退に成功こそすれ、経済、人的な面を含め、国を再建できない程度の深手を負い、隣国のアイサールに統治を依頼した。
つまり、魔王軍と真っ当に戦い、事実上の敗戦を喫した国だ。
「フリアン戦役では一部の戦線で魔門が開いて事実上補給を無視した戦闘を展開されたという話を聞いたぞ」
「まともな研究を見たことがなかったな」
「研究を進めようにも魔門が開く条件が分かってない以上、研究を進められん分野だからな」
「向こうさんの使者はまだ来てないようだが・・・・・・」
「まだ打撃の段階かもしれん。しかし、和平は応じるまでもないだろう」
向こうとの和平交渉に持ち込むまでもない。
魔王側の軍門に下るくらいなら玉砕を選ぶ。
魔王の使者が来て降伏し、支配下に入った国がどうなったか。
瘴気に当てられ、作物は枯れ、水はとても飲めるものにならない。魔物の気まぐれで時と場所を選ばずに命を落とすか食糧にされるか、はたまた生きたまま何かしらの苗床にされるか。
目的ははっきりしないが、そう伝え聞く。
全滅し、搾り取るだけ搾り取ったら、土地を捨ててさらに侵攻する。
そして残った土地は痩せ細り、人もなく、ただ荒凉とした死が広がるだけ。
この意味ではフリアンの根こそぎ動員は誤りであり、正解でもあった。
「ところで、ここの進軍速度だが・・・・・・」
副長が戦略地図の一部を差す。
「不確かだな。いい加減、正確な測量をして全土の地図を作れと再三にわたり陸軍省に要求しておいたのに、後回しにするからこんなことが起こるんだ」
問題のエリアは狭隘で、測量班がまともに測量できず、推定と記憶により作図された、という経緯がある。
そのため、縮尺も道もかなり信頼度が低く、そもそも道が本当に存在するかも疑わしい。
測量が後回しになった理由は「後方の地域だから」。
その結果、偶然かは不明だが、はるか後方が侵攻を受ける今回のような事態への対処が後手になることは火を見るより明らかであった。
「そういえば、ピーバレンの演習ではローカルマップ測量を実施すると聞いていたが」
「それも不確かだが、有れば助かるな」
「だが、それもここにない」
「行われていたら助かるんだが・・・・・・」
副長が作戦室長に尋ねる。
「現状の認識としては、「門は開いていない」んだな?」
「開いたとも開いていないとも報告はありません」
「最悪は「開いている」。最も楽観視すれば、「国境付近の陣地から警備隊の監視をかい潜り内陸へ飛行してきた」と」
「おそらくは後者でしょう。わざわざ布陣する必要もありますまい」
作戦室長の一言に連隊長が釘を刺す。
「「常に最悪を想定せよ」が鉄則だぞ」
副長が咳払いをして、口を開いた。
「とにもかくにも、派遣部隊と規模を策定せねばならないが」
再び副長が戦略地図の一点を指す。
「戦力をとにかく投入して時間稼ぎをしなければならないが、ここは一体何列縦隊の部隊が同時にいくつ通れて、通過にどれだけ時間がかかるんだ?」
「そもそも向こうの救援にはどの程度の部隊が必要なんだ?」
「向こうからの報告を読み解く以上、2個中隊から1個大隊かと」
「となると、進軍速度がより問題になるが・・・・・・」
「問題の「ボトルネック」に通してみんことには分からん」
話が堂々巡りを始めた頃。
「ひとまず、誰かが部隊を率いてピーバレンまたはラコニアまで行かなければならない、ということだけは確定してますね」
よく通る声で傍の大隊長徽章を付けた少佐が発言する。
「派遣部隊は如何様に?」
「先の通り、増援は少なくとも一個大隊は必要だな」
「指揮官と連絡官は?」
「極力一元化したいところだが、連絡官もできれば個別で欲しいな」
白羽の矢が立つのは勘弁してほしい、とばかりに付近の中隊長たちが顔を見合わせる。
「では、私が派遣隊指揮官となり現地の指揮を執りましょう」
「行ってくれるか!」
若い大隊長の指揮下にある中隊長たちが表情を変えず、ただ顔色だけを変え、クジを引かなかった周りの中隊長たちは密かに安堵の色を浮かべる。
それを知ってか知らでか、大隊長の少佐は連隊長に敬礼を返す。
「これも試練、試練です」
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