42 襲撃

「急げ!西側陣地に人がいない!」

「弾薬運べ!」

「なんだって?」

「人員現状は?」

「不明!加勢急げ!」

「野戦病院はどこへ?」

グラハムたちが駆け足で戻った先は蜂の巣をつついた、というよりはスズメバチの巣を3つほど勢いよく破壊したかのような騒ぎだった。

指示が矢継ぎ早に飛び、その一方で時間とともに死傷者が増え続けている。

「なんとしても時間を稼げ!歩兵隊との合流まで持ちこたえろ!」

副長が参謀に発破をかけるが、ただでさえ少なくなっている人員を最大限活用したところで状況打破は困難を極めている。

歩兵連隊合流のための時間稼ぎをするために、搭乗員捜索部署に派遣中の砲兵を呼び戻すだけの時間を最小限の人員だけで凌ぐ必要があるのだ。

言うなれば、時間を稼ぐための時間を稼がなければならない、というのが今の状況だった。


事態は数十分前に遡る。


赤狼煙を焚く指示の根拠となった伝令兵からの連絡内容は、「第2竜騎兵団、魔物と交戦中。伝令兵各地に派遣中なるも、情勢把握困難」という、最悪の事態の発生を告げるものだった。

魔物の飛来を認めた第2竜騎兵団は、迎撃に上がると同時に連絡要員としてワイバーンを各地に派遣していた。にも拘らず、事態を最初に告げたのが、足の速いワイバーンではなく、単なる伝令兵によってであったのには理由がある。

そもそも第57砲兵連隊はワイバーン連絡隊派遣の名簿から外れていた。勿論、共同演習中だったという名目がないこともなかったが、近場だったこともあり、徒歩の伝令兵で充分だと認められた。幸か不幸か、ワイバーンが軒並み撃墜された中、唯一正確な第一報が伝わったのが第57砲兵連隊のみだった。


伝令を受け取ると同時に、ラコニアから最も近場の部隊がある都市アレツランに新たに伝令兵を派出し、第51歩兵連隊への応援要請を実施。

その歩兵連隊の合流予測時間は6時間後。

ラコニアの部隊が壊滅するのが先か、アレツランの歩兵連隊が合流するのが先か。はたまた、壊滅と合流が同時になるかはまだ分からなかったが、少なくとも壊滅の選択肢だけは回避しなければならないのが現在第57砲兵連隊が置かれている状況だった。

ピーバレンもラコニアも、はるか後方に有るはずの村だが、どういうわけか国境をかなりすっ飛ばして魔王軍の奇襲を受けている。

「給料泥棒国境警備隊は何をしていた!」

報告を受けた連隊長が毒吐くが、事態は悪化の一途を辿るばかりだった。


「第2分隊到着しました!」

捜索本部で待機していたホーマー中尉は小隊長のローグ少尉から報告を受けると、一瞬困ったような顔をしたが、即座に指示を出す。

「よし、可能な限りの火薬と砲弾を持って西側陣地へ付け!」

「了解!」

火薬庫に駆けていくローグ少尉たちを見ながらホーマー中尉は机上の小隊ボードの2小隊の札を「派遣」から「在隊」に変更し、悪態を吐く。

「クソ、何が起きてる・・・・・・?」

時間を稼ぐには明らかに人員がまだまだ不足していた。


ブロア軍曹たちが派遣された西側陣地は地獄の蓋が開いたかのような悪夢が展開されていた。

撃墜され、バランスを崩し転落する竜騎兵に、空飛ぶ蛇が横から食らいつき、泣き別れた竜騎兵の下半身だけが地面に叩きつけられる。竜の吐く火球の直撃を受け、右半身が焼失した兵士が這いつくばる上に、まるで意に介さないようにゴーレムの足が振り下ろされる。

あちこちから上がる悲鳴は想像を絶する、人間のもの。


火薬箱や砲弾を載せた台車を引く歩みを止め、全員の身体が硬直する。

「どうしたお前ら!ドラゴンがなんだ!魔王がなんぼのもんだ!訓練通りぶっ殺すぞ!」

辺りを見回しあらん限りの声でブロア軍曹が叫ぶ。その声で営内班員に、はっと意識が戻った。

やらなければやられる。やるしかない。抵抗しないよりは数億倍マシだ。

萎えた身体を奮い立たせる。

「配置に付けーっ!」

龍の火炎球で隣の砲兵陣地が吹っ飛ばされる中、グラハムたちは各々の持ち場につく。爆風の熱気が頬を撫で、誰かの腕が飛んでいくのが見えた。

死んでたまるか。

「装填用ー意!」

火薬を込め、砲弾を詰める。

「装填よし!」

「目標!左35度、距離1000!撃ち方用ー意!」

照準手のアルバートが目標に狙いを定め、距離から仰角を合わせる。

「用意よし!」

撃ち方始めの喇叭を待つなど悠長なことは言ってられない。

「撃ーっ!」

黒色火薬と共に砲身から吐き出され、目を凝らせば砲弾そのものが見えるような遅さで飛んでいく、ドン亀弾と呼んだ旧式の大筒に全てを委ねる。どんと体の芯まで響く黒色火薬の炸裂音が、今はこの上なく心強い。

風の変位を受け、弾は徐々に右に逸れていく。外れた、と誰もが思ったがしかし、それと同じだけ目標は動いていく。

「装填用ー意!」

再び火薬と砲弾を込める。

「装填よし!」

「撃ち方用ー意!」

照準眼鏡越しにアルバートが、双眼鏡越しにブロア軍曹が目標を睨む。砲弾は少しずつ近付き、そして、ぼすっ、と当たった音が聞こえたかのような錯覚を覚えた。


「初弾命中!やるなお前ら!」

僅かながら歓声が上がる。

「修正なし!新たな目標右30度、距離2000!」

ぎりぎり、と棒状の旋回ハンドルを回して目標方位にアルバートが向けながら、ベクターが仰角を2000の位置に合わせる。

新目標は金魚のような寸詰まりの体型をした、宙に浮いた丸っこい魔物だった。

「用意よし!」

「撃ーっ!」

地を揺るがす爆音とともに、頼もしいドン亀がすっ飛んでいく。

「次弾装填!」

いよいよ手慣れた様子で火薬と砲弾を再装填する。

「装填よし!」

「弾着ー、今っ!」

やや手前に砲弾が落ち、魔物がこちらに気付く。

「苗頭左右なし!赤300!」

左右誤差なし、300メートルだけ手前に再度照準を合わせる。

「次弾、撃ーっ!」

真っ直ぐ向かってきていた金魚に、やはり真っ直ぐドン亀が走る。

真正面のやや上方から「ドン亀」の体当たりを受けた金魚はそのまま慣性が打ち消され、頭を失って地面に突き刺さる。

「二射目命中!」

周囲の砲台も徐々に人が集まってきたのか、散発的ではあるが、ドン亀の「足音」が聞こえ出した。


その時、ごん、と砲撃とは異なる地響きを感じ、震源らしい方をブロア軍曹が見る。

かなり近くに、先程兵卒をすり潰した巨大なゴーレムが一歩ずつ、しかし確実にこちらに向かってきていた。

「新たな目標、左75度、距離600!炸薬倍量!急げ!」


ここに至り、ブロア軍曹の「裏技」の指示が飛ぶ。改めてグラハムは、ブロア軍曹が砲兵として優秀な兵隊であるということを認識した。

「装填よし!」

「照準よし!」

本来なら、砲撃を中止する手前ぎりぎりの距離だが、あくまでもその基準は歩兵ありきの場合。照準したことはないが、当然この距離に対応する照準は切ってある。

「撃ーっ!」

先程とは比べ物にならないほどの轟音が響き、風穴を空けたゴーレムの行き足が止まる。

「第二射、修正なし!炸薬倍量、装填急げ!」

しかしまた足を上げ始め、歩みを止める気配はない。

ゴーレムの弱点はどこか分からない。だが、ダメージを受けたからには殺せるはずである。

「撃ーっ!」

先ほどよりやや上方、頭部付近の、人間でいうところの頸部付近に被弾した。直後、ゴーレムの行き足が再び止まったかと思うと、ばらばらと瓦解した。

「流石だ!」

軍曹は嬉しそうに褒めるが、指示は全てブロア軍曹によるものだ。

的確、かつ正確な照準指示をこの異常事態下でも咄嗟に下せる判断能力は、警察官として数々の現場を経験したグラハムにすら発揮が疑わしいと思わせるに充分だった。

「職業軍人ここにあり、か」

誰ともなく独り言が出た。


「まだ油断するな!次弾装填、炸薬通常量!」

がこん、と通常量の火薬包と砲弾を込める。

「装填よし!」

「残弾、火薬残量、数えっ!」

砲弾を持ったままグラハムが木箱の弾薬を数え始める。

隣でも同じように火薬包を数え始めた。

「残弾3!」

「残量5!」

「了解」

取りに行かせるか、補充を待つかブロア軍曹が悩んだその時、竜騎兵が一騎、ドラゴンに追いかけられているのが見えた。

気付いているのはこの砲台だけか?


「目標!右15度、距離・・・・・・1500!撃ち方用ー意!」

照準を合わせる。

「用意よし!」

「撃ーっ!」

すっ飛んで行ったドン亀はドラゴンのすぐ後ろを走り抜ける。

ぎゃああと咆哮をあげ、ドラゴンが砲台に向き直った。


「苗頭左1!赤200!ここを絶対に抜かせるな!」

「用意よし!」

「撃ーっ!」


黒々とした砲弾はしかし、再びドラゴンのすぐ後ろに落ちる。

「速い!」

「ぐずぐずするな!左右なし!赤500!」

「用意・・・・・・よし!」

「撃ーっ!」

今度こそドン亀の「頭突き」を受け、ドラゴンが墜ちる。


先程の竜騎兵が反転し、砲台に対してワイバーンの巨躯を大きく左右に振った。

所謂、バンクを振るという、非公式ながら竜騎兵流の礼式の一つである。

「よし、救援成功だ!補充を・・・・・・」

そこまで言いかけたブロア軍曹をはじめ、その場にいた総員が新たなドラゴンを視認した。

一命を取り留めた竜騎兵に正面から食らいつこうとする。再び反転し、竜騎兵が助けを求めるように砲台の前を横切る。

だが、ブロア軍曹の砲台は今や残弾なし。

誰もが、「間に合わない」と思ったその時、目の前を横切ったそのドラゴンに近くの砲台が撃った黒々とした砲弾がぶち当たり、風穴を開けた。

苦悶に満ち、白眼を剥いたドラゴンが断末魔を上げながら堕ちる。

頭を逆さにして、吸い込まれるような速度で地面に向かっていくドラゴンが、血走った眼でぎろと射殺すように睨む。

明確な敵意を持った、死に際の眼光にぶるりとグラハムはじめ、砲手たちが身震いする。

ぼう、と文字通り死力を尽くしてドラゴンは火炎球を放った。

「逃げろっ」

誰ともなく叫び、散り散りになってグラハムたちは逃げ惑う。

全速力で逃げ、グラハムが振り返ると同時に火炎球は元いた砲兵陣地を薙ぎ払う。

残った炸薬の黒色火薬が誘爆し、黒煙の闇が辺りの視界を奪った。

一通り誘爆しきり、聴覚が徐々に回復する。

「全員無事かーっ?!」

グラハムの呼びかけに答えるものはない。

二度、三度と呼びかけを重ねるにつれ、どこかしらからか声が聞こえた。

「こっちだ、来てくれ!」

声のした方にグラハムが走る。声の主はベクターだった。

「大丈夫か?」

「痛むが、感覚はある」

ベクターは爆発で吹き飛ばされ、下半身が瓦礫の下敷きになっていた。

近くで上がった火の手が瓦礫に近付き、急いでグラハムは崩壊した瓦礫の隙間にへし折れた旋回ハンドルを差す。てこの原理で隙間が生まれ、ベクターが這い出てきた。

すっくと立ち上がったベクターは、見たところ奇跡的に外傷はなさそうだった。

「歩けるか?」

「どうやら動くらしい」

ベクターが手足を動かすが、どうやら左足に何かしらの怪我を負ったようだった。

グラハムが肩を貸したその時、声が聞こえた。

「おーい、無事かー!」

「こっちだーっ!」

「誰かいるのかーっ?」

声の方角に2人は歩く。

「・・・・・・軍曹!」

そこにはブロア軍曹がいた。

「他の連中は見てますか?」

「そこにいる」

軍曹が指差す方を見ると、黒煙の隙間に人影が見えた。

「アルバートがまだ行方不明だが、他は腕を怪我したり、火傷だったりを負ってる。ベクターは?」

「足を少し・・・・・・ですが、たぶん軽傷です」


どん、どん、と遠くから砲声が轟く。戦力差はなんとか拮抗。近傍の魔物は粗方片付けられたようだった。

ブロア軍曹が煙草を取り出す。

「第二波がいつ来るとも限らん。救護所が有るはずだ。治せる怪我のうちに行ってこい」

俺はここで待機しつつアルバートを探す、と続けると煙草に火を点けた。

「では、失礼します」

怪我人とその付き添いでグラハムたちは救護所のある、兵営側へ引き上げる。

だが、その救護所も今や地獄の門が開いたかのような、酸鼻を極める凄惨な光景が展開されていようとは、誰一人として予想できなかった。

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