41 部署発令

「搭乗員捜索部署?」

第2竜騎兵連隊の連絡員からもたらされた第一報に、紅茶を淹れる少佐の手が止まる。連絡を伝える竜騎兵を前に、周囲の派遣隊員たちもぞろぞろと集まりだす。

「竜騎兵が1名、この周辺を飛行しているとの位置通報を最後に未帰還になっています」

「着予定は?」

「朝の6時です」

少佐はここで日頃の線表を思い浮かべる。朝の6時着ということは夜間哨戒の日日飛行の筈だ。

「・・・・・・最後の通報は?」

「その45分前です」

咄嗟に竜騎兵の派遣隊に緊張が走り、少佐は渋面を作る。しかし事の重大性は同じ野戦指揮所内の砲兵科には今ひとつ分かっていないようだった。

「飛行経路は?」

「A-1Cです」

A-1Cとは、ピーバレンを離陸後、北方の国境線に向かい、そこから東に向け国境沿いに飛行して南西進、首都近傍から北上、ピーバレンに帰投するルートを指す作戦コードだ。

「・・・・・・最終通報点は?」

「モーリアから北西に5マイル、ここで針路を西に変える旨の通報が最後です」

「なぜ変針を?」

「どうにも、竜らしいものを視認したため確認する、と・・・・・・」

ますます少佐の顔が険しいものになる。

「おい、誰か昨日の夜飛んだか?」

大抵、次の日の勤務に支障が出るので好んで飛ぼうとする人間は通常いないが、飛行命令とは別に、個人的な演練のために勝手に飛ぶ竜騎兵がごく稀にだがいる。無論、飛行命令に基づいていない飛行なので、命令違反になるのだが、個人の稽古という名目で事実上黙認されている。

「いいえ」

「飛んでません」

「寝てました」

しかし、ベテランになればなるほど命令外飛行と夜間飛行の危険性を強く認識するため、まずもって自主訓練の実施を考えることはない。そもそも寝不足頭ほどワイバーン乗りにとって危ういものはない。俗に「よくて六分、ライダーの三分頭」と言われる、竜騎兵教育の初期に叩き込まれる躾事項がある。上空の薄い空気の環境下では、ワイバーンに乗りながら、という条件が付くと、精々良くて地上の6割、普通は3割程度しか頭が充分に働かないため、地上の10割の演練をそれ以上に高めよという意味で、誰も好んで上空での効率を下げたい者はいない。

「・・・・・・分かった」

分かりきっていたことだが、今の部下たちは飛んでいない。対象を誰一人目撃をしていないことになるが、ここでやはり、演習に逸る気持ちを持たない、冷静な搭乗員揃いだと少佐は確信する。通常喜ばしいことだが、今は喜べる気分でもない。

今回に限って言えば、これはただの迷子じゃない。状況が語る全ての情報から総合的に判断した結果、直視したくない現実がそこにあることを少佐は悟る。

そもそも夜間哨戒飛行はベテランが出るものだ。経路なんぞ目を瞑って飛べると言っても過言ではない。その上「龍らしい姿を視認した」?

寝ぼけ眼でなければ何かしらの異常を認めていたことになる。


「私は一度この周辺を捜索してからピーバレンに戻ります」

渋面を作る少佐をよそに、連絡員はワイバーンに跨ると早々と離陸していった。

連絡員の離陸を見届ける派遣隊を尻目に、少佐は指揮所のテントに引き返す。テント内に入ると参謀たちの姿を探したが、その姿は無かった。一つずつ階級が上の人間を探すが、自分より上の階級は連隊長しかいなかった。

やむを得ないと判断し、連隊長の元まで歩みを進め、作戦参謀を通すことなく、少佐は直々に連隊長への意見具申を決意した。本来ならば、いかなる事態であろうと、作戦参謀もしくは作戦主任参謀、あるいは副長を経由して連隊長に意見を申し立てるのだが、この際テント内に居ない人間にまで構っている余裕はない。そのまま一通りの説明を行うことにした。

「出来れば砲兵からも地上捜索要員を派出していただきたいんですが・・・・・・」

丁度、葉巻に火をつけるところだった連隊長は葉巻を置き、少し逡巡する。

「いつもの「迷子」とは訳が違うのか?」

ここで、いいから早くしろと急かしたいのは山々だが、そうなると平行線に突入する。畑違いの人間にはまず理解を求めなければならない。

「上空で異変を通報してきたベテランが行方不明になりました」

「・・・・・・どのくらい深刻な事態か、経験がないから分からんのだが」

「端的に申し上げますと士官が1名、作戦中に行方不明となってます」

「「作戦中の行方不明」だと?」

「あるいは、行方不明を装った脱走の可能性もあります」

将校ということはある程度の機密も知っていて、単なる脱走とは訳が違う、というところまでは指揮官なら誰もが考える。

尤も、行方不明地点からするにその可能性は限りなく低い。通常、亡命の類は国境に近ければ近いほど後が楽なので、こんな国境線から遥か内側で脱走を企図する人間は普通いない。ワイバーン乗りならそのまま国境を超えた方が遥かに楽なので、わざわざ行方不明を装う必要はない。更に、ワイバーン乗りのような特殊な技能を持った人間を利害の一致する亡命先が引き渡す可能性はないに等しい。つまり、亡命を企図するなら堂々と飛んでいけばいい。

それがなかったということは。

不時着陸。

通信の暇もない非常事態。

あるいは、墜落。

今回に限って言えば、単なる所在不明はまずあり得ない。

「それは止むを得ん。分かった、うちのも出そう」

割とこの連隊長の大佐は話がわかるらしい。

中途半端な階級の人間はやれ、上に申し立てだの根拠法令はなんだのと口うるさく聞いてくる。自分がその当事者になりたくないからだ。

通常、兵科の異なる連隊は一旦司令部に報告と捜索救難部署発令要求を上げ、司令部から必要な各兵科に部署発動命令が下令されるのを待つ必要がある。

竜騎兵連隊も一つの独立した部門で、竜騎兵の上級司令部に捜索部署発動を報告する必要があるが、早かれ遅かれ司令部が他の兵科に救援を要請することになる。

横紙破りもいいところなのだが、どう転んでも十中八九発出される命令なら先んじて動いても問題はない、という判断だろう。

「感謝いたします」

少佐はその場から指揮卓に移ると、地図を広げながらさらに考えを進める。一部は測量したての正確な地図だ。早速使うことになるとは、と少佐は思う。よりにもよって砲兵訓練に先駆け、搭乗員捜索部署がこの地図の初陣というのはどうにも尻の座りが悪いものを感じるが、この際そこに構っている場合ではない。

行方不明点はモーリアからラコニア間。モーリア通過から数分後に針路西。少なくともラコニアからは10マイル以遠。具体的にはモーリアの北西5マイル付近。飛行高度は1500。仮にワイバーンの体調不良だのなんだのが起きても、竜騎兵本人が転落さえしなければそのまま直下に墜落するわけではない。その上、高度1500ならば無事でいる可能性も高い。ワイバーンの滑空率は低いが、位置極限という局面においては、この低い滑空率は非常にありがたい。捜索範囲も広範にならずに済む。諸々の計算をしつつ、少佐は捜索隊の派遣計画を練り始めた。

ざっとラコニアの10マイル南の各地点に部隊を派遣し、そこから東西方向数マイルに渡る捜索線を一列に展開、推定の行方不明点を東西に伸ばした線に向け南下させれば、人の入れない山中でもなければ発見出来るはずだ。その上、経路上に村があれば聞き込みも期待出来る。

それでも発見できなければ?

それは一先ず後から考えればいい。

その後の計画立案が早いか、定時日課が早いか、あるいは同時だったかは分からなかったが喇叭には間に合わせられた。命令回報の喇叭が響き、班長以上の下士官から将校までがぞろぞろと集まったところで少佐を捜索指揮官とした上での捜索命令が第57砲兵連隊に下達された。


連隊員の出発を見送ると少佐は指揮所テントに戻り、再び捜索計画の練り直しを始める。

もしも見つからなければ?

再計算、再計算、再計算・・・・・・。

「どうだな、少佐?」

副長が少佐に声を掛ける。

「どうもこうもありませんね。計算が正しいとしても今回はどう転がるか分かりません」

はは、と副長が笑う。

「まあ、気長に「迷子」を待とうか」

この期に及んでもまだ、この副長はこの「行方不明」を「迷子」と捉えているらしい。

しかし、事実として少佐にも、副長にも、今この連隊にいる人間にできることは気長に待つより他はない。見張りに兵を立たせてはいるものの、発見報告が入るのは捜索隊が行って帰っての後。どう早く見積もっても半日近くはかかるだろう。計算に誤りがないと分かってからの本部は暇なものだった。


出発から数時間が過ぎた頃、へろへろになった伝令兵が57連隊の門をくぐったことで第二報が届いた。

2竜騎連の伝令です、と息を切らせながら話す伍長に何故竜騎兵を寄越さなかったのだろうかと訝しがりながらも、しかし少佐は摑みかかるようにして尋ねる。

「見つかったか?!」

だが、伍長の口から放たれた言葉は更なる、誰も予想だにしなかった事態の悪化を告げるものだった。

報告を受けた少佐は直ちに真後ろの伝令に振り向き、大声を張り上げた。

「奇襲っ!第1配備発令ーっ!」


咄嗟に伝令兵は総員集合の喇叭を吹く。

ぞろぞろと予備兵力が指揮所テント前に参集する。

「これだけか?」

「他は捜索に出てますが・・・・・・」

少佐は愕然とする。

「誰でもいい!直ちに呼び戻せ!狼煙を焚け!赤狼煙だ!」

周囲は誰一人として事態を飲み込めていなかったが、少佐のあまりの剣幕にそのまま指示に従った。

「少佐」

諸々の指揮系統をすっ飛ばしたことの小言でも言いに来たのか、副長が近付く。

「どういうつもりか?総員集合ならまだしも「赤狼煙」だと?何を考えている?」

「私は指揮官たる竜騎兵士官です。赤狼煙を焚くだけの権限は有してます」

「だとしても伺いの一つくらい・・・・・・」

「伺いなんぞ立ててる暇はありません!事態はそれより遥かに深刻です!」

「説明しろ!どういう・・・・・・」

「それは後です!おい、そこのお前!いいから早く赤狼煙を焚け!」

「一体何事かね?」

騒ぎを聞きつけた連隊長がテントから姿を表す。

「連隊長、なんでもありませんよ。竜騎兵が先走っただけで」

「「先走った」ですって?伝令兵から事態を正確に聞いといて下さい!誤報なら誤報で私が責任を負います!」

少佐が赤狼煙を焚き、副長が焚くなと叫ぶ傍で連隊長が伝令兵の言葉に耳を傾け、徐々に顔色を変える。


少佐の指示の妥当性と事態の異常性に連隊内が気付けたのは、空の彼方に影に気付いた頃。

発令は、少し遅かった。

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