40 搭乗員捜索部署

随分手の込んだ設定を練り込むもんだ。それが、命令が下令されたときのブロア軍曹の率直な感想だった。

付近で警戒監視飛行中のピーバレンのワイバーン搭乗員と連絡が取れなくなったため、ワイバーン派遣隊に搭乗員捜索部署を発動。続いて連隊長命令の下令及び、砲兵連隊総員への搭乗員捜索部署の発動。

この想定は中々にユニークだが、ここからどう砲撃演習に繋げるのだろうという考えはしかし、これが実任務であるという一言で撤回せざるを得なくなった。


そして同じような現象はブロア軍曹の営内班でも発生した。

「随分手の込んだ設定っすね」

命令回報での事項をそのまま下達するとエリオットが口を開いた。

「だと思うだろ?」

そして実任務だとブロア軍曹が告げると皆どこか一瞬呆けたような表情を浮かべた。

「実任務?」

「演習は一時中断。そのワイバーン乗りを探しに行くってわけ」

「あ、それ想定じゃないんですね」

「砲撃に繋がらんもんな」

そりゃそうかと班員が納得する。

グラハムはその時、警察学校に航空機事故の現場に出動した経験があると言っていた教官が一人いたことを思い出していた。曰く、「ひどく暑く、ひどく臭く、ひどく悲惨だった」。それ以上を語ろうとはしなかったのがとても印象的だった。それに比べて今回は金属の塊が堕ちた訳ではない。最悪の状況に陥っていたとしてもワイバーンと人の死体が一体ずつ。原型はないかもしれないがまだマシかもしれない、と不謹慎な算段を立てていた。

「捜索救難だから出動準備をしておけ」

「具体的に装具はどうなりますか?」

営内班当直に当たっているベクターが質問を飛ばす。

それに対してブロア軍曹は小銃と弾薬盒は不要、背嚢に毛布とテント、円匙と飯盒を縛着し、帯革と銃剣、水筒と雑嚢を個人携行しろと指示を出した。

まあ、正直円匙も銃剣も要らないんだがなとブロア軍曹が付け加えた言葉にベクターが怪訝な顔をする。

「どうしてです?」

他兵科のことだからあまり言いたくはないんだが、と前置した上で説明を補足する。

「実はな、この搭乗員の行方不明ってそこそこ起きてんだ」

沈黙を保ちながら聞くと、どうにも時折自分の位置を見失い、難を逃れるために着陸し結局通信が取れずに墜落したと扱われるのがお決まりのパターンだと知らされた。

「つまり・・・・・・」

「まあ、気楽にやれや。どうせちゃんと五体大満足で見つかるだろうよ」

手をヒラヒラと振ってブロア班長は下士官室に向かった。グラハムたちも言われたがままに装具を整える。

「土嚢っているかな?」

「搭乗員を埋め立てたいなら」

お互い、けらけらと笑いながら装具を外した。どうせ五体満足ならどうイジってやろうか、前回は小銃を担いで完全軍装で土嚢を作ったっけ、なんて笑いながらお互いに帯革から不要な装具を除く。


そうこうしている内に喇叭が響き、営庭にぞろぞろと集まった。

「捜索位置を達する、休め!」

さっと休めの姿勢をとり指示を待つ。どうやらラコニアの南の、ある地点に派遣されそこから南下しつつ搭乗員を捜す、というのが大まかな流れらしい。この「ある地点」は班長と捜索小隊長への地図の写しの配布を以って下達とする、と指示が続く。

捜索指揮官は派遣隊長のワイバーン乗りの少佐のようで、各隊に指示を出す。以前のアレツランでの演習のように、長ったらしい前置きの類はなかった。竜騎兵科では伝達前に訓示をしない風習なんだろうかと指示を聞きながらグラハムは考える。

ブロア軍曹たちの捜索班はローグ少尉という、日頃はブロア軍曹の営内班を含む砲兵小隊の小隊長の任に就いている砲兵士官が捜索小隊長に割り当てられた。このグラハムたちの班を含んだ小隊だけでも捜索隊は割と大所帯になった。小隊長に伝令兵、捜索班員と捜索時間と発見時の要救助者の衰弱を考慮した給養員と給養糧食、給養機材。ホーマー中尉率いる一個中隊になると4個小隊となり、この4倍。その上の一個大隊となるとそこからさらに掛ける4。野戦の砲撃に従事する場合の通常編成で、任務だけ砲撃からそっくり捜索に移行した状態だが、これらが歩兵のように行軍するとなるとその行軍速度は当然のごとく、がくんと落ちる。

通常、砲兵の行軍は砲と弾薬を牽いて行くが、捜索任務のように各隊がばらばらに動くことはまずない。離合地点まではまとまって移動してから展開する上、給養員も大体後方からまとまって付いてくる。だが、給養員だけが重い烹炊機材を担いでしかも各小隊ごとに最低限の人数だけで随伴することになると話は変わってくる。通常編成に比べ、給養員は割りを食う形になる。


そうして命令下達から30分後、各班が揃って門を出て行く。

「行くぞ」

ブロア軍曹の捜索班も、2個分隊を率いる捜索小隊長のローグ少尉に続いて門を出る。

「班長、行程が分からないですが、途中休憩はどの程度・・・・・・」

「ローグ少尉に従い、追って指示する。まずは歩くぞ」

「は」

黙々と歩くだけ。とはいえ給養員の随伴と捜索という二つの要素が関係する以上、歩行速度は遅めで雑談の余裕すらある。

「俺らがさあ、その、搭乗員とやらをさ、見つけたら・・・・・・どうする?」

「んなもん酒代をたかる以外にあるか?」

おい、というブロア軍曹の言葉に一同が口を噤む。

「俺らはな、捜索救難の任を受けて至って真面目に職務に邁進してんだ」

重い沈黙が場を支配し始めたところで、さらにローグ少尉が言葉を続ける。

「そしてな、この捜索救難で搭乗員を見つけると発見した班には飯と酒を奢るという伝統が竜騎兵科にはあるんだ」

「通称、ワイバーンの謝肉祭ってな」

どことなくにやにやしだしたローグ少尉とブロア軍曹を見て班員は全てを察する。

「分かるな?」

はい、と元気よく皆で返事をすると再び雑談が、今度は「謝肉祭」について話題を変えて続行される。

「何をたかろうか?」

「飯と酒以上のもの?なにがある?」

「搭乗員殿の財布で他人名義賭博とかは?」

盛り上がる兵卒の会話を他所に、時折ローグ少尉が地図とコンパスを確認しながら、指定区画に向かう。

5マイル程歩いたところで休憩を挟み、そこからさらに5マイル進んだところで再び小隊に止まれと指示が出た。既に昼前である。

「この辺が捜索点のようだ」

グラハムが周囲を見渡すが、目立つようなものは何一つない。ただただ雑木林が続くばかりだった。

ローグ少尉の捜索小隊は人員点呼を終えると南下を始めた。別段他の捜索小隊と歩調を合わせろという話ではなく、到着次第捜索開始という指示であった。

「何マイル進めば見つかるかな?」

「村でもありゃ休憩・・・・・・もとい、聴き込みができるな」

事実上の、行軍の延長戦を歩きながら再び無駄話に興じる。不時着なら通常、開けた土地が選ばれる。今捜索隊がいる辺りは木々がうっそうと生い茂っており、墜落以外ではまず搭乗員たちがいるようには思えない。その上、墜落ならワイバーンが木々をなぎ倒しながら堕ちてくる。周囲の木々に目立った損傷が見つからない以上、この近辺にいる目算は限りなくゼロに近い。


そうして捜索から小一時間が経過した頃、開けた土地に出た。太陽の位置とを見比べ、昼飯はここにしようかとローグ少尉が口を開いた。

給養員が湯を沸かし始める。並んだ食材はジャガイモと蕎麦の実に豚肉。簡単な豚肉のスープだろう。

「よし、まだもう少し南下するぞ」

この開けた地点で給養員が調理をする間も捜索は続行する。一旦捜索してまた元の地点に戻って食事となる。概ね30分経てば野戦食は出来上がる見通しだ。

「給養員の警戒員は誰が立つ?」

「小銃もなく警戒ですか?」

尤もな質問だが、無防備になる給養員には警戒員を付ける規則になっている。

「頼みの綱は銃剣一振り、か?」

「面倒だからベクターとグラハム、お前らが就け」

「分かりました」


2人が警戒員に立ち、残りは捜索を継続したものの、特に何かを発見することなくそのまま食事と相成った。淡々とした味の食事が淡々と済んだ。

誰ともなく煙草を巻き、もくもくと一服すると少尉が立ち上がった。

「次は向こうの班に随行する。こっちの班の指揮はブロア軍曹、君が執れ」

「は」

お互い敬礼を交わすと、ローグ少尉が隣の班長と何かを話し始めた。


「よし捜すぞ」

煙草を消すと、一行は再びがさがさと音を立てて雑木林を切り開く。

「班長、町はどの程度行けばありますか?」

「まだ先だな。着く頃には晩飯だろうな」

どことなく期待はずれの顔を浮かべ、ベクターがグラハムの近くに行く。

「特別手当でも出なきゃやってられんな」

「搭乗員殿の有り金という特別手当争奪戦じゃねえの?」

「違えねえ」

傍で聞いていたアルバートが吹き出した。


昼食を終え、暫くは賑やかだったが徐々に口数は減っていった。

「ま、疲れてくるとこうなるんだよな」

ブロア軍曹の呟きに前の演習もそうだったなあ、なんて感想を思いつきこそすれ、誰も口にしなかった。


それから数時間後。

「ん?」

何かが聞こえた。

「アレ、呼集喇叭じゃないですか?」

伝令員が吹いてるであろう呼集喇叭である。

「見つかったのか?」

「さあ?」

「まあいい。行くぞ」

ブロア軍曹の指示で一向は音源の小隊長がいるであろう付近に向かう。

するとローグ少尉以下、隣の班員たちが何かを取り囲むように立っていた。

「ちょっとこれを見ろ」

「・・・・・・なんですこれ?」

焼けた鞄のようなものが落ちていた。中の紙類は黒焦げとなり判読不能だった。

「これって・・・・・・」

「派遣されてる竜騎兵が同じ鞄を携行しているのを見た」

誰ともなく、すっと周囲を見渡す。

「おーい、誰かいないか!」

班員があちこちで呼びかけるが、答えるものはない。

ふとグラハムが見ると、エリオットが北の方角を見たまま固まっていた。

「どうした?」

「あれ・・・・・・」

エリオットが北を指差す。見ると、狼煙が上がっていた。やや桃色がかった赤い煙だった。

「赤狼煙・・・・・・?」

「赤狼煙」。

意味は呼集、戦闘用意、または敵襲。座学でしか聞いたことのない通信規約だが、演習で上げるとは聞いていない。

「・・・・・・小隊長」

「なんだ?」

固まる新兵2人のその視線の先を少尉をはじめ、小隊員が見る。

「・・・・・・ただごとじゃないな」

「捜索中止、ですか?」

ブロア軍曹の質問にローグ少尉は決断する。

「ああ。状況外の出来事が起きている、と見るのが妥当だろう」

「搭乗員は・・・・・・」

状況から重傷を負っている可能性はかなり高いが、暖を取るために鞄を燃やしてその後本人はどこかに動いた可能性もある。だが、それならまず不要な紙類から燃やさないか?なぜ一纏めに燃やした?夜明けから南中までを迎えた今までで暖をとる必要がある程冷え込んだのか?本当に搭乗員はただの「迷子」なのか?そもそもアレは「暖を取った」跡なのか?

あらゆる可能性に考えを巡らせるが、どのみち苦渋の決断を強いられていることに変わりはない。

「・・・・・・ここまで捜してもいないなら、次はここから捜し始めればいい」

帰投の決心をつけた少尉は、地図に朱色のインクでマーキングを落とすと指示を出し、一行が元来た道を引き返し始める。

どことなく不穏な空気が小隊を支配し始めたところで、ダメ押しに少尉がもう一度大声で呼びかけを実施した。

答える声はやはりなかった。

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