39 兆候
<<フェザーベース、フェザー24>>
月明かりが照らす、星空の下を飛行する夜間哨戒のワイバーンが母基地を呼び出す。
「・・・・・・またかよ」
ワイバーン乗りがちっと舌打ちをして再度呼びかけを行う。
<<フェザーベース、フェザー24>>
<<・・・・・・フェザーベース、ゴーアヘッド>>
待ち望んだ応答があり、彼は少し笑みを浮かべる。この時間帯は魔導士の反応が悪いことが多い。彼も自身の魔力の問題かと考えたこともあるが、昼間の飛行では一度の呼びかけで応答があることや、他の夜間飛行をした人間から「応答が来ないことが多い」という聞き取りができたことから、問題が地上側にあることを今となっては信じて疑っていない。
<<フェザー24、オーバー・アレツラン、1500ノースウエスト。オペレーションノーマル>>
ことさらに上空通過を強調して必要事項を報告する。
<<フェザーベース、コピー。ナウ38、リポートモーリア>>
<<リポートモーリア、フェザー24>>
「・・・・・・こいつ、寝てやがったな」
定時連絡を終えた竜騎兵がぼやく。
「お前もそう思うだろ、なあ?」
くるる、とワイバーンが鳴いて答える。
航法ログを確認してみると、アレツランからモーリアの針路は北西、着予定はおおよそ30分後。そこで思い出したように彼は方位磁針を取り出す。針路は北西。大きな偏位はしていないようだ。現在のところ予定通りであり、風の影響もほぼなし。通報時刻が38分となると次は長針が一周回って10分ごろに着くことになる。
天測装置を通し、時間を測る。現在時刻は40分ごろ。間違いなし、と納得し彼は装置を航法鞄にしまう。
そろそろ懐中時計を買おうかと思う一方、お目当は給料2月分はする高級品だけにそうそう即決していいのかは悩みどころだとも彼は考えている。下手な安物は作戦上支障を来すだろうし、何より、ワイバーンライダーとして自分の矜持が許さない。
実際、飛行中は月出没時刻さえ把握していれば、天測装置だけでも時間は計測できる。困るのは新月のときくらいだ。
更に星を対象にすれば、この天則装置一つで現在位置も計測出来る。その計測の手間が面倒といえば面倒なのだが、懐中時計が故障したときの補助として天測装置も使えなければならない。となると、物理的に破壊でもしない限りは使用可能な天測装置のみでも充分機能は果たせる。
そもそも夜間哨戒は退屈でしょうがない。居もしない目標を延々探す飛行で、見るものは国境線と国境より向こうの空。実際のところは星空と眼下の街を眺める遊覧飛行。面倒ではあるが、位置と時間を天測するなりなんなりして時間潰しでもしない限り、とにかく退屈なのだ。
ぼんやりと眼下の町を見やる。今日の月齢だと月没より先に日出が来るおかげで、はっきりと風景が見て取れる。夜の町はひっそりとしており、出歩くものはない。
周りでは月明かりが明るい時ほど不吉であるとして夜間飛行に出たがらない人間が多いが、彼にしてみれば陽のない夜間の貴重な明かりを労せずして確保できる、ありがたい夜という実用上の認識でしかない。
何より、夜間飛行は一回あたりの手当てが大きい。こんなに明るい夜に哨戒任務に出ない訳が彼には分からなかった。
「思い起こせばこの間の夜間飛行は最悪だったな」
彼はワイバーンに語りかける。
件の夜間飛行の日は前線が近づいており、低層に雲が立ち込め、所々に雷の発生もあり、その上新月で月明かりがほとんどない、という悪夢のような天候だった。降水さえあれば飛行不適として飛行作業を中止できたのだがそこまで甘くはなく、悪い視程の中、数時間の死に物狂いの哨戒飛行が終わった直後になってようやく激しい降水に見舞われたのだった。
考えの末、星以外浮かんでいない空に飽きた彼はふと地上を見やる。
眼下にはひたすら緑が広がっていた。
ここも本来は都市間を結ぶ道路があるのだが、木が生い茂っており、よく分からない。
陸路にしても、この区間は昼でも薄暗い、と商人達からの評判はあまりよくない。
時に盗賊の襲撃があるらしく、傭兵を付けて通過することも珍しくはない。
定期的に、治安維持要請に基き、盗賊掃討戦に上空から参加することはあるが、大抵陸路を攻めた領主の騎士たちや歩兵連隊の方が成果を挙げている。
彼自身、昔作戦に参加したこともあるが、地上部隊が取り逃がした盗賊相手に上空から魔法を放ったところ、加減を間違え真っ黒焦げの焼死体を錬成してしまったことがある。よりにもよってそれが盗賊の親分だったためアジトの位置を始めとした重要情報を軒並み本人ごと丸焼けにしてしまったのだ。
こうして、うっかり葬り去ってからというもの、「攻撃魔法の使用は局限し、使用に際しては作戦指揮所に攻撃要請を実施し許可を得てから」と作戦規定に変更が生じるほど面倒なことになったのだが、武器による攻撃は従来通り搭乗員の裁量で使用が許可されており、下手をするとそっちの方が魔法より数倍強力なのだが、そこは変更されていない。
見るものも考えることも無くなってきた頃、モーリアの町がぼんやりと見えてきた。モーリアの後ラコニアを過ぎればもうすぐピーバレンに着く。
<<フェザーベース、フェザー24>>
<<フェザーベース、ゴーアヘッド>>
一度の呼びかけで応答したことに機嫌をよくし、やや弾んだ調子で通信を続ける。
<<フェザー24、アバーブ・モーリア、1500ノースウエスト。オペレーションノーマル>>
<<フェザーベース、コピー。ナウ、09。リポートラコニア>>
<<リポートラコニア、フェザー24>>
航法ログを見ると、次は15分でラコニアだ。
ラコニアを過ぎると着陸前点検を実施する目安になる。
「そういえばラコニアには今同僚が演習支援で参加していたっけ、な?」
鳴いてワイバーンが答える。
仲のいい同期も今そこに居る。砲兵との合同で実施する、珍しいタイプの演習と聞いている。この演習への参加は面白そうだな、と考えていると東の山の稜線から届いた朝日が彼の目に刺さった。
日の出だ。
その時、彼はふと10時方向にワイバーンの影のようなものを認めた。携行飛行線表を見るが、この時間帯はまだワイバーンの飛行予定がない。
繰り上げでもして次直の哨戒ワイバーンをもう上げたのだろうか。それともラコニアに派遣中の同僚だろうか。だとしたら、何故地上員はこちらにトラフィックインフォメーションや会合予定時刻を寄越さないんだろうか。
瞬間、ワイバーン乗りとそのワイバーンは異変を感じ取り、反航針路を取るように変更した。
<<フェザーベース、フェザー24>>
応答はない。
「何してやがる、こんな時に!」
距離を詰める傍で苛立ちが募る。
<<フェザーベース、フェザー24!>>
<<フェザーベースゴーアヘッド!>>
やっと出やがった。
<<フェザー24!5マイルノースウエストオブモーリア、1500!ブレイク、竜らしい姿を視認、ヘディングウエストに変更した。確認に向かう!>>
苛立ちを隠しきれずに通報事項をぶちまける。
<<フェザーベース、ラジャー、12・・・・・・現在当基地からのワイバーン発進なし>>
<<フェザー24ラジャー、ラコニアの現在の飛行情報送れ>>
<<フェザーベース、カレントインフォメーション・・・・・・ノートラフィック、アラウンドオブユー>>
<<フェザー24>>
目測で10マイルくらいだろうか。反航針路を取っているため、影にぐんぐん近づく。9マイル、8.5マイル、8マイル・・・・・・。
「まさか、盗賊どもがワイバーンを・・・・・・?」
針路をやや右に取り、相手の真横を通り過ぎるコースを目指し飛行する。
一方その頃。
「なんでこんなに通じにくいかな」
フェザーベースと呼ばれた、ピーバレンの連隊内に設置された通信指揮所の中で、1人の魔導士が嘆くように呟く。
どうにも最近、夜間哨戒のワイバーンと連絡が取れにくくなる区間がある。
前は確かに寝てたこともある。だが最近では当直の組み方をかなり考慮してあり、夜勤前には午前休が貰えるようになっている。お陰で生活自体は不規則だが、勤務への肉体的支障はかなり減った。
しかしそもそも、と彼は考える。
「人が眠くなるはずの夜中に、飛べないはずの人間が無理矢理ワイバーンで飛んで、対地感覚の狂いやすい低高度を飛ぶ、ということ自体が神に背く行いなんだがな」
この魔導士は、通信を先程まで取っていた彼らが今頃、母基地を呼び出す余裕も無く、ラコニア周辺で地面と1つになったことを知る由もなかった。
魔導士が異変を感知するのはこれから30分経った頃だったが、彼らが発見されるのは、更にそれからたっぷり五年は経った頃だった。
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