37 演習
がちゃがちゃと測量器具を担いで古参兵たちが営内を駆け回る。
「全部あるか?」
「多分な。前はこれで事足りたそうだ」
なんだかよく分からない三脚やら、やたらと長い縄、望遠鏡、大きい三角定規のようなもの、丸めた大判紙など、用途が分かるような分からないような器材を古参兵たちがあちこちからかき集めている一方で、その傍では今回の作戦指揮官らしい、大尉と曹長が測量計画を打ち合わせている。
そして、その様子を煙草をふかしながらブロア軍曹率いる、新兵班はぼんやりと眺めていた。
「お前らも来て早々に演習に巻き込まれるとは間が悪いな」
「演習、ですか?」
初めて聞く予定にどうにも自分たちが介入する余地がどの辺にあるのか新兵たちには今一つ判然としない。
「我々は何をすればいいんですか?」
煙草を消しながらエリオットが尋ねる。
「俺たちゃあ、砲兵陣地を展開して竜騎兵さんを迎え撃つのさ」
日頃の練習の成果が発揮できるな、とどこか嬉しそうなブロア軍曹。
「陣地展開って・・・・・・いつから始めるんですか?」
「この後」
一同がブロア軍曹の言葉を飲み込むまで5秒は要しただろうか。
「・・・・・・この後すぐですか?」
「ああ」
再び一同が沈黙する。
「どこにですか?というか何も準備が出来てないんですが・・・・・・」
「おそらく隣の演習場だろうが、演習場のどこに行くかは俺も知らん」
一先ず円匙と土嚢だけは用意しとけと軍曹は続ける。
新兵同士、お互い顔を見合わせて居る内にブロア軍曹は命令受領に行ってくると言い、煙草を消してそのまま営内班を出て行った。
「なんだって演習なんかが始まるってんだ」
ベクターがぼやく。陣地設営の面倒さもさることながら、設営地点まで4インチ砲を牽引していく際の砲自体の重たさもかなり面倒さに拍車をかけている。
旧式の4インチ砲は小口径ながら結構な重量がある。一度教育の一環で4インチ砲の他の大口径砲も牽引したことがあるが、性能諸元上の重量はともかくとして、グラハムも4インチ砲がその他の大口径砲とあまり重量が変わらなかった記憶がある。
「また円匙と土嚢に演習か。なんか嫌なもんを思い出すなァ」
アルバートが心底疲れたような声を出しながら煙草を吸う。
何しろ、このアレツラン51連隊出身の新兵たちには「演習」というものにいい思い出がない。演習の2点セットなので、円匙と土嚢はいかなる演習であれ必ず使うことになる資材なのだが、あの泥と嵐に見舞われた悪夢のような演習のせいで人生で最も嫌いな資材の3つの内の2つとして51連隊出身の新兵たちの脳裏に深く刻み込まれている。
なお、残りの1つは「想定ドラゴン」である。
「円匙と土嚢かあ・・・・・・」
「ああ、演習なんか嫌いだァ」
「また大雨が降って地面が崩れたりしてな」
どことなくベクターの顔色が曇る。
「・・・・・・演習なんか大っ嫌いだ」
「俺も嫌いだ」
「面倒だもんな?」
「だよなぁ、こんな面倒くさいこと・・・・・・」
そこまで発言したところでアルバートが振り返り、今の言葉を発した人物が誰か確認する。
いつのまにか戻ってきていた、心なしか瞳孔が散大気味のブロア軍曹が笑顔でそこに収まっていた。
「いいぞ、なんて言うつもりだったんだ?」
しばらく沈黙した後、アルバートは煙草を消し、てくてくとベッドの上の個人装備棚を漁り、円匙を手に取った。
「だから早いこと陣地設営に行こうぜ、って言おうと思ってました!」
嘘つけと言わんばかりの視線を浴びながら白々しいにもほどがある台詞を吐くアルバートに対しブロア軍曹はにこやかに、よし行ってこいとだけ言う。
「場所は3キロ先。現地に行けば分かる。土嚢袋を携行すること。以上、かかれ」
「え、あ、かかります!」
土嚢袋をひっ掴み、隊舎を出ようとするアルバートにまあ待てとブロア軍曹は笑いながら声をかける。
「まあ、陣地構築には行くことになるが、その前にこの演習について教えてやる」
どうやら、命令受領ついでに色々と聞いてきたらしい。
そして、ブロア軍曹の語るところによると、歩兵連隊ではなく珍しいことに竜騎兵連隊との合同演習であること、その演習参加の竜騎兵のために地図を作成すること、砲兵側の演習の目的は対空目標への砲撃訓練であることと、竜騎兵側は地上からの砲撃に慣熟することが目的であること、など。
今回の主たる目的はどちらかと言えば竜騎兵サイドにありそうだった。
「今回は4インチ砲を使う。細かいことは現地で言うから、ひとまず円匙と土嚢袋を持ってこい」
各々、円匙を取りに棚に向かった。
4インチ砲のある武器庫へ足を向けつつ、ブロア軍曹が早く来いと声を掛ける。
「話聞いてる以上さあ、この演習、どっちかと言えば竜騎兵どもに体良くコキ使われてるだけじゃねえの?」
円匙を担ぎながらベクターが呟く。
こちらからは地図を出し、砲兵隊を出し。さりとて、向こうも向こうで貴重な兵力を演習のために割いているのだから、お互い様ではなかろうか。
あれこれと考えていたが、よく分からんな、とだけグラハムは言った。
「竜騎兵って上から見てりゃあ地図なんか要らねえ気もするがな」
武器庫に向かう道すがら、よく分からない兵科の竜騎兵についてあれやこれやと考えていることを話し合う。
「それがよ、案外分からんもんらしいぜ」
「空の上で迷子になる竜騎兵だっているくらいだしな」
「詳しいんだなエリオット」
「昔、うちの近所で行方不明になった竜騎兵の捜索があったんだ」
程なくして見つかったが、理由がそれだった、とエリオットは続けた。
ふうんと相槌を打つ。
そうこうしている内に武器庫に着いた。
ブロア軍曹に敬礼を寄越す武器係下士官に答礼しつつ、ブロア軍曹は二言三言何かしらを話す。
すると、武器庫の扉にかけられた頑丈な南京錠を武器係下士官が解錠し、分厚い扉を解放する。
武器庫の中は広い。何しろただでさえ大きな砲がぞろぞろと鎮座しているのだ。さらに弾薬箱と砲弾、火薬まである。
今回使用するであろう、08という管理札のついた4インチ砲の前まで歩く。
「よし、二人は砲弾箱、残りは4インチを引っ張れ」
空の話は分からない。上から俯瞰するのは竜騎兵さんたちに任せることとしよう。俺たちゃ地を這う砲兵隊だ。
グラハムたちはぐっと4インチ砲の取っ手を掴み、引っ張った。
演習場はまだまだ遠い。
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