36 第2竜騎兵連隊

57砲兵連隊から少し離れた、ピーバレンという都市には第2竜騎兵連隊が設置されている。

竜騎兵連隊とは読んで字の如く、ワイバーンとその騎士から成る連隊である。

この連隊には多くの場合獣医部も併設されており、獣医科の人間が竜の面倒を主に見ている。

更にこの連隊には通常、魔導科の人間も少数ながら配置されている。

というのも、竜騎兵はワイバーンの魔力にあてられるのか、念動力がわずかながら使える。普段は竜騎兵間の上空での意思疎通に用いられるのだが、念動力を使える魔導科の人間がいると空と陸でも通信が取れる格好になる。

一応、地上でワイバーンに乗った状態の竜騎兵がいればそれでも充分通信は取れるのだが、戦力に出来ないワイバーンが常に一騎いる形になってしまい、不都合が多いのでここでワイバーンを媒介として用いない魔導士を通信員として配置することでその対処としている。そのせいで竜騎兵科は金食い虫の格好付けと僻み口を叩かれることの多い兵科でもある。


「そこをなんとかなりませんか」

「あのなあ・・・・・・」

第2竜騎兵連隊応接室。

第57砲兵連隊の襟章を付けた大尉と、第2竜騎兵連隊の襟章を付けた眼帯をした少佐が演習の調整を行なっているが、その様子には半ば一方的なものが混じっている。

「これは何度目になるか分からんがな。そもそもだ、貴官らの連隊には旧式の砲しかない以上、こちらの技量向上は期待できない訳だ。分かるか?つまりだな、それなら別の砲兵連隊と演習を計画するという話だ」

眼帯の少佐が大尉の要求をばっさりと切って捨てる。この2人の士官学校の期別は4つ離れている。4つともなれば上と下がかなりはっきりとした期別の差だが、少佐の口調には期別以上のものが込められていた。


この竜騎兵連隊は、砲兵隊が竜の撃墜を目的とする以上、時に標的役として、時に竜騎兵の技量向上訓練のため、砲を用いての演習に協力していた。しかし10年前、演習中に57連隊が間違って竜騎兵を撃墜してしまってからというもの非常に折り合いが悪くなってしまったという過去がある。

当時の事故調査報告書によると、聞き取り調査中に砲兵側の当事者が「不適切発言」を多数した旨があり、話が非常にややこしくなってしまったというどうしようもない経緯があったりするのが一層タチが悪い。

「まあ、確かにうちが昔たいへん事態をこじらせたということは重々承知しております。そこを踏まえた上でですよ、踏まえた上でなんとか」

「踏まえた上で、ってなあ」

そしてこの少佐が、その撃墜されたワイバーンに乗っていた当事者である。


椅子に深く腰掛け、一口紅茶を飲む。応対するときの自分の中での決め事として、紅茶の銘柄で関心の有無を表すことにしている。さっぱりとしたものだと無関心。深みのあるものだと関心あり。

今日のところはどちらでもないような味のものを淹れている。その実、まるきり興味がないわけではないのだ。


心地よい椅子の柔らかさに包まれながら、ふと少佐は残った右の目も瞑った。

思い出したくもないが、あれは士官学校を出て、飛行訓練を修了して、そしてようやくワイバーン乗りの仲間入りを果たした中尉の頃だった。

あのときの訓練は標的役として、自分のワイバーンの後ろに、ワイバーンの5倍はあろうかという大きな吹流しを付けて砲撃させる形の訓練だった。わざわざ巨大な吹流しを用意して、その上、真横から打てと厳命してあったにもかかわらず真正面から打って来た馬鹿がいたのだ。

あの事故で教育の時から乗ってきたワイバーンは死に、自分も瀕死の重傷を負った。

しかし相手は余程生まれが悪いのか、やたらとこちらを挑発するばかり。「こっちは死ぬところだったんだ」と腹が立って、自分の怪我も忘れて相手を思い切りぶん殴り、サーベルを抜いて手討ちにしようとしたらそれはそれで問題になった。

このときは周りの人間に必死に止められたし、よく見たらサーベルは撃墜されたときの衝撃でへし折れているし、さらに結果として、本来はワイバーン乗りとしては脂の乗った時期であるはずの中尉から大尉の期間を士官学校の座学教官などという実に腹が立つ配置に飛ばされて、そこで過ごす羽目になったりして、まさしく踏んだり蹴ったりだった。

三年ほど前にようやく原隊に戻ることができたものの、やはりブランクは如何ともし難く、後輩に腕前で追い越される始末。事情を知っててどことなく申し訳なさを浮かべながら周りが接してくるのも腹が立つ。見兼ねた上がなんとか周りの部隊との折衝役として運用班長という配置を寄越してくれたのだが、実に納得がいっておらず、未だに57連隊だけはなんとか取り潰しにしたいと考えている。

今でも当時のことを思い出すと、無くなったはずの左目が痛むのだった。

定年が早いか、昇進が先か。そこは分からないが、もしも仮に陸軍大臣になれたら真っ先に57砲兵連隊を解隊して、跡地にはワイバーン連隊を新設してやる。絶対許さん。許してなるか。未だに砲兵科の襟章を付けた奴を見ると反射的に殴りかかりそうになる。

理性的であることを重んじる竜騎兵としては全く不適なのだが、今更自分でもこの考えを変えるつもりは毛頭ない。


だが、と彼の中のわずかな理性が彼に思考能力を与える。

今、正直なところを言うと第2竜騎兵連隊としては、実は「正確な地図が欲しい」。

砲兵の測量技術を以ってすれば充分に可能だろうし、なんとか正確な周辺地図を作ってもらいたい。

いい加減雑な測量に基づいた地図のみで飛行するのは危険極まりないし、まだ今年に入ってからは起きていないが、実際のところ年に一回くらいの周期で誰かしらが自分の位置を喪失しているという事実がある。有り体に言って空の上で迷子になるのだ。

実態としては、迷子などという可愛らしい言葉で表現されるようなものではない。行方不明者が出ると「搭乗員捜索部署」と呼ばれるものが発動され、連隊のほとんど総員で全力を挙げて1人と1頭のワイバーンを捜索しに行くことになる。当然その間の基地機能は著しく低下するし、業務も滞る。捜索費もかかる。最悪、最後に連絡が取れた周囲の連隊に協力を依頼することもある。

言うなれば恥の外聞の叩き売りの有様となる。


ここで測量の話に立ち返ると、周辺だけでもいいので正確なものが欲しい。

となると、土地勘がなるべくある、この地方にある部隊の方がいい。

とんとんと眼帯を軽く指で叩く。

仮に演習支援という条件をこちらが飲んだとして。地図作成という条件を向こうは飲んでくれるだろうか。

逆にうちの司令や飛行隊長は演習支援の条件に納得するだろうか。

地図の代わりにこちらは兵力を出す。戦闘の増援としてではなく、演習の支援程度ならば、あるいは。


個人として水に流すわけには行かないが、部隊としていつまでも頑迷にやってても仕様がないのは事実でもある。

今月の月間予定表と来月の草案予定表を思い浮かべる。一通り予定表を頭の中で渡り歩いた後で右目をゆっくりと開いた。

「まあ、分かった。ひとまずうちの21飛行隊と22飛行隊からそれぞれ2騎、計4騎派出する方向で掛け合ってみよう」

「はあ、分かりました。また出直して来ま・・・・・・なんですって?」

今一体何を言ったのだろうという顔をした大尉に、聞こえなかったのか、と前置した上で少佐が更に続ける。

「掛け合ってみるからそちらの訓練概要を出せと言ってるんだ」

「え、あ、まだ草案ですが・・・・・・」

急な少佐の心変わりに戸惑いを隠しきれない様子で大尉が計画書を差し出す。

「条件が一つだけあるのだがな」

計画書を受け取りながら顔を上げずに少佐が続ける。

「ラコニアに向かうに当たって、ついでにワイバーンの航法訓練をやりたいんだが、ピーバレンとラコニア間の正確な地図はあるか?」

「ローカルマップでしたらうちにありますが、ピーバレンまではどうだか・・・・・・」

応対を続けながら、少佐は計画書に目を通す。計画自体は真っ当なもので、こちらから口を挟む要素もある作りになっている。

「それがあると、より正確な計画立案が出来る。今後のためにも、あるととても助かるのだが」

「今後」と付けて、次にも演習を計画出来るかのような期待を匂わせる言い回しをわざと選ぶ。その実、少佐自身は地図以外に興味は最早無いのだが、この言葉の効果は充分あったらしく、大尉は分かりましたと即答する。

「それ以上に質問事項は?」

「いいえ!ありがとうございます!」

より詳しい打ち合わせは後ほど、と言い大尉は応接室を辞した。


さて、と。

紅茶を飲み干し、大尉が部屋を出た5分後に、こきこきと肩の骨を鳴らしながら少佐も応接室を出た。

限りなく不本意だが、今からまずは各飛行隊長に掛け合うこととしよう。


全ては地図のために。

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