31 小銃射撃
体力検定の翌日。午前中は自習時間とされていたので、各々が好きなことをしている。ただ、射撃検定が控えているのでM49小銃の分解清掃を実施する者がほとんどだった。グラハムもその例に漏れず、雑毛布を敷き、分解した順番通りに部品を並べて、筋肉痛と戦いながら丹念に小銃を手入れしていく。
射撃検定における射撃姿勢は伏せ撃ち。通常の戦闘では腰から提げた弾薬盒から弾を取り出すが、射撃検定では近くに金属製のトレーを置き、その中に向きを揃えて弾を入れておく。そしてそこから取り出して再装填を行う。言うなれば、かなり落ち着いた状態で射撃に専念できる。
引金室部を銃床に組み込みながら各部をよく点検する。残りの兵役期間が、引いては人生設計がこの小銃にかかってくるのだ。
「頼むぜクッパちゃん」
グラハムは祈りを込めながら小銃を組み立てる。管理番号が98なのでグラハムはもじってクッパと呼んでいる。周りからは奇異の目で見られているが。
そして当日。射場は人員の都合上、午前午後で使用する小隊が分けられた。21営内班をはじめ、2小隊は午後から射場に移動することとなった。
1小隊と入れ替わりで入った射場はシンプルな構造をしていた。射撃位置には伏せ撃ちの姿勢を取るために雑毛布が敷いてある。その25メートル先の射撃地点は畑の畝のように盛り上がった土の上に的が差してある。的の大きさは1メートル四方。25メートル先から狙うにはちょうど良い大きさである。
営内班順の射撃だったので、一番手はグラハムたちの21営内班からだ。
コープランドの指示に従い、各人が位置に着くと伏せ撃ちの姿勢を取る。射手と射撃助手は交代交代。つまり新兵同士だ。
「目標前方25メートル!構え!」
射撃指揮官の号令でおもむろに引き金に指をかける。
「ヨーイ、射っ」
号令から数秒後、狙いが定まったのか誰ともなく発砲が始まる。グラハムも丁寧に撃つ。すると、同じ射列の奥の方から何やらどよめきが聞こえる。確かあの辺にはオースティンが居たはずだ。
横目で盗み見てみるとちょうど2発目を撃つところで、ばしっ、と音を立てて的の中心部分の木板が屑となって散るのが見えた。
・・・・・・待て、今中心に当てたか?
散発的に雷鳴のように力強い音が響く中でオースティンの小銃から放たれるそれは、いやにグラハムの耳についた。
得点配分が低いとはいえ、当然的の中心は高得点となる。このままいくと首位を奪われる。
「マズイな・・・・・・」思わず口をついて出る。そして、グラハムの焦りは行動となって現れた。
からんと音を立てて次弾がトレイの中を転がる。再装填にあたり弾を取りこぼしたのだ。
もちろんこれも減点対象になる。
焦りは時に連鎖する。弾を手に取ったところで、再び手が滑り、今度は地面に取り落す。
地面に落とすと当然土が付着する。この土を綺麗に落としておかないと射撃時に銃身内で暴発する可能性がある。つまり土を取っておかないとこれも減点対象になる。
泥濘に落としたわけではなく、乾いた土の上に落としたのは幸いだが、装填までにたっぷり時間がかかってしまった。周りとは既に1発以上発射のテンポがずれている。
M49は引き金が重い。下手な引き金の引き方をすると銃口がはね上がった位置で発砲することになる。焦りは禁物だが、極端に時間をかけるとこれも減点対象になる。
肩に銃床を押し当て、左手に力を込めて、やや銃口が下がるように固定する。
真ん中ではなかったものの、2発目も綺麗に的に吸い込まれた。そこからは前日のイメージ通りに射撃に移行した。
弾を打ち切る頃には周囲に追いつきはしたものの、かなり焦りと戦う結果となってしまった。
射撃が終わり、別の営内班の訓練をぼんやりと眺める。極端に下手なのはいないが、オースティン並に上手いのも居なかった。
こうして、体力検定とも射撃検定とも、誰かしらに1位を譲る形になった。残る筆記試験は残念ながら選考に大して響きそうにない。せいぜい個人用塹壕を構築するにあたっての土地選定方法や寸法、小銃の諸元、常設軍備の組織と定員数について聞かれたりする程度だ。勿論全力は発揮するが、言うなればあとは修了式を待つのみとも言える。
営内に戻ったグラハムたちは、射後手入れのためにM49を分解する。歩兵科に配属されない限り、M49には離隊時返納が控えていることになる。まだ決まったわけではないが、希望を込めて、より丹念に分解清掃及び整備を行う。
がしがしと手入れ用のクリーニングロッドを銃身に突っ込み往復させると、ロッドの先端に取り付けた雑用布がみるみる内に黒ずんでいく。紙薬莢を使用する関係上、銃身内には脂と火薬がこびり付く。銃身内の汚れはほったらかすと残留した油脂が原因でまともに弾が飛ばなくなる。最悪銃身内で暴発するおそれもあるので、銃身手入れは最も点検でケチを付けられやすい。
洗浄しながらグラハムは隣のゲオルギーに話を振る。
「希望はどうなりそうだ?」
「・・・・・・残念ながらこのまま希望通り歩兵になりそう・・・・・・」
検定も終わり、修了式前の頃になると今度は今度で配属先の話がぱたりと聞こえなくなる。適切に情報管理がなされているためで、こればかりは要領の良いマイルズやベクターにも分からないらしい。
「グラハムはどう思う?」
「・・・・・・前線に近い国境の方に飛ばされたりして」
割と本気で心配していたことなのだが、それを横で聞いていたマイルズとベクターが笑う。
「徴兵ごときでやって来たロクな知識もねえ奴に最新兵器なんぞ貸与するかよ。訓練兵は後方と相場が決まってらあ」
国境警備隊には新式の武器を配備するのが常識である。チリン陸軍においては、首都近郊の近衛師団と国境警備隊、及び国境警備隊から徐々に内地に向けて最新武器を配備することとしており、国境が近付けば近付くほど武装が新しくなる。水際で食い止める用兵思想を採用しているからだ。ベクターもマイルズも胡散臭い男だが、妙に説得力のある論理なのでまあその通りだろうとグラハムは考える。
そして修了式の2日前、待望の任地発表が行われた。オースティンは第3槍兵連隊、オリバーとゲオルギーは51連隊に残り引き続き歩兵科教育、マイルズは輜重兵配属のため第1補給学校、グラハムはマイルズの言葉通り国境とは程遠い小さな町、ラコニアにある第57砲兵連隊に、同じ営内班からはベクターと揃って仲良く配属される旨を伝達された。
しかしグラハムたちの配属先を聞いた瞬間、営内班全員の顔が曇る。なにしろ、砲兵57連隊にはいい噂がない。曰く、温厚な人だったのに徴兵で57連隊に行って任期満了除隊してからというもの人が変わったように夜な夜な暴れ、ついには自殺してしまった。曰く、ぶつぶつと独り言を呟く根暗な人間になり、時に一人で暴れ、最終的に刃物を自分に刺して死んだ。曰く、57連隊を経由すると任期満了除隊後、何故か早死にする。その他諸々。
「任地への転属に備えて今から身辺整理を行ってくれ。明日もその時間に充ててよい。忘れ物にだけは気を付けてな」
グラハムの心中を知ってか知らずか、コープランドはあくまで転属する上での注意を促し、下士官室に消えていった。
薄々感づいてはいたが、「報い」が任地発表の形になって現れ、「沙汰」を知らされることとなった。
「なに、所詮は噂だ。この目で見た訳じゃねえ。大方、部隊の箔をつけるためのハッタリに違いねえよ」
励ましと受け取っていいのか分からない励ましをゲオルギーから受ける。このベッドバディはまだ51連隊に残ることが確定している。
「今度は洗濯樽をくすねるなよ」
へっとゲオルギーは笑う。
「次の任地では酒密造すんなよ」
お互い軽く小突きあい、それから衣嚢に被服を詰めて荷造りを始める。
だが、この小さな町の砲兵駐屯地というのがとんでもない曲者だということにグラハムたちは、それこそ着任まで気付くことはなかった。
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