30 検定
密造酒騒動から数日後。「追って沙汰を知らせる」とコープランドは言ったが、あれから全く音沙汰無く、第21営内班は平和そのものいつも通りの日常を送っていた。
その静けさはかえって不気味な程で、グラハムのみならず、班員諸共恐怖させるには充分であった。処分について班長に尋ねに行った方がいいのか、あるいは全く触れずに有耶無耶にしてしまうべきか、班員の間でも意見がかなり割れており、グラハム自身現在進行形で相当頭を抱えている。しかし何よりも不気味なのは、当のコープランド班長が相変わらず発覚以前のように振る舞い、接してくることだ。
ここまでくると態度をがらりと変えてくれた方が分かりやすくて逆に清々しい。にもかかわらず、まるで件の騒動が無かったかのように振る舞っているコープランドに、グラハムの方がどう接していいか分からなくなってしまっている。
しかし、これこそが班長の思惑だったとしたら?
そう考えると、今度は今度で意地になるのがグラハム・ハリス、ひいては倉間晴彦という人間だ。否が応でも聞きに行ってたまるかという意識が働いている。その実、全員が共犯者という事情が事情だけに、営内班員も「班長に聞きに行けよ」とグラハム相手に強く出られない背景がより状況の停滞に拍車をかけていた。
入営から5ヶ月目。前期教育の期間もまもなく終わろうとしている。このまま逃げ切ってやるとグラハムは考えているが、きっとそこまで甘くないことは誰あろうグラハムが一番よく知っている。
因果応報。必ず何かしらの報いがあるはずなのだが、その報いがどの形になって現れるか想像がつかない。
ひとまず、なんとかかんとか汚名返上すべくグラハムは残りの期間を全力で過ごすことにしたのだった。この頃になると前期教育の修了に向けて各種検定が行われ始める。今日は午後から体力検定、明日は小銃手入れを実施し、明後日は射撃検定。来週には最終の適性検査の筆記試験がある。そこで最高の成績を出せば希望が通りやすく、あるいは反省の意図を読み取ってもらえるのではないだろうか。
体力検定の科目は、腕立て伏せ、腹筋、懸垂、2マイル走、走り幅跳び、装具付き50メートル走、装具付き壁登り、の計7種目。
腕立て伏せと腹筋は2分間、懸垂は1分間測定。2マイル走は12分以内、走り幅跳びは5メートル以上、50メートル走は10秒以内なら優等。壁登りはアスレチックのような6メートルの壁を登る科目で、時間としては1分30秒以内なら優等とされている。
体力検定は一定回数こなせば及第点となる。しかし、グラハムにとってすると及第点を取れば良いというものではない。自分の今後がかかっている。
だが検定中もコープランドの態度は変わらない。
「よし、いいぞグラハム、もう少し!」
それどころか励ます一言さえ掛けてくる。
いざ始まってみると中々自分の体力は残っているらしいことに気付く。しかし割とオリバーがパワータイプであることを思い知る。
何とかかんとか勝とうと躍起になるが、生来の運動神経ばかりはカバー出来ず、結果として体力検定は営内班では2位の成績となった。
「よし、お疲れさん!身体の手入れを充分して怪我をしないようにしてくれ!」
そして、明日は午後から筆記前最後の座学をやるから準備するようにと付け加え、解散となった。時間は丁度午後の日課が終わるくらいで、営内班に入ったあたりで日課終わりの喇叭が響いた。配食の時間はまだ先で、その上今日の配食担当は21営内班ではない。しばらく風呂に浸かっていることが出来る。
さっと入浴準備を終え浴場に向かっていると後からゲオルギーが追いかけてくる。
「中々やるな、グラハム」
「何とか良い成績で挽回しようかな、と」
ははあ、とゲオルギーが納得する。
「となると、今かなり筋肉にキていると?」
「まあ、明日が怖いところさ」
浴場は隊舎からさほど離れていない。浴槽の温度は風呂焚き係の腕による。この風呂焚き業務も新兵の持ち回りで動いているが、基本的には輜重の担当だ。グラハムはあまり風呂焚きは得意な方ではないが、21営内班全体の腕前は悪くないらしく、グラハムたちが担当した日はそれなりの評価を貰うことが多い。
今日の担当は12営内班。ちらりと覗くとアルバートとかいう新兵が薪を火にくべているところであった。12営内班が担当した日はぬるくなりがちなのだが、今日の疲れ切った身体には丁度いい。
身体を流し、適温の浴槽に浸かりながらグラハムは射撃検定について考える。
射撃検定では弾は10発。銃はチリン陸軍の採用銃の1つである、今現在個人貸与されているM49と呼ばれる小銃で検定を行う。M49はライフリングの彫ってある先込め式ライフル銃で、使用弾薬は紙薬莢方式。グラハムが元いた世界のエンフィールド銃に近い構造をしている。ライフリングがある以上、命中精度もそうだが、どちらかといえば前期教育の射撃検定では装填から発射、射後手入れと再装填までの小銃操法の方が評価の点数配分としては高い。
命中精度と連射性の高い後装式ライフル銃もチリン陸軍では採用しているが、高価であることから槍兵科と国境警備隊、一部の連隊でしか導入されていない。槍兵は名前こそ槍を冠しているが、実態は狙撃兵連隊である。元より、戦場における間合いの長い槍兵の役割は、前哨戦で相手側前線を刺激するところにある。
前時代における戦闘の流れは、まず騎兵が前線偵察。奥から弓兵が矢を放ち、相手を威嚇して槍兵が戦線を押し上げる。そこから再度弓兵が威嚇し戦線を固定。そして歩兵が最前線に残った相手を追い払い、騎兵が相手陣地を追撃するという定石があった。
この流れは概ね変わりはないものの、それぞれが持つ武器は大きく変わった。弓兵は砲兵に名前を変え、騎兵は竜騎兵となり、遥かに射程が伸びた。槍兵もロングレンジのライフル銃を装備したが、何故か名前だけが残ってしまった。弓兵や竜騎兵は名前が変わったのに、槍兵だけ何故変わらなかったのかは今となっては分からない。
効果的に得点するためにはひとまず的のどこかに当てることと、適切な連射性の維持の2点に留意する必要がある。
だが、M49の性能を鑑みると、あまり綺麗に真っ直ぐ弾が飛ぶことはないと判断しても差支えはなさそうだ。となると必然的に発射から次弾装填までのスパンを短くするところに得点のコツがある。
浴場を出て、営内班に戻ってからグラハムは頭の中で、時に腕を動かして発射から次弾装填を延々と演練する。
体力検定ではオリバーに遅れを取ったが、射撃はそうもいかない。時代が進んだ後のけん銃で小銃とは勝手がかなり違うが、こちらには警察学校時代の積み上げがある。分があると踏んでも問題はないだろうとグラハムは考えた。
当日、その考えがとんだ思い上がりだったと「倉間巡査」は思い知ることとなるが。
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