27 土と兵隊

終わりが見えない。

掘り進めど掘り進めど、次から次へ土砂が徐々に上からこぼれ落ちてくる。もうどのくらいの土嚢を量産しただろうか。土嚢袋も、もうストックが無くなるんじゃないか。そんな考えが頭をもたげる。周りの営内班だけでなく、同じく演習に来ていた、隣の隊舎の第11、12、13、14営内班も同じような指示で動いているので人数自体はかなりのものだが、道が狭隘なせいで満足に活動しきれない。見ると、手持ち無沙汰気味になっている人間も多少いるようだ。

今は土嚢を積んで土砂崩れの根元を埋めるようにしているが、豪雨により次々崩れる土砂が土嚢を積むスペースを侵食するせいで、満足に作業が進まない。同じ土砂を積むのでも、土砂崩れの根元を埋めるよりトンネルを穿つような作業に切り替えた方がいいのではなかろうか。色々な思考が頭を渦巻く。どちらにせよ今は土砂をどかさないことには話が進まない。


何かが、ざあざあと降る豪雨の中で動いたように感じた。がらっと足元が揺れた気がする。すると、騒ぎが崖の方から挙がった。何やら人だかりが出来ている。漏れ聞こえてくる言葉に耳を傾けていると、どうやら誰か崖側に滑落したらしい。だが、駆け寄ってみるとどうも違うらしいことが判明した。滑落間際で二人掛かりで引き止めている状況のようだ。

しかし、ぬかるんだ足元。崩れかけの土砂。2人にかかる、余分な1人分の装具込みの体重。豪雨・・・・・・。脅威しか存在しない状況での土砂撤去に加え、更なる脅威が今目の前で起きている。更に加勢して4人がかりで引き上げる。引き上げると同時に、また別の、今度は8人がかりで5人を更に山側に引っ張る。

事が起きたのはその直後だった。

ごっ、と音を立て、5人が救助劇を繰り広げた舞台が派手に崩れ落ちた。ほんの数メートル先の空間が丸ごと無くなった。あと数秒遅れていたら。その場の全員の顔が青ざめる。

その中に、一際青ざめていた新兵がいた。先程一番最初に滑落した奴だ。よく見るとオリバーだ。面子を見回して見ると、全員同じ21営内班の人間だ。オースティン、ベクター、マイルズ、マーカス。揃って口が開いているが、その口から言葉が紡ぎ出されることはない。ただ息が漏れるだけだった。


崖側とは別に、今度は山側からまた騒ぎが起こる。

「おい、登れるぞ!」

「登れ!そのまま土嚢で埋めろ!」

崖側の地滑りで土砂が流されたのか、土砂が一部減り、段差状になっているらしい。その段差状の部分から登って上で土砂を土嚢に変え、上から埋め立てる作業が始まっている。

「待て!登るな!足元の安全を確保しろ!」

エコー少尉の叫び声が上がるが、効率の良い作業方法を見つけてしまった以上、その指示に従う新兵はいない。

指揮官の指示に部下が従わない辺り、組織としては崩壊の道を辿っているのだが、実際、これ以上土砂が崩れるならばまとめてみんな呑み込まれるか、仲良く谷底まであの世行きの二択しかない。ならば、一か八かで少しでも土砂の山を崩しやすい方法に飛びつくのが人間だろう。

土砂崩れの、言うなれば根元に相当する部分が見る見る内に土砂の塊と切り離されていき、そして土嚢で埋め立てられていく。徐々に土砂の山が削り取られ、そこから更に土嚢で埋め立てる。安全性はともかくとして、なんとも効率がいい作業である。


向こう側が見えてきた。

「掘り進め!」

こうなればやけくそである。既にエコー少尉も作業中断指示を諦めて、隣の小隊長のハイストーン少尉となにごとか話している。火事場の馬鹿力とでも言うべきか、疲労の度合いに対して異常なまでの作業能力を以って、土砂撤去を進めた。


そして向こう側と繋がった。

その時、誰ともなく声が上がる。

「・・・・・・あ?」

そこには。馬車で横になる高級将校と、頑丈な布テントで作られた即席の厩で雨露をしのぐ毛並みのいい馬と。とてもじゃないが、急ぎの救助待ちとは思えない状況が展開されている。

豪雨の中でも声が通ったのか、がやがやとした騒ぎを聞きつけて向こうのテントから誰かが出てくる。司令官付きの副官だろうか。

「おい誰か応対しろよ」

「やだよなんか怖いし」


お互いに押し付け合いをやっている内に、ハイストーン少尉とエコー少尉の小隊長コンビが不審な空気を感じ取ったのか、のそのそと土砂の山を這い上がる。ほとんど同じタイミングで向こうの副官ーーーよく見ると大尉の階級章を付けているーーーと顔を合わせた。

先方の存在に気付いたエコー少尉が声をかける。

「・・・・・・あっ、えーと、負傷者はおりますか!」

「あー・・・・・・いません」

「あ、そうですか」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

今までの労苦は何処へやら。なんとも間の抜けた調子である。

要救助者が無事だった。これだけで本来はとてつもなく嬉しいものなのだが、何故か今は果てしない徒労感に襲われている。はてさてと思っているとエコー少尉が残った土砂を降り、向こう側に渡る。近付くエコー少尉に大尉も正対する。

「現刻をもってアレツランへの補給線、復旧しました!」

「・・・・・・了解、状況終わり!用具納め!」

「状況終わり!用具納め!」

形の上では作戦完了のそれだが、なんというか、締まりが無い。それにしてもこれを復旧と呼んでいいのやら。


ぼそりとした、どうしようこの後、というエコー少尉の呟きが聞こえたところで、向こうの馬車から誰かしら降りてくる気配を感じ取る。今度は少将の階級章が付いている。どうやら今回の検閲官たる方面司令官らしい。反射的に背筋を伸ばすと、そのまま整列の令無くして命令下達が行われた。

「ご苦労であった。諸君の活躍に感謝する。訓練検閲にあっては、本実戦を以ってその成果を認む!以上、別れ!」

豪雨の中だが、不思議と大きさの割に通る声だった。

「実戦」という用語を使用したのは、検閲官のとっさの判断だったのか、それとも救助待ちと呼べるかどうか怪しい救助待ちの最中に考えたのかは分からない。だが、ようやく終わったという感情の方が先立つ。

後の、ちゃんとした整地作業は工兵連隊にでも依頼すればよかろう。一応道にはなった。

どうにも拍子抜けだが、終わりは終わりだ。


別れの指示が意味するところはつまり、いよいよ帰隊である。

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