25 伝令

その上等兵は、よろよろとした足取りで、ぱっと見で分かる程度にかなり疲弊していた。

所属は分からないが、少なくとも新兵の兵舎では見たことのない顔だ。

咄嗟に2人は上等兵の両肩に掴まる。

はっきりとした、見た目とは裏腹に疲労を感じさせない声で、すまんなと上等兵は謝意を表明する。


なんとかかんとか上等兵を肩で抱えながら、グラハムたちは指揮所に向かう。

上等兵が誰で、何があったのかは今は深く尋ねないことにした。

「入ります!」

テントに入ったグラハムたちを見た指揮官一同は、まず泥だらけの上等兵に目を向け、グラハムとゲオルギーを見やり、そして再び上等兵に視線を移した。

通常は入ってすぐのところで誰に用件があるかを申告し、その上官の元まで赴く。

このイレギュラーな事態に誰になんと申告するかグラハムが思考を巡らせていると、上等兵が伝令に参りました、と申告を続けてくれた。

あくまでもグラハムたちは補助で来た、というかのように。


「伝令?」

「はい」

上等兵を手近な椅子に着かせる。

第23営内班長のチャーリーに勧められた水をぐっと飲むと、上等兵はそれから数秒間思考をまとめ、報告を始めた。


「雨で道が崩れて司令官はじめ、指揮幕僚幹部が立ち往生しております」

「あんだって?」

グラハムとゲオルギーは、さもその場にいるのが当然のごとく、しれっと報告に耳をそばだてる。

だが、内心驚きは隠せない。

「通路が分断され補給が行き届かない恐れあり。直ちに行動を起こし土砂撤去などの対処を実施されたい、とのことです」

べきりと何かが折れる音が聞こえた。

音のした方を見ると、小隊長のエコー少尉が握っていた鉛筆が真っ二つに折れている。

「・・・・・・訓練でない、実戦が・・・・・・身内の災害対処だとぉ・・・・・・!」


士官学校を出て、実戦経験がないまま教育隊の小隊長に配属され、常に敢闘精神に溢れているエコー少尉にとっては屈辱以外の何者でもない。

その心の内は本人以外の誰にも伺い知ることは出来ないが、小隊長が動かないことには行動が起こせない。


「エコー少尉、これは言うなれば実戦です。分断された指揮官を救助に向かう、出来なければ孤立無援のまま全滅です。しかし、出来るのは貴方だけですよ、エコー少尉!」

こういうときの口八丁だけは上手い、コープランドがエコー少尉を奮い立たせる。

いくらなんでもそんなに単純ではないだろうとグラハムは思ったが、当の少尉は乗り気だった。

「そうか、そうとも言えるな・・・・・・よし、分かった!諸君、準備をしたまえ!直ちに作戦を練る!救援作戦だ!」

この指揮官の下にいると頭に血が上った末にバンザイ突撃の命令が下りそうな嫌な予感を覚えつつも、グラハムは何とか動く意思を見せてくれた少尉に安堵を覚える。

「そこの兵卒諸君!君たちも存分に備えてくれたまえ!直ちに動けるようにな!」

「はい!」

威勢良く、ゲオルギーが応える。

ほぼ確実にその場しのぎの返答だが。

「ところで伝令兵!君、体調はどうかな?」

不意にエコー少尉が尋ねる。

「問題ありません」

口だけは平然としているが、人の肩を借りないことには立てないくらいにはすでに疲弊がピークに達している。

これはマズイ兆候だ。

「上等兵殿、もしや栄養が足りてないのではないですか?ここ数時間不眠不休とか?」

「たかだか半日だ!バカにするな!」

少なくとも半日は不眠不休だと告白してくれたようなものだ。

マズさの度合いは分かった。

「コープランド班長、流石に栄養を摂らせないとマズイかと」

「・・・・・・そのようだな」

こういうとき、なんだかんだコープランドは話の分かる人物だ。


「グラハム二等兵、及びゲオルギー二等兵」

「「はい!」」

「宿営陣地に引き返し、全員に出発待機をかけろ」

「「はい!」」

それから、と更に指示を続ける。

「上等兵になにか栄養を摂らせろ」

「「分かりました!」」

「あの、コープランド伍長、私は別に・・・・・・」

「お前は栄養を摂れ、俺に殺されたくなけりゃな」

ぴしゃりと言い放つ。


「グラハム二等兵他1名帰ります!」

きびきびと整列すると、2人は敬礼し指揮所を辞した。


「・・・・・・そういやなんであいつらそこにいたんだ?」

「さあ・・・・・・?」

コープランドの疑問に対する答えを知っている、というより用件があった2人は説明する間も無く宿営陣地に引き返しているところだった。


移動しながら相談し、グラハムは輜重兵のところへ、ゲオルギーは宿営陣地に分担して向かうことにした。

昼食の支度をしている最中にやって来た、余り物でいいんで温食をくれ、というよく分からない要求をしてきたグラハムに怪訝な顔をした輜重兵たちだったが、班長命令で一人前だけ指揮所に輸送する必要があると説明すると、じゃあ俺が行ってやる、と半信半疑の輸送伍長が仕事を請け負ってくれた。


これ幸いとして、グラハムはそのまま宿営陣地に戻ることにした。

去り際に移動用意を進める小隊長命令が出ていることを伝えるのも忘れなかった。

その結果、補給処は火が着いたように慌ただしくなったが。


一方の宿営陣地では、先程までの騒ぎが嘘のように落ち着いていた。

各々がテントを更に繋ぎ合わせて、大勢が入れるようにして支柱の数を減らし、撤収が容易になるように既に準備を終えている。

ゲオルギーの姿を認めたグラハムは事態を尋ねた。

「ゲオルギー、何が起きた?」

「あー、・・・・・・皆暇してたんだろうな」

ゲオルギーの語るところによると、既に騒ぎは粗方沈静化していたが、やはりどこか空気は張り詰めていた。

しかし、演習を打ち切って移動する可能性がある旨を伝えて回ると、あれよあれよと言う間に創意工夫を凝らして各人が即応姿勢を取った、ということだった。

何かしらの動きがない状況、というのが耐えられなかったのだろう。

それなら形は何であれ、進展があると人間能動的になる。

ちょうどその状態に上手くはまったのだろう。


そういえば、とグラハムはゲオルギーに尋ねた。

「俺のテントは?」

「これ」

すぐ横の支柱の先に付いている三角布を指差す。

いつの間にか組み替えられていたようだ。

支柱のすぐ傍にあるので、探す手間は省けた。

恐らく支柱もグラハムのものだろう。


「あの上等兵、どのくらいの速さでここまで来たんだろうな」

「さあ・・・・・・」

空気が漏れるような答え方だったが、先程までとは打って変わって、まだ会話を繋げる意図のある答えだった。

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