19 訓育
チリン王国の徴兵制は服役年限を2年間としている。
内陸国であるチリン王国の常備兵力は王立陸軍のみ。
その内兵隊を徴兵で補っている。
王立陸軍の兵科は歩兵、槍兵、砲兵、騎兵、憲兵、衛生、輜重、工兵、獣医、竜騎兵、魔導の11科。
これらの内、竜騎兵は志願兵、衛生科軍医と獣医科軍医は医学校、獣医学校出身の志願者のみが配置対象となり、魔導科は魔術学校出身でなければ枠が設けられていない。
軍医となることに抵抗を持つ者も少なくはないが、食いっぱぐれないという面で、医学校から軍医の道を選ぶ者もいることにはいる。
獣医科軍医も同様で、なおかつ、竜の面倒が見られる稀有な職場になるという考え方で来る者が一定数いる。
問題となるのは魔導科で、慢性的な人手不足に陥っている。
通常、魔術学校を卒業するとそのまま教会に行くなりなんなり、宗教家の道へ進む人間が圧倒的に多い。
軍としても、なんとかイメージアップを図り、募集を掛けているところではあるが今一つ敬遠されている。
そのため、教会に協力してもらい、「教会の司祭」になる上での修行という名目で短期間のみ魔導科に籍を置いてもらう、半官半民の「任期制従軍司祭」なる軍属階級を制定する程度には募集に苦労している。
なお、専門の「従軍司祭」という階級ももちろん存在するが、どちらかといえば、教会の司祭になれなかった人間の行き着く先という見方を世間で広くされている。
ただの偏見なのだが、実際にそんな人種も存在しており、あながち間違いではなかったりする。
花形兵科となるのはやはり騎兵に竜騎兵。
だが、「歩のない将棋は負け戦」。
根幹をなすのは陸軍である以上、歩兵科だ。
「お前たちには是非とも歩兵科を希望してほしい。しかしながら昨今では、陸軍といっても他国を相手にするよりかは、魔物の討伐、あるいは魔王軍との戦闘、対魔王軍の防衛部隊の編成が我が陸軍の主任務となりつつある。・・・・・・今まで以上に危険な任務が増え始めていることも念頭においておけ」
今日はコープランドによる座学の日で、訓育の教務が実施されている。
「だが、生まれたからには敵を必ず殺し、この世から王国に仇なす敵を一つでも多く消してからあの世に行け」
コープランドが教場の黒板を前に犬死は許さんと力説する。
どうやらこの国の敢闘精神は随分とアグレッシブだなと感想を持つと同時に、「七生報国」の国から来た分際で何を考えてるんだろうかと、一人冷めた目でコープランドの訓育にグラハムは耳を傾ける。
周りをふと見回すと、反応は様々だった。
しきりにうんうんと頷く奴もいれば、似たように頷いているが、よくよく見ると睡魔と必死に戦っているだけの奴、どことなく心ここに在らずな奴もいる。大方、戦場を駆ける自分の姿でも想像しているのだろう。
冷静、というより一度似たような道を通ったせいで、今一つ身を入れて話を聞けないグラハムの他は、自分が国を守る組織の一員となった錯覚を何かしら感じ取っているらしい。
現実とのギャップには近々苦しむことになるだろうな、と一人で白けた態度で周囲を観察する。
しかし魔導科か。
面白そうだが、魔法なんてものを使える人間が果たしてこの世にいるんだろうか?
元の世界には無かった概念だけに、そもそも自分は入れない兵科だが、興味は尽きない。
「コープランド教官」
「なんだグラハム」
「魔導科ってのは一体何をしている兵科ですか?」
「分からんし、知る必要もない」
にべもなく一蹴されてしまった。
「まあ、詳しくは知らんが、魔法に類するものを全般やってると思っとけ。どんな魔法があるかなんて把握してないがな」
「分かりました」
さっぱり分からん。
「ところでグラハム、お前の志望はなんだ?歩兵か?」
説明内容から思い当たる兵科を答える。
「輜重科です」
「・・・・・・あんだって?」
「輜重科です」
「輜重〜?変わり者だなお前・・・・・・しかし志望先が明確なのはいいことだ。理由は今敢えて聞かんが、有るんだろ?自分を持っているのはいいことだ」
チリン王国も補給軽視の国なんだろうかと思ったが、どうやら兵科差別はないらしい。
「まあ、輜重は軍の動力源だからな」
ここまで話して、コープランドがさっと教務に戻る。
「ところで皆はどこに行きたい?歩兵?槍兵?ちょっと手を挙げてみろ」
1つずつ兵科を挙げ、各々が手を挙げる。
やはり歩兵が多い。
「徴兵後も職業とする選択があるからな。その場合は兵科は一生ものになるからな」
しかし手を挙げない奴がいた。
確かあいつは向かいのベッドの上段の主、ベクターだ。
「おい、ベクター、お前の志望はどこだ?」
黙りこくっている。
「ベクター二等兵?・・・・・・ベクター二等兵?」
目は空いているが、器用なことに、よくよく見ると睡眠中である。
「ベェクタァァァ!」
天気は快晴、雲はなし。
営内においては一部大気不安定のため、所により発雷があるでしょう。
「この程度でへばってて歩兵になれると思うな!亀野郎共!」
また、所により罵声が降るでしょう。
その際には皆で仲良くランニングを実施するなど、対策が必要になる見込みです。
ベクターには後で酒保で皆に牛乳でも振舞ってもらおう、とグラハムはぼんやり考えて、相変わらず瀕死のオースティンを尻目に、営庭を今日も元気に仲良く駆けずり回る。
「昼飯が美味くなりそうだ」
誰ともなく、ぼそりとグラハムは呟いた。
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