16 予備召集兵役
グラハムが徴兵されるという知らせは翌朝にはスコピエの町中が知るところとなっていた。
その過程で、最近では移動の手間を省くため、後半の術科教育をそのまま部隊で実施することも増えて来たらしいことをグラハムは耳にする。
「しかしお前が徴兵されるなんてなあ」
円盤小麦パンを片手にジェイムズが呟く。
「何、成人ならしょうがないさ。義務は平等だ」
店のカウンターに立ちながらグラハムが返す。
「いや、そうじゃねえよ」
液体のパンをせわしなく喉に流し込みつつジェイムズが続ける。
「本来は職人業の場合、わざと何かしら理由を付けて徴兵対象外にするんだが、ごく稀にこういうことがあるんだ」
まさか当たるとはな、と空になった瓶を渡しながらジェイムズが笑う。
瓶を受け取りながらグラハムは笑いごっちゃねえよと半ばボヤく。
チリン王国における徴兵制の運用としては、基本的には20歳で徴兵検査を受け、合格しても枠が埋まったため徴兵されない場合もあり、その場合だと予備召集兵役と呼ばれる兵役に就く。
予備召集兵役だと普段と変わらない生活を送り、枠の都合で人が足りない場合、もしくは臨時に召集がかからない限りは通常兵役に服することはない。
今回グラハムは、司祭の陰謀により見事にその枠にハマってしまった格好になる。
「ロメオとロランにちゃんと技を教えとけよ。味が落ちたらお前が帰ってくるまで買いに来ねえからな」
戸に向かいながらジェイムズが軽口を叩く。
「そしたらこの店無くなっちまうわこのアホ」
一瞬沈黙し、二人顔を見合ってひとしきり笑う。
「首を長くして待ってるよ」
ふっと笑ってジェイムズが退店する。
ここでグラハムは、ロメオとロランに申し継ぐ内容を頭の中でざっと纏める。
幸いなことにほとんど技を伝えるところは終わっている。
席を外す旨を調理場のロメオとロランに伝え、二階に上がる。
自室に向かうとグラハムは、今度は材料の調達先について、申し継ぎ書を紐解く。
よくよく読むと各連絡先の横に紹介済みと書いてあるところがほとんどだ。
このときグラハムはぼんやりとロメオを連れてエドやスティーブの元に行った記憶が蘇る。
何度目になるか分からない、作り物のフラッシュバックに、もう慣れっこになっちまったなとグラハムは苦笑する。
大きな懸案事項は消えた。
後は自らの身支度を残すのみ。
「何を持って行こうかな」
今となっては遠い記憶となった、警察学校入校前を思い出しながら徐々に荷造りを進めることにした。
そして迎えた徴兵当日。
「じゃあ行ってくる。店番を頼む」
ロメオとロランに言い、グラハムは他の徴兵予定者と共に兵営に向け歩み始める。
アレツランの兵営までは歩いて1時間半程度だ。
馬車を使おうかとも考えたが、今日が安息日であることに思い至り、周りの予定者たちと仲良く足を共に進める。
歩きながらぼんやりとグラハムは考える。
戦場がどこかは分からんが、最前線で戦うのはグラハム・ハリスの仕事ではない。
徴兵期間なんてのは平穏無事にやり過ごす期間だ。
配属は願わくば後方部隊。本業がパン屋なら補給科や給糧への配属希望は通りやすいのではなかろうか。
不安は残るが、後はなるようになれ、だ。
てくてくと、周りの予定者より幾分かは軽い足取りで前進することにした。
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