15 国民の義務

その日、昼食も終え、夕食分のパンの仕込みを始めたあたりで来客があった。

早速ロランを応対に当たらせる。

ところが、すぐにロランが引き返してくる。

曰くグラハムに応対に出るよう求められたと言う。

なんでもその男はロランを一目見るや、

「グラハム・ハリスはいるか」

と興味なさげに聞いたらしい。

入れ替わるように調理場から出ると、やはり興味無さげに髭を片手で弄ぶ男の姿が目に留まる。

ラシャ仕立ての服を着た、かなりしっかりとした身なりの男だ。

少なくとも労働者階級ではない。

領主の館から来たのだろうか。


グラハムを認めると男は口を開いた。

「グラハム・ハリスだな。領主様の遣いの者だが」

あくまで仕事で来ただけという感じを匂わせている。

「随分繁昌しているようだな」

「まあ、私しかパン屋が無いのでぼちぼちやってます」

今一つ目的が見えない。

なんだろうか。グラハムは考える。

食品衛生法・・・・・・に該当しそうな法律類はまだこのスコピエの町どころかチリン王国にも存在していない。

まさか闇小麦の使用がバレたか?

いや、それなら取引の現場を抑えるはずだ。


心当たりがない。

グラハムは思い切ってぶつけてみることにした。

「ところで、なんのご用命で?」

「・・・・・・本題に入ろう」

役人は一枚の紙をグラハムに差し出す。

「グラハム・ハリス。君にはアレツランにある王立陸軍第51歩兵連隊に入営してもらう」


これに驚いたのはグラハムよりも、奥で聞き耳を立てていたロメオとロランの方だった。

「待って下さい!」

ロランが役人の前に駆け寄る。

「親方がいなくなると一体誰がパンを焼けばいいのですか?」

なぜ今更になってとロメオも一緒になって抗議する。

しかし男は動じることなくすうっと指を差し口を開く。

「君らがいるではないか」

指先はロメオとロランに向いていた。


「後はよく書類を読んで、当日遅れないことだな」

用件は終わった、とばかりに遣いの男が館に引き返す。

ばたりと店の戸が閉じると同時にロメオとロランの不安気な視線がグラハムに注がれる。

「どうするんですか親方」

珍しくロメオの声が震えている。

「まあ落ち着けよ」

内心動揺は止まらないが、グラハムはひとまず男が差し出した書類を読むことにする。


徴兵の対象は満20〜22歳の男子。

20歳の時に徴兵検査を受け、その後22歳までの時期が徴兵対象期間。

年限は2年間。

内、最初の6ヶ月は初等教育期間。

その後に続く6ヶ月が専門の術科教育。

残った期間が部隊配属。

徴兵期間中は衣食住と多少の俸給が保障されている。

兵役に服した後は5年間の予備役となり、普段の生活に戻る。


日付を見ると、まだ徴兵までは猶予がある。

取り敢えずグラハムは何をすべきか時間を掛けて考えることにした。


「まあ、まずは仕込みだ」

当面の最優先事項は商品の焼成だと判断し、グラハムは平静を装い、調理場に足を向けた。

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