14 定例会

「一体誰が奴に引導を渡すんだ」

スコピエの領主と司祭、そして大臣たちが頭を突っつき合わせて会談する。

ここは領主の館の会議場で、領主を議長に、月に一度の定例会が今現在開かれている。

「奴」とはグラハムのことだ。

グラハムのパン屋が繁盛して、結果として町全体の活気が上がっては来ている。経済状況もかなり良好になって来ている。

しかし、ここで問題が起きる。

教会のパンとビールである。

グラハムの店で売られているものの方がはるかに安い。

教会の小麦パンとビールは買うと神のご加護と死後の魂の救済があるとして売り出している。

お布施集めが目的なのだが、小麦パンはともかく、ビールに関しては、実際には教会の私腹を肥やすための財源と化していた。

おまけにビールはカサ増しのため、教会で飲む儀礼用とは別に醸造している一般販売用は司祭の指示で混ぜ物をしまくっており、年々品質が低下していた。

さらに言えば、儀礼用とは名ばかりで、実際のところは司祭が常飲するための個人ブルワリー状態になっていた。

それでも競合相手がおらず、言わば教会の独占状態だった。

まさか個人でビールを醸造する人間がいると想定していなかったため、そもそも法律が未整備だった。

今まで作る必要が無かったし、下手に先手を打つ形とはいえ、法律を作っておくと締め付けだなんだと批判される。


「改めて教会のみが醸造出来るよう法律を作りますか?」

立法担当官が言う。

「それはダメだ!」

民衆の心が離れてしまうことを教会は恐れていた。

体裁を保ちたいがために後回しにしてきたツケがやってきたのだが、司祭は気付いていない。

まさしく、グラハムに抜け穴を通られた形になっている。


「では、ある条件を満たさなければ販売出来ないようにする、とか・・・・・・」

「だからそれじゃあからさまな当て付けになるだろうが!もっと上手くできないのか!」

いわゆる、純粋令に相当する法律を作ろうにも、そうすると教会の混ぜ物をしたビールが流通できなくなる上に、提案したところで、司祭が自らの首を絞めるような法案を肯定するはずはないし、そもそもそうした法律を立法するところまで司祭の発想が進んでいない有様だった。

「だったら司祭が考えてくださいよぉ・・・・・・」

「大体、お前らが法律を昔から作っておけばこんなことにはならなかったんだろうが!この、税金泥棒どもが!」


あんたのところそもそも納税免除じゃねえか、と誰もが思うが口には出さない。

今回の定例会の議題、というより目的はグラハムの店を潰すこと。

しかし、誰も責任を取りたくないので押し付け合いが定例会が始まって以来三時間ずっと続いている。

大の大人たち、それも偉い人たちが一軒のパン屋をめぐってあーだこーだと喚き散らす、ある意味地獄のような展開だった。


「どうにかなりませんかねえ!領主殿!」

隠すつもりも無いどころか、苛立ちを前面に押し出し、司祭は声を荒げる。

「だったら安息日に営業許可出さなければよかったんじゃないですか?」

「さっきから言ってるだろう!そんなことしたら民衆の支持が得られんだろうが!」

結局は保身か、と何度目か分からない落胆を、司祭を除く全員が覚える。

時間の経過とともに、司祭が人間の小ささをどんどん自ら露呈する形になっているのだが、当の司祭は全く気付いていない。


「あいつはそもそも何者なんだ!貸せ!」

強引に市民管理担当官から資料を引ったくって読み込む。

しかし、ここで司祭があることに気付いた。

「ふむ」

急に落ち着きを取り戻した司祭に全員の懐疑の目が向けられる。

直後、いきなり司祭は笑い出した。

「この手があったぞ!」

付いて行けずに困惑する領主と大臣たちを置いてけぼりにして、司祭は一人で納得し、一人で結論を出した。


「市民管理担当官!」

「は、はい!」

いきなり呼ばれてまごつく市民管理担当官に司祭は書類の年齢欄を指差す。

「これだよ、これ!」

市民管理担当官も書類に目を通し、状況を把握したが、この調子だと責任が自分のところに回ってくる。

それは納得がいかない。

しかし、事実上の決定権を握る司祭が結論を出してしまった以上、もはや従うより他はない。

渋々、市民管理担当官は承諾する。

司祭を除く全員が気の毒な目を市民管理担当官に向けるが内心、自分のところに回ってこなくってよかったと密かに胸をなでおろす。

こうして定例会は、納得のいかない市民管理担当官を残し、無事閉会を迎えた。


「うちかあ・・・・・・」

市民管理担当官がこれから作成するであろう書類にグラハムの運命がかかっている。

「恨まれるんだよな、ああいうところの人間を引っ張ると」

頭を掻いて、市民管理担当官は、とぼとぼと一人議会場を後にした。

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