13 安息日

「液体のパン」発売開始から3週間ほど経ったある日、安息日も営業日に出来ないかとジェイムズが「円盤小麦パン」と「液体のパン」を手にしながら質問を投げかけた。

「安息日に営業するのは難しいところじゃないか?教会がなんて言うか・・・・・・」

「けどよお、やってみなくちゃ分からんだろ?」

後を推すジェイムズに言われるがまま、趣意書をグラハムは仕上げる。

そして、趣意書を片手にグラハムが教会にお伺いを立てたところ、思ったよりもすんなりと許可が下りた。


教会としては、小麦パンを教会より安く売り出していることに対する不満があった。

本来なら教会からの一声でグラハムの店に営業停止命令を出すことは可能だったが、ここで目くじらをたてると、住民から教会に支持が集まらない可能性もあった。

それに何より教会には小麦パンを焼く環境があっても、新たな収入源になり得る「円盤小麦パン」をグラハム以上に上手く焼き上げられる人的環境と、自信がなかった。

「小麦パンを安く出してきた段階で動くべきだったか・・・・・・」

初動が立ち遅れたことを司祭は後悔しながらも、総合的に天秤にかけ、教会は寛容さを示すことにした。


「安息日に民に振る舞うためパンを焼こうとする慈愛の姿勢は神もお慶びになるであろう。汝に祝福あれ・・・・・・」

我ながら白々しいと自覚しながら、司祭は祝福の言葉を述べる。


一方、そうした思惑が動いていることを何一つ知らないグラハムは、ものは言いようだなと苦笑する。

グラハムは全く意図していなかったが、全てが偶然の上に成り立っていた。


それからというもの、それこそ平日の比にならないくらいに安息日が忙しくなった。

「円盤小麦パン」を焼きながら、ふとグラハムは考える。

そういえば転生させられた目的が分からない。

日常の忙しさに負けて、考えることをしばらく忘れていたが、一体狙いはなんなんだろう。

当初はパンを焼くことがヒントになると踏んでいたグラハムだったが、いくらなんでもこれは妙だと訝しむ。

まさかこんな得体の知れない、なんちゃってイタリア料理を、こんな訳の分からない世界に伝来させることが目的ではあるまい。

あの男は何か理由があって俺をわざわざ殺して、この世界に送り込んだはずだ。


しかし、考えても答えは出なかった。

あの男がいれば結論が出る。

取調室ならいくらでも相手を「落とす」自信があったが、ここは田ヶ原署でもなければ日本でもない。ましてや倉間春彦ではないし、そもそも相手もいない。

あの男はどこに行ったんだろう。

ひとまず、結論の出ない思考を止め、目の前の窯の中に意識を集中することにした。


「美味いなあ、これ」

今や、オープンテラス状態になったハリスの店の庭。その片隅で、繁盛して賑わう店を尻目に、切り分けた「円盤小麦パン」を片手に「液体のパン」を飲む男が誰ともなく呟く。

「だけどね、グラハム君」

瓶を持ち上げ、残りを確かめながら男は一人続ける。

「君のやるべきことはこれじゃないんだよ」

男は、ぐっと瓶の中身を飲み干し、「円盤小麦パン」を食べ終わるとそのまま立ち去った。

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