11 ハリス、頭を抱える

小麦の供給ルートが確保できた上、小麦パンも売れ行きがかなり好調だ。

「だが、そろそろ何か目新しいものが欲しい」

ある安息日の午前中、誰ともなくハリスは呟く。

何か新しいものを作ろうという考え自体はハリスの頭の中にある。

しかし何を作ろうか、となるとここで考えが止まる。

無いのである。

元の自分の味覚を辿って「今食べたいもの」について考えてみるが、ヒントになるかどうかも怪しい。

カレーパンは確かに好物だったが、作るとなると話が変わる。

ルーが無い以上、そもそもカレーが作れない。

「そういえばルーって何から作られてたんだろう」

純粋な疑問をグラハムは口にするが、答える者はない。


ここでさらに大きな疑問が頭をよぎる。

そもそも自分の存在はこの世界においてどんな扱いなのだろうか。

いきなり転生して小麦を捏ねる羽目になっているが、自分の存在はグラハム・ハリスの殻を被った倉間春彦だ。

倉間春彦自体がイレギュラーな存在であることを疑う余地は無いが、今の自分の依り代となっているグラハム・ハリスは本来、このスコピエの街、ひいてはこの世にいていい存在なのだろうか。

自分の存在が原因で何か、チリン王国の歴史の大筋の流れが書き換わるようなことになってはいないのだろうか。


ここまで考えに没頭したところで、グラハムの腹の虫がぐうと鳴る。

「ああ、ピザ食いてえ、な・・・・・・?」

口をついて出た言葉だったが、思ったよりヒントは自分の中に潜んでいたことにグラハムは思い至る。

「そうだ、この際だからピザを作ろう」

ここまで来たらもう後世の歴史なぞ知ったことか、とグラハムは考える。

ここが元いた世界ではどの辺に該当するのかは分からないし、さらに言えば、歴史がどうなろうが知る由もない。

実際のところチリン王国の所在地はグラハムが元いた世界では該当するところがない。

というよりは、大陸の形そのものが全く異なるのだが、グラハムはその事実を知る由もない。

そもそも、まともな測量をした人間がいないので、正確な大陸の地図は誰一人として、それこそ国王でさえ有していなかった。


昔、親の手伝いをしたときの、おぼろげなピザ作りの記憶をぼんやりと思い起こす。

ピザとなると、チーズを大量に仕入れる必要がある。

全くと言っていいほどストックがないので、今日中にピザにありつくことは不可能だが、今日は安息日。

今から仕入れに走れば、早ければ明日には自分の胃袋を悦ばせられる。

幸いにして親しい酪農家がいる。

日頃は牛乳の仕入れでお世話になっているが、今回はそこからチーズを売ってもらうことにしよう。

野菜は一旦家庭菜園から供給しよう。

その後に関しては、また後で考えることにした。

「やはり、腹が減ったらロクなことを考えんな」

生地を捏ねながらグラハムは苦笑する。


腹ごしらえを終え、牧場に向かう。

どうしても家畜を取り扱う関係上、牧場は少しばかり遠い。

歩いて1時間ばかりかかる。

馬車を呼んでもいいのだが、個人的な案件である上に、馬車自体が安息日でロクに動いていない。

動いている馬車があるとしても相当ふっかけられるのがオチだ。


てくてくと歩き、やっとの思いで牧場に到着し、牧場主スティーブの姿を探す。

スティーブは牛舎にいた。

牛の乳を搾るスティーブはグラハムを見るとしかし、怪訝な表情を浮かべる。

「なんか用か?」

全く用件が分からないと言った顔のスティーブに、グラハムはチーズの在庫を尋ねる。

「なんだよお前、チーズなんか何に使うんだ?パンに練り込むのか?」

それはそれでアリだなと考えながら、グラハムは

「パンは絡んでいますが、少々訳ありでして」

と返す。

「ますます分からんが・・・・・・話は聞いてやる。ちょっと待ってろ」

どうどうと牛を宥めながら、スティーブは外に出るよう促す。


牛舎の外で待つこと10分。

牛乳の入った樽を抱えたスティーブが出て来た。

そして、スティーブに言われるがまま家に向かう。

「チーズの在庫だったな」

牛乳樽を作業室に置きながら、スティーブが口を開く。

「どれだけ必要だ?」

「ひとまず10ほど。定期の予定はありますが、まだ定期じゃないです」

「定期」とは、日頃の仕入れ品目に追加するかしないかと言った意味が含まれている。

「確かにうちでもチーズは作っているが、流石に不定期で10じゃ出せんな」

「いくつくらいなら出せますか?」

無言でスティーブは開いた掌をグラハムに突き付ける。

「50・・・・・・ですか・・・・・・?」

「いつも世話にはなっているが、これ以上はまからん」

グラハムは考える。

一枚あたりに使用するチーズはどのくらいだ?

試作品として出して売れるか?

1日あたりの供給はどれくらいになる?


グラハムが口を開く。

「・・・・・・スティーブさん、買うとして納品はいつくらいになりそうですか?」

「今」

無表情でスティーブが答える。

視線は牛車に向いている。

「今手元の持ち合わせが足りないので、前金という形でいけますか?」

ふむとスティーブが少しだけ考え、いいだろう、と快諾する。


ごろごろと乗り心地の悪い牛車に腰掛け、グラハムは隣のチーズの山を見やる。

予想より多い出費と在庫を天秤に掛け、失敗したかと少し後悔する。

「ところで、ちゃんと聞かなかったが、結局チーズは何に使うんだ?」

牛を御しながらスティーブが質問する。

ピザの概念的なところから説明を要する質問だが、グラハムはひとまず、パイ生地状に広げた小麦粉の生地の上にチーズと野菜を載っけて焼き上げるんですと回答する。

「パイ生地ってなんだ?」

この返答は流石に予想外だったが。


店に戻り、チーズの保管場所に難儀したが、早速製作に取り掛かる。

小麦粉の生地を捏ね、叩いて薄く広げる。

何も、回して生地を作る必要はない。アレは職人技の一種だ、と昔ピザを作りながら母親に言われたなとグラハムは、今となっては遠い過去となった記憶を思い出す。


「親方、何してるんですか?」

いつの間にか隣にロランが立っていた。

律儀な奴だ。

「またふと思い付きで何か作ろうと思ってな」

きら、とロランの目が光った。

「毒味は弟子の役目だぞ」

ロランが喜色を滲ませて、はいと答える。


焼き上がったピザを前にグラハムは、使ったチーズは概ね適量、野菜もまずまずだと判断する。幸いオリーブオイルはストックがなぜかあったのでどっと使ったが、功を奏したらしい。


「親方、ところでこれ何ですか?」

オリーブオイルで口の周りをてらてらと光らせながらロランが、手を止めることなく食べもって質問を投げかける。

反射的にピザ、と言いかけてグラハムは考える。

発明したのが俺なら名前も俺が付けることになる。

語源がわからないのに付けたら妙なことにならないか?

逡巡の末、グラハム特製ピザは「円盤小麦パン」なる、ひねりも何もない名前になった。

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