10 流通ルート
どこか人目につかないところはあるかとエドワードは尋ねる。
グラハムは、ひとまず自室に通し、話を伺うことにした。
「相談なんだが、まず始めに聞いておく。どのくらい小麦が必要だ?」
見た所かなり必要だと思うが、とエドワードは続ける。
実際グラハムには、今回小麦パンが売れているのが、目新しさによるものなのか、それとも純粋に大麦パンより旨いから、誰しもが値段を考えずに買っているからなのかがまだ判断が付いていなかった。
だが、相当な量が必要だろうことは想像に難くない。
「少なくとも100。あるならもっと、ですね」
エドワードの表情は読み取れない。
「・・・・・・実は、な」
帳簿をまくりながらエドワードが口を開く。
「教会にも領主にも納付していない上に、申告していない小麦があるんだ」
エドワードが帳簿の小麦の収穫欄を指差す。
「本当はゼロが1つ多い」
小声でぼそりと呟く。
「まさか闇取引を持ちかけようってんですか?」
「そのまさか、さ」
小麦を栽培すると、その収穫のほとんどは教会があれこれと名目を付けてかっぱらっていく。
そうした激しい課税が待ち受けているために、小麦は不人気作物の1つだった。
この世界において、小麦が高級品たる所以である。
しかし納税義務のある作物のため、農家である以上は、一定量は栽培する必要がある。
どうせ栽培するなら、とそのまま家で消費できる量の小麦もついでに育て、流通ルートには載せずに身内で頂く、というのが一般的な農家の小麦栽培の形態となっている。
「なぜ闇小麦なんて作ったんです?」
自然、取調べのような口調になる。
「そりゃお前、旨いからだよ理由なんかいるか」
何を聞くかと思えば、と至って自然な成り行きのようにエドワードが説明する。
旨いから、か。
「それにな、俺が捏ねるよりお前が捏ねた方が旨いパンになる」
だから俺はこの話をお前んとこに持ってきた、とエドワードは続ける。
予想だにしていなかったところから安定供給の話が出た。
この際、刑事・倉間春彦には眠っててもらおうとグラハムは考える。
倉間の本業は盗犯係だけど。
「危ない橋は仲良くみんなで渡りましょうか」
グラハムの言葉にエドワードはにこりとする。
「しかしどうやって仕入れることにしましょう?」
流石に大量の小麦を一箇所から仕入れると闇小麦の存在が露呈してしまう。
「複数の農家から仕入れるのさ」
書類上はな、とエドワードはうそぶく。
エドワードは金属箱を胸元から取り出すと、中から薄い紙と、乾燥させた茶色い、刻んだ煙草葉を引っ張り出す。
グラハムはおもむろに灰皿を渡しながら、実はこの煙草も闇煙草なんじゃないだろうかとぼんやり考える。
「これは闇じゃねえぞ」
そこまで闇作物抱えて農家なんぞ出来るかとエドワードは続ける。
見透かされたか、とグラハムは一人反省する。
「書類上、複数の農家から仕入れるったってアテなんか・・・・・・」
ふう、と紫煙を吹き出しながらエドワードは、なに、簡単だと言う。
「俺の弟子たちの農場を持ち回りで使うのさ。どうせあいつらも小麦なんか作ったって、納税した残りは全部自分のところで消費しちまうさ」
どうも全て計算ずくらしい。
「そんなら流通したことにしちまおうや。家で消費する分は書類に残らないからな」
さらにエドワードは続ける。
「弟子どもの元締めは俺だし、それなら俺が配達してもなんら不思議はないだろ?」
確かにそれならごまかしは効く。
大方、この世界に日本の国税庁に匹敵するやり手の組織はないだろうとグラハムは判断する。
そもそもあったら今頃エドワードはきっとここにいない。
更にこの話にはちゃんとオチがあってな、とエドワードはにやりとしながら説明を続ける。
「何故か納入時に俵が手違いで一つ多い」
毎回な、とエドワードは付け加える。
「書類では正規分の正規しか取引していない。小麦から小麦粉にする過程で何故かロスが極端に少なくなる、あるいは元の量より増えることになるが、そこはお前に任せる」
エドワードが、ぐっと煙草を灰皿で押し消す。
「目立ちたくないからな。配達は夜明け頃になる」
よっと立ち上がりながらエドワードは言う。
もしや前回の小麦も闇小麦だったのだろうか。
グラハムは、質問しようとして、なんとなく怖くなって止めることにした。
「まあ、察せ」
またも見透かしたようにエドワードが声を掛けた。
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