8 試製品
焼き上げたパンをトレイに上げる。
見た感じ、大麦パンより大分膨らみを感じる。
グラハムの隣から生唾を飲む音が聞こえる。
「毒味は弟子の仕事だ」
さっと切り分け、ロランに渡す。
「い、頂きます!」
唾液で口の周りが少してらてらとしているが、理性で押しとどめているのが見て取れる。
「う、美味いです!美味いです親方!」
8割型本能に基づいた感想に対して、なんとなく結論が分かっていたが、グラハムはそうか、と大袈裟に頷く。
「頂きます」
一口かじる。
倉間春彦としても焼き立てのパンなんてのを食うのは初めてだ。
確かに美味い。
「こりゃ大麦パンにゃ戻れねえな」
つい口をついて出る。
「全くです」
むしゃむしゃと食らいつくロランはしかし、はっと気が付いたように、訂正する。
「いえ、違うんです、決して普段のパンが不味いなんて話ではなくて!」
「いいよ、みなまで言うな」
笑ってグラハムは制す。
ふと時計を見るともうじき昼を指すところであった。
「ロメオのやつ、腹減らねえのかな?」
グラハムが疑問を呈す。
「起こして来ましょうか?」
席を立とうとするロランをグラハムは、いや、いいよと制す。
因みにロメオはこのとき、3度目の惰眠に突入したところであった。
通常、パン屋に限らず、師弟制の職人仕事は弟子の自由も時間も存在しない。
しかし、グラハムは相当な変わり者で、弟子に自由を認めていた。
実家が近いなら住み込みでなくともいいと、弟子入りの際にロメオとロランに伝えているし、休みの日くらい英気を養えと全く弟子に強制をしない。
おまけに知ってる知識は全てすぐに教示する。
はっきり言って、常識からすると異常者の部類に入る。
しかし、おかげでこうしてロランは技能面に関しては感覚以外のところは全て知っている。
それこそ、俗にいう「教科書に載っている」部分は少なくとも全て把握している。
これに関してはロメオも同じだ。
倉間は、教えられる分は全て教えておいた方が手っ取り早いと考えているし、グラハムとしてもそこは共通していた。
「美味かったな」
「すごく美味かったです!」
グラハムの感想にロランが即答する。
「これを新商品にするつもりだ」
「・・・・・・それだと大麦パンばかり売れ残ったりしませんか?」
至極もっともな疑問だ。
「初動を見て判断する」
「いつから、出すんですか?」
難しい質問である。
早ければ早いほどもちろん良い。
しかし、その分小麦パンの仕込みという、手間が一段階増える。
「・・・・・・忙しくなるぞ」
短く、文脈の繋がらない回答だが、ロランは真意を読み取る。
「はい!」
繁盛するのは誰だって嬉しい。忙しさを伴うことにはなるがその分、機会教育の場が増えると考えれば、悪くはない。
ロメオには今夜あたり教えるか、と考えると同時に、小麦粉はどのくらい保つだろうかと頭で計算を始める。
「思ったよりこりゃ忙しいな」
結果を勘案した上での感想を述べるが、ロランは
「そうですね」
と、グラハムの考えとおおよそずれているだろう回答を返した。
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