3 スコピエの町

ふと気がつくと薄暗い部屋の中で寝ている自分がいることに倉間は気が付いた。

今寝ている場所はどうやらベッドらしいが、寝心地が今までの自分の部屋のそれと違う。

よく見るとマットがワラで出来ている。

半覚醒の意識で辺りを見回すと誰かいることに気付く。

「目が覚めたかい?」

そこに立っていた男が話しかける。

どこか見覚えがある男だと倉間は思う。


「多分君は至って事務的な説明を受けたと思う」

徐々に意識が覚醒し始め、ああ全く以ってその通りだとぼんやりと考える。

「彼は少しばかり不親切だからね」

目の前の男の発言に倉間は、あの役人風の男と知り合いなのだろうかと考える。

「多分、君はちゃんと現状を認識できていないだろうからしっかりとここで補足しておきたい」

かなり意識が戻ってきた。

ここで何かしら改めて説明を受けられるならそれはありがたい、と率直な感想を倉間は述べる。

うん、と男はかぶりを振る。

「まず君は「グラハム・ハリス」という名前だ」

「グラハム・ハリス・・・・・・」

不思議と違和感がないことに倉間、改めグラハムは気付く。

「多分今君は名前になんら抵抗がないことに軽い恐怖を覚えているね?」

「分かるのか」

「そりゃあ、全く馴染みがないはずの名前をすんなり受け入れられる自分がいることに気付いたら嫌だろう?」

グラハムはなんだか、目の前の男が急に胡散臭く思えてきた。

なぜそこまで分かるんだろうと思ったが、今は口を慎んで話を聞く方が得策だとグラハムは考える。


「まず君は、この町でパン屋を営む若者だ。これは珍しいことなんだよ?」

男がてくてくと歩きながら説明する。寝室の先には通路があり、男に付いて行くと階段が現れた。

とんとんと階段を降りつつ男は説明を続ける。

「この世界には魔王がいて、遠く離れた、魔王の勢力圏内にある国々は、日夜戦闘に明け暮れて徐々に疲弊を始めている」

尤も、このチリン王国にはまだまだ影響が出ていないけれどと男は補足する。

「待ってくれ、魔王だって?」

グラハムは純粋な疑問をぶつける。

「ああ、そうだよ。もしかして説明されなかった?」

実際には、あの役人風の男は何一つ説明していなかったが、グラハムは、あの時焦っていたために、覚えていなかった。

説明されたような気も、されなかったような気もするとグラハムは答えた。

「それはいけないね。一番肝心なのに」

パン焼き窯の前に立ちながら、驚いたように男は言う。


「まあ、そのせいで今は情勢が少々不安定なんだ」

でも、と彼は話題を戻す。

「君の重要な役割はパンを焼くことだ。君のパンは主にこの町の労働者階級の昼食としての側面が大きい」

調理場を出て、店内を歩きながら彼は、説明を続ける。

「まあ、今日も励んでパンを焼いてくれたまえ。お陰で食うに困らない階級ではあるだろう?」

僕の説明は以上だ、と男は締めくくる。

窓から入る陽射しを受けて、彼の顔立ちがはっきりしてくる。


ん?

この男は、

どこかで・・・・・・

瞬間、倉間の全ての記憶が繋がった。

はっとした倉間の様子を気にするでもなく男は話し続ける。


「グラハムくん」

こいつは、

「大変だとは思うけど」

あのとき、

「じゃあ」

俺を、

「頑張ってね〜」

刺した!


軽薄な笑みを浮かべ、ひらひらと手を振りながら男は扉の向こうに消える。

「待て!」

男に続いて扉を半ばぶち破るように荒々しく開けて外に出る。

しかしそこにはのどかな小さな町の朝の風景が広がっているだけで、男の姿は既にどこにも無かった。


「どうしたんだ、ハリス」

通行人の一人が声を掛ける。

周りを見渡すと何人かがこちらを見ている。

不思議と誰が誰だかが分かる。

単なるデジャビュとは訳が違うようだ。

説明に困り、咄嗟にグラハムは口を開く。

「いや、変な夢を見てね」

自分でも何を言ってるんだろうと思った。

何が夢だ。あっちが現実だろう、何を考えてるんだと自分を内心叱咤する。

「寝ボケるなよハリス、お前の腕に今日の俺の昼メシがかかってんだぜ」

と、また別の男が声を掛ける。

「ああ、今日も特注品を振舞ってやらあ」と返す。

確かこの男はジェイムズ。

少し大きめの特製パンをいつも注文してくる常連客だ。


通りの人間たちと二言三言交わして家に引き返す。

扉を閉め、すうはあと深呼吸して考える。

何が起きたんだ。

昔のヒット曲を借りると、まさしく「これは現実なのか幻なのか?」。

しかし五感は痛いほどにこれが現実であると訴える。

「・・・・・・現実から逃れることは出来ない、か」

また独りごちた。

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