share-6 ソファー

 窓の外が夜に変わる頃、武田さんは私の手のひらに天辺の大きな星を乗せた。


「一番おいしいとこ」


 飾り付けのお陰なのか、今日は久しぶりに自然に話せた気がする。


「できた!」


 私の指先がツリーの天辺から離れるのを見た彼はニコニコしながら立ち上がり「俺点けるから座ってて」とテレビの横へ移動した。


 言われた通りソファーの端に腰掛け、息を止める。


「3」


 プラグを持ちながら屈んだ彼が始めたカウントダウン。


「2」


 照明を落としたリビングの中。


「1」


 私の瞳は正直でツリーなんかより彼を見てた。


「……点灯!」


 赤、青、黄色の小さな光が順番に点滅する様子が真っ黒なテレビ画面に映りこむ。

 まだカーテンを閉めていない窓ガラスにも色を付ける。

 彼の服も、顔も、髪も、もちろん私にも――リビングの隅から隅まで一気に魔法がかかった。


「キレイ!」

「みんな喜ぶね」

「はい!」


 ひと仕事終えた武田さんが私の左隣にゆっくり腰を下ろす。


 ライトの灯りだけの部屋。

 三人掛けのソファーの端と端。

 彼が座った時に少し沈んだ座面。


 意識するなという方が無理だ。


 こんなに寛げないソファーがあるだろうか。私の背筋は可笑しいくらいにピンと伸びていて両膝もこれ以上ないくらいにくっついていた。


「……」


 話そうと思えば話題はいくつだってあるのに、どれもこれも違う気がする。


「みんな遅いね?」

「……はい」

「ツリー見たら喜ぶかな?」

「……きっと」


 彼はツリーのライトと一緒に私の心臓のスイッチも入れたんじゃないだろうか。


「武田さん……」

「ん?」

「……わた」

「綿?あ、付けるの忘れたか?!」

「あ、いや……そうじゃなくて……私っ!!」


 思い切って見た彼の顔は意外とすぐそばにあって、視界にちらつくライトの光より私の胸の方が騒がしくなった。



「えっと…………コーヒーでも入れますね」



 意気地がないと思う。

 でも、口から出てきそうになる心臓を吐き出してしまえるほど私は強くない。


 ここから立ち上がったら魔法が解けてしまうような気がした。

 けれど、今の私にはこれが精一杯で。

 せっかくかかった魔法を自ら解く選択肢にしか上手に飛び込めないと思った。


「武田さんはブラックでしたよね」


 立ち上がる勢いを付ける為に置いた両手。


 ――その手が、繋がるなんて思ってもみなかった。


「……武田さ」


 彼の手が触れているのは間違いなく私の手で――彼の体温は思っていたより、もっとずっと高いと知った。


「カナコちゃんにずっと言いたかったことがあって」


 大人になるって困ったものだ。

 彼の表情を見た途端、何を言ってくれるのかわかってしまったから。


「カナコちゃん、俺」


 彼だってそう。

 私の表情で返事こたえがわかったみたいだ。


「カナコちゃんが好きです」


 三人掛けのソファーの空いた真ん中。

 重なった武田さんの右手と私の左手は、離れることなく堂々とそのスペースを占領している。


「……私も好きです」


 やっと言えた一言。

 私の返事を聞いた武田さんは顔を覆いながら照れた。

 私も、これが初めての恋なんじゃないかと思えるほどドキドキしてたまらなくなって、そのあとからはツリーの方ばかり見てた。

 ――瞳の中にいくつもの光が残るくらいにずっと、ずっと。

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