share-5 リビング

 彼は去年と同じ、リビングの一番大きな窓の下にツリーの箱を下ろす。

 一年ぶりの活躍に張り切っているのか、ツリーは箱から出されただけで何枚もの小さな葉を落とした。


「最後に片付け……あっ」

「もう掃いちゃいました」

「早いなぁ」


 ツリーの上と下を組み合わせた彼は、私が手にしていた室内用の小さな箒と塵取りを見てクシャリと笑った。


 ごくごく普通にしているつもりだけれど、こらえきれない感情がずっと胸を高鳴らせている。

 少しずつ増えていた彼への気持ちが『好き』に変わった日、それが去年このツリーを飾り付けた日だったからだ。


 閉じた枝を均等に広げながら彼が笑う。


「こんなもんかな?」

「はい、そうです、バッチリです」



 ――一年前、『新しいの買ったみたいだから』と、レオくんが職場の美容室からツリーを貰ってきた。

 誰もがそのお土産を喜んだけれど、あの頃はみんな仕事が忙しくて、唯一学生の三上くんも試験かレポートかなにかで忙しくて。

 そのツリーはここに運ばれてから一週間以上も開けられないまま窓際に放置されていた。


 街中のどのツリーもキラキラと輝きを放っている季節。足を止める人も、ただ通り過ぎるだけの人も『クリスマス』というだけで楽しげに見えた。

 レオくんに悪いし……とか、みんなを喜ばせたい、だなんてそんな立派な気持ちがあったわけじゃない。

 ただ単に我が家のツリーが可哀想かなと思っただけだった。


『あれ?今日もみんな遅いはずなのに……』 

 

 リビングの扉から漏れた灯り。

 不思議に思いながらそっと開けると――コートを羽織ったままで窓際に腰を下ろした彼の後ろ姿がそこにあった。


 組み立てるのに苦労したのだろうか。

 ツリーの箱の蓋は開けっぱなしで、包みに使われていただろうビニール袋は背中の後ろに雑に丸められている。

 それに――枝を広げることを知らないのか、閉じたままの枝に、それはそれは付けにくそうにリボンや天使を飾っていて……。

 何でもそつなくこなすタイプだと思っていた彼の、そんな失敗ミスに胸がキュッと音を立てた。


『あ、カナコちゃん、おかえり。……ん?何で笑ってんの?』

『武田さん、ツリーの枝は広げるんですよ』


 手直しされた枝を見て彼が呟いた。


『……どーりで、付けにくいと思った』


 笑いが止まらなくなった私と照れた彼。

 スーツにコート、ソファー脇に仕事鞄も置いたまま。


『着替えもしないで手をつけるなんて武田さんらしくないですね』

『ちょっと夢中だった』


 今の彼はオンなのかオフなのか、ニコニコ笑うその顔を見て気になった。


 仕事中はどんな顔しているのだろう。

 彼女にはどんな顔をするのだろう。

 手のひらの温度、胸の中の温度。


 知りたくて触れたくて堪らなくなった。


 飾りつけを終えてライトのコンセントを差したあの日のあの瞬間、私の心も彼に点灯した。

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