share-3 ダイニング
リビングの扉を開けてすぐ、武田さんの声が聞こえた。
「レオも、三上も、明里さんも!カナコちゃんにちゃんとお礼して!」
三人は一斉に私の方を見て、其々の言い方で『おかえり』と『ごめん』と『ありがとう』を口にする。一瞬だけ何のことかと迷ったけれど、すぐに出しっぱなしの靴のことだと気が付いた。
「あぁ!全然っ!」
手を顔の前で軽く振り、キッチンに立つ鞠へ近付くとダイニングテーブルの上にはすでにIHコンロが二台と取り皿やらお箸やらが置かれていて、もう『いつでも始められますよ』と言わんばかりに準備は万端だった。
「もうお鍋出す?」
「あ、うん!」
ぐつぐつ煮込まれている二つのおでん鍋。張り切って朝から準備していただけあって、大根もかなりいい色に染まっている。
毎日、一緒に食事を取る訳じゃない。
焼肉やカレー、お好み焼き、冬ならこうしてお鍋なんか……みんなで食べた方が美味しく感じるものを一ヶ月に一度くらいのペースで、誰かが言い出して、誰かが作る。
今日のおでんはグルメ番組で特集をやっていたのを見た三上くんからのリクエスト。
お休みの鞠は朝一からキッチンに立ち、下ごしらえをしていた。
そんな大事な本日の夕食をミトンをはめた手で持ち上げようとした、その時だった。
「カナコちゃん、俺がやるよ」
置いてあった濡れ布巾を両手に持ち、私の隣に立った彼。
「重いし熱いよ」
みんなの飲み物を用意していた三上くんもやってきて「あー!すいません!」と頭を下げた。
――その時『また一つ増えた』と思った。
私には年子の妹と、そのすぐ下にも弟がいて物心ついた時には『お姉ちゃん』だった。
それが
ずっと周りからもそう位置付けられてきたけれど、
でも、あれはちょうど去年の今頃。
このあたりで不審者が出たことがあった。私が遭遇した訳でも知り合いが被害にあった訳でもなかったが、駅前に注意の貼り紙がされて警察官が巡回することもあった。
私が武田さんを意識するようになったきっかけはそれ。
『カナコちゃん、今日何時ごろ終わる?』
『ビール?俺が買ってくるって』
『駅まで迎えに行こうか?』
最初は、よくわからなかった。
ちょっと心配性過ぎるとも思ったし、下心でもあるのかと疑った日もあった。
だけど……。
彼の程よい『甘やかし』をいつからか嬉しいと思うようになった。
「すいません、武田さん」
頭を下げた私に彼は微笑む。
特別なことなんか一つもない。
不審者を倒してくれたとか、倒れた拍子にキスをしたとか、そんな劇的なシーンがあったことだって一度もない。
少しずつ少しずつ積み重なったこの想い。
武田さん、私……
「ちょっと、武ちゃん!こぼれてる!」
「……ん?あっ!!うわっ!!」
グラスから
この気持ちももう溢れてしまいそうだ、という本音を、ふざけたノリと大袈裟な笑顔で私は隠した。
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