21-10 ZOEの目、たしかに便利だ
「さっき俺たちを囮に使うって」
「それでも日米両政府とも
真柄さんはそこまで言うと、声のトーンをあげる。
「それにZOE、お前も手は打ってあるんだろう?」
「この件について、すでに対策はしております。ご安心ください」
その声は、俺の身につけているイヤフォンとともに廊下に響いた。
驚いた真柄さんが、自分のポケットからスマートフォンを取り出すと、スピーカー通話状態でZOEの声が出ていることがわかった。
「ZOE、お前は生みの親を見殺しにしておいて、ぬけぬけとよくそんなことが言えるな」
生みの親を見殺し?
「いったいどういうことです!? ZOE、ライナスたちは無事じゃないのか!?」
「ライナス博士、HAL03はKGBに
拘束されったって……、
「拘束されたってどういうことだよ!!」
その瞬間、はげしい揺れとともにドーンという爆発音が響いた。
「早過ぎる」
真柄さんがそう言ったのと同時に、佐々木さんがアサルトライフルを構え、無線機を取った。
「……え」
まるで映画のなかのように、爆発音と無数の銃声が窓を
「磯野くん、霧島榛名さん二人の生死などどうでもいい連中だ。この建物もろとも吹き飛ばすつもりでくるだろう。いまのところこちらとZOEのハッキングで直撃は――」
俺は真柄さんの脇をすり抜け角を曲がり、待ち合いベンチへと駆けつける。榛名と千葉がいた。榛名が妹をかばうように抱きしめている。
「磯野くん!」
「榛名!」
千葉に手をおいたまま彼女は立ち上がった。
俺は振り返り
「真柄さん! どうなってるんですか!」
「敵は一枚も二枚も上手だ。すでに病院への侵入を許してしまっている。佐々木くん」
おそらく待機していたのだろう二名の迷彩服が駆けつけてきた。佐々木さんは無線の確認後、真柄さんに答える。
「敵、西五丁目通り側から侵入。人数は不明。
「外の砲撃は囮か」
「外へ目を向けさせているうちに
「よし。二人とも行けるか?」
「ちょっと待ってくださいよ!」
俺は千葉のまえにかがみ込む。
「磯野さん」
「大丈夫だ。俺が抱えていく。いいね」
千葉はうなずいた。
俺が千葉を抱えて廊下に出たのを見計らって、佐々木さんを先頭に西へと進んでいく。俺たちのうしろに二人、アサルトライフルを構えた兵士が護衛についた。
「エレベーターは使えない。階段で一階まで下りるが磯野くん、大丈夫かね」
五階ぶんか。
俺はうなずいた。
抱えられた千葉をみると、申し訳なさそうな顔をしていた。
「大丈夫。軽いから」
千葉の顔が赤くなった。
佐々木さんが先行して階段を確認する。
歩き出した佐々木さんと真柄さんのあとに俺たちはついていく。
階を下るごとに銃声は大きくなり、確実に敵に近づいているのがわかった。
二階まできた佐々木さんは、踊り場から廊下を見、俺たちに振り返った。
二人の兵士に手合図をした。最初の三という合図だけわかった。二人の兵士は足音を消しながら佐々木さんのそばへと駆け下り、銃を構える。
「千葉、耳をふさいで」
次の瞬間、三人はたがいが
富士ジオフロント脳科学研究所では俺とハルの脱出を阻んだ佐々木さんが、いまは俺たち二人の護衛として進路を確保している。心強いことこの上ないが、なんとも複雑な気分だ。
「真柄さん、ここまで入り込まれている割に敵が少ない」
「出し抜かれているとはいえ、本隊も頑張っているんじゃないですかね」
どこか
敵の急襲に対処できている
一階までたどり着いた俺たちは、敵がいないことを確認する。
いや、正確には自衛隊と敵、
「千葉、目を閉じてて」
そう言う俺も、この血なまぐさい状況に吐き気が込み上げてくる。
うしろにいる榛名にまで気を回せないのがまたつらかった。
「南正面のホールにも人はいませんが、予定通り西側の出口に向かいましょう」
佐々木さんがそう言い終わると同時に、突然、俺の左耳から声が聞こえた。
「左、屈んでください」
その場にいた全員が左に屈み、佐々木さんはそのまま目標へと引き金を引いた。
無数の激しい銃声が
かどからあらわれたのは、二名の
「八月七日のロシア人!」
絶え間なく射撃をつづけながら、俺たちはそれぞれ柱の陰へと身を隠す。
佐々木さんもまた、柱の陰に隠れたが、肩に
「ZOEの目、たしかに便利だ」
銃撃の合間に、真柄さんの一言が響いた。
五階からこここまで、
それがいまさら俺たちに
――これが彼女にとっての
「突破は無理です。ここは我われに任せ、ホールへ」
そう叫ぶ佐々木さんに、真柄さんは渋い顔をした。
「ZOE!」
俺が叫んだそのとき、ロビーから一台の車が突っ込んできた。黒の大型SUV。車は俺たちが隠れている柱を越えて、ロシア人たちとの射線をふさいだ。車を隔てたさきで激しい銃声が鳴り響いた。
俺たちの側の運転席の窓と後部座席ドアがひらく。
「磯野さん、榛名さん、急いで!」
その声は聴きなれていて、けれど彼女が発する声には違和感があった。
運転席には、ワイシャツに防弾ベストを着た女性のすがたがあった。
「ハル!」
俺はそう発した瞬間、俺は千葉を抱えたまま後部座席に飛び乗った。すぐさま、右手を差し出し、榛名を引き寄せる。榛名が俺に覆いかぶさるかたちで車に乗り込んだ。すぐさま車は発進し、ロビーから南エントランスの自動ドアを突き破って外へと飛び出した。
「ハル! 無事だったのか!」
「身をかがめていてください」
俺と榛名は身をかがめ、助手席側の窓を見る。
「
ハルは駐車場に出ると
「そっちは敵が襲ってきた――」
「しっかりつかまっていてください」
車は一気に北へと突っ切る。
俺は、バックミラー越しにハルを見ると、彼女もまた俺に
「わたしは
21.星降る世界の螺旋カノン END
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