21-06 ああ。それが生物の正しい道筋――生き方だよ、柳井

 俺や榛名が、これまで命がけで試行しこう錯誤さくごしてきたこれまでの選択の数々。もし上手く情報のやりとりがおこなえたなら、俺たちがいままで生存世界を失い続けたこの状況が、これ以降一変する。


「納得できんかね、柳井」


 腕を組み黙り込んでいた柳井さんは、仏頂面ぶっちょうづらのまま答える。


「理屈はわかる。だが、本当に可能なのか? そもそも三馬、お前の言った筋道――正解ルートがあったとして、そのルートというのは一本の歴史の流れだ。正解の世界と情報共有をしたにしても、情報を受け取った側の世界は、正解ルートからすでに外れているってことにならんか?」

「柳井、きみの言うとおりだ。もし正解となる並行世界を見つけられたところで、我々の世界が違う道をたどっているのではれば、自分たちのいる世界が不正解である可能性もあるだろう。だがね、より多くの世界が、正解した世界があることを認識することが大事なんだ。その情報が無数の並行世界に伝播でんぱすることによる影響。そう影響を与えるんだよ。


 ――我々の知るという行為が、世界を、変化させるんだ。


この世界が、八月七日を中心にして過去と未来へ歴史を広げていくようにね。そうすれば、二つの可能性を得ることが出来る。


 ――一つは、我々の求める道筋、世界線への到達がより確実化される。道筋からはずれた世界線も、より正しい方向へと向く。

 ――そして、正しい世界線とそれに近しい世界線が集約されれば、世界線群が――語弊ごへいがあるが――同化どうかする可能性が出てくる。


いまいる私たちの世界が正しい世界線からはずれたとしてもね」

「世界がおなじ方向を向いていれば、他の並行世界も波のように引っ張られていくってことか」

「三馬さん、その正解ルートというのは、文字の浮かび上がり現象で確実に見つけ出せるものなんですか? その正解ルートの並行世界の俺たちは、もしかしたら大学ノートを使わないかもしれない」

「磯野君、それはちがう。正解ルートは大学ノートを使っている。確実にね」

「なんでそう言い切れるんですか?」

「さっきのタイムトラベル実験だよ。大会議室でのあの出来事が無ければ、この世界は存続出来ない。つまり文字の浮かび上がり現象を行った世界、それが我々の世界が正解ルートに至る前提条件だ。それはまた、いま我々のいるこの世界も、正解である可能性は十分にあり得る。言い換えれば、我々は正解ルートの起点きてんに立っている、ということだ」

「この世界から映研世界の八月一七日にあの署名が送られなければ、この世界は生まれてない」

「そういうことだ」


 三馬さんは俺が理解したことに満足すると、ひと言付け加える。


「これから磯野君と榛名さんは、この起点から同時に発生するさまざまな並行世界――世界線を渡り歩くことになる。まるで、螺旋らせんカノンのようにね。ただし、これからは明確な答えに向かう道筋を君たちが探し当てることになるだろう」


 螺旋カノン――三馬さんの口から出たその言葉を聞いた瞬間、俺は榛名を見た。

 彼女もまた俺を見て、二人で頬がゆるみ、笑った。おそらく、となりにいる彼女も、八月七日以前の世界で、同じ言葉を三馬さんから聞いたのだろう。


 けど、引っかかることがある。


「三馬さん、それならなぜZOEはこの世界を救おうとせず、俺と榛名を元の世界にもどそうとするんでしょう」

「それについては私も気にはなっている。さきほども言ったとおり、ZOEは、一パーセント未満という絶望的な確率を踏まえ、確実に人類が存続しうるきみたちの世界を優先しているのかもしれない。もしくは、ZOEはこのこころみも踏まえた上で、人類の存続はかなわないとすでにのかもしれない。それに、そもそも我々が確実に正解を見つけられるのか。それは誰にもわからない」


 三馬さんは、だけどね、とひとつ言いおいたあと、


「それでも我々はやらなければならない。なぜなら、私たちはまだ、この世界に生きていて、のだから」

「どうであれ、生きるために必死にもがく、か」

「ああ。それが生物の正しい道筋――生き方だよ、柳井」

「やるしかないなら、そりゃやるさ。だがな」


 柳井さんは俺たちを見て、


「おい、どうなんだ? 三馬が言ったこと、つまりこの世界の運命にお前たちは付き合うのか? 本当ならさらさなくてもいい危険に、お前たちの世界をさらすんだぞ? どう考えてもの悪いけでしかない」


 柳井さんは繰り返す。


「それでも、付き合ってくれるのか? この世界に」


 俺と榛名は目を合わせた。

 まっすぐ見つめる榛名にうなずくと、彼女もうなずきかえした。


「俺たちはこの世界が存続してほしい。その可能性があるのなら、俺たちは――」

「わたしも磯野くんも、この世界に大切な人びとがいますから」


 榛名はそう言ってこの場にいる面子めんつを見回した。


「……そうか」


 柳井さんは、目を落としたあと、いやと手を振り、「ありがとう、本当に」と付け加えた。


 千代田怜もなにか言いたそうな顔をしていたが、俺と目が合うと、両手で持っていた缶コーヒーに口をつけた。


「なあ三馬、おそらくみんなも疲れているだろう。これからのことは明日話すとして――」

「柳井、やっと相談すべき話の入り口にたどり着いたところだ。ここにいる全員に宿泊施設を用意してある。なので申し訳ないが、皆さん、もうすこしだけ付き合っていただけるだろうか」

「宿泊施設って、榛名ちゃんがさっき言ってたホテル?」

「うん。JRタワーホテル」

「え!? わたしも泊まっていいんですか?」

「千代田さん、あなたも当然そうですよ。霧島さんの妹さんを含めてここにいる全員は最重要警護対象だからね。もう気づいていると思うが、札幌に入ってから君達は厳重に警護されている」

「あ、だからさっきの道警の警備けいび部…………いや、そうか」


 千代田怜は三馬さんを見た。


「ここにいる警官って、自衛隊なんですね?」

「ああ、そのとおりだ。東側もいま現在、ターゲットであるこの二人がここにいることを把握している。警察官の格好をしているのはカモフラージュだよ。ZOEも引き続き二人を護っているだろうがね」

「で、三馬、このあと話すべきことってなんだ?」

「まずは磯野君と榛名さんの話をうかがう。磯野君、榛名さん、今度はきみたちが知る情報を話してほしい。君たちの話から現状を分析し、その上で、明日ZOEとの対話をのぞむのがいいだろう。それに我々がゆっくり話が出来るのも、おそらく今夜くらいのものだろうからね」

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