20-10 百年記念会館の大会議室だ。三馬が、お前を待っている

 八月一七日 二三時五一分。

 カーチェイスから一時間後、千代田怜による一六〇キロ越えの運転によって、南区石山方面から札幌へと入った。


「やっと札幌だよ。もうそろそろ日をまたぐけど」


 思ったよりも上機嫌な声色の千代田怜が言った。

 本当に運転が好きなんだろうな、こいつは。


 その間、すれちがう車も数えるほどしかなかった。

 じゃあ、緊急着陸時の高速道路に着陸灯として並べられたあの車の数はなんだったんだろう。


「パーキングエリアなどに駐車されていた乗用車を、自動運転で集めてきました」


 いまだスピーカーにしている怜のスマートフォンから、ZOEが言う。


「……なにそれ。ゾーイ、あんたなら世界征服もできるんじゃない? 人工知能って話はさっき聞いたけど、もう人類なんか超越しちゃってるんじゃないの?」

「それについては俺も同感だ」

「にしてもさ、あんたたち敵多すぎでしょ。反政府組織指定されたゴーディアン・ノットに、その後ろにいるのあのソ連のKGB? アメリカのCIAに、日本政府の秘密組織のG……なんだっけ。もう陰謀論にか、その陰謀に巻き込まれた映画の主人公レベルだよ」


 怜の言うとおり、この世界に迷い込んでからアクション映画にでも紛れ込んでしまったかのようだ。


「あんたらよくここまでたどり着けたよね」


 怜は、ぼそりと言う。


 ああ、本当に、


「そうだな」


 割れたバックミラー越しに榛名を見る。

 千葉の肩を抱く彼女もまた、苦笑いしながらうなずいた。


「ホント、さっきのやつらだって容赦ようしゃなかったしさ。この車も穴だらけにされたし。あ、このグロック、あと二発しか残ってないから」


 怜はそう言って、俺に拳銃を差し出した。


「怜、返してもらっていいのか?」

「その二人を護るんでしょ? 詳しい事情までは聞かなかったからあれだけど、あんなやつら相手にするなら持っておきなさい。けど、もうわかってるよね」

「ああ」


 俺は拳銃を受け取り、ホルスターへしまった。


「ところで怜、なんでお前パトカーじゃないんだ?」

「あ、えっと……こっちも、非常事態宣言のあといろいろあってね」

「うん」

「……おしゃかにした」

「お……おお、そうか」

「始末書書かされるって泣いてたらね、電話があって三〇万円くれるからって」

「……怜、お前それって」

「それ以上言うな」

「ただ弱みに付け込まれただけだろ」

「……うるさい」

「そういえば、俺たちの指名手配はどうなっているんだ?」


 怜は、あんたらのことだとは思わなかったけどね、と言った。


「まあ、それよりもこっちもゴーディアン・ノットへの対テロ対策で警官駆り出されているから、道警どうけい自体も手が回っていないと思うよ」

「道警にはすでに、お二人を発見次第北大へ移送するよう通達がなされています」


 え? 日本警察は、北大への移動を邪魔しないってことか?


「おい、ZOE、それって関東からの移動を日本警察に任せればよかったんじゃないか?」

「日本警察の通信網は、KGBおよびゴーディアン・ノットに傍受ぼうじゅされていました。警察の護衛では、敵の攻撃への対応は不可能でした。したがって、現在も磯野さんと榛名さん、千葉さんの位置情報の偽装ぎそうを継続しています」

「……すごい話してるね。磯野、あんたらって神にでも護られてるんじゃないの?」


 神……か。




 それから、三〇分後の、八月一八日 〇時二八分。


 ZOEによるカーナビ誘導にしたがって、俺たちは北大の北一三条門――北大病院側の入口へと到着した。


 千代田怜は、門のまえの警官に警察手帳を見せ事情を説明すると、北大の敷地内へと通された。そのまま入ってすぐの歩道に、見覚えのある人影が二人、車椅子を用意して待っていた。


「……柳井さん! 千尋!」

「会長さん?」


 俺と榛名の声に、柳井さんと千尋がこちらへ顔を向ける。

 すでに風通しのいいサイドガラス越しに、柳井さんが声をかけてきた。


「磯野か! こちらの婦……女性警察官の方は?」

「あ、わたしは千代田怜です。磯野と、そこの竹内千尋の高校時代の同級生で――」

「怜、ひさしぶり!」


 千尋はそう言いながら、後部座席のドアをあけた。


「はじめまして。千葉さんはお姉さんといっしょに、この車椅子で北大病院に行きましょう。僕がお供します」

「ありがとうございます」

「竹内くん、わたしは、磯野くんといっしょじゃなくていいんですか?」


 榛名の問いに、千尋は一瞬、目を丸くしたが、


「このあとは、磯野だけで大丈夫なんで、千葉さんといっしょにいてあげてください」


 そこまで言うと、やっぱり僕のこと知ってるんですね、と言って微笑んだ。


「柳井さん、俺の向かう場所って、」

「百年記念会館の大会議室だ。三馬が、お前を待っている」




 20.三七パーセントの世界 END

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