19-04 わずかな時間だが、空の旅を楽しんでほしい

「ライナス、危険に備えるにしてもこんな飛行機を用意するくらいなら、チューブリニアを使った陸路のほうが安全ではないんですか?」

「陸路は、緊急事態宣言によって非常に動きづらい状態にある。空路を選択したのは、その時点で襲ってくるであろう敵をすくなくとも一つに絞れるからだ」

「その敵って」

「ソ連空軍だ」


 ソ連空軍。

 ミサイル攻撃の話が出た時点で、その名前が出てきてもおかしくはなかったはずなんだが、あらためて海外の軍隊という単語がライナスの口から出たことで、俺たちを取り巻く現在の事態が深刻であることを実感させた。


 ……ていうか、ソ連空軍ってなんだよ。エースコンバットじゃないんだぞ。


「ソ連空軍なんてものを相手にするよりも、チューブリニアを利用して、日本国内で済ませられる敵を相手にするほうが楽なんじゃないですか? CIAへの警戒や自衛隊も動き出しているなら、なおさら陸路りくろのほうが安全だと感じるんですが」

「CIAとは話をつけてある。このあと札幌で君が行うことは、この世界にとっても重要なことだ。合衆国もそれは理解している。さらに、この飛行場は横田よこた空域くういき内にある。日本側もここまでは手出しは出来ないだろう」

「横田空域?」

「横田進入しんにゅう管制区かんせいく――通称、横田空域と呼ばれています。東京都から長野ながの県、新潟にいがたまで八県に渡る空域で、米空軍の管制下におかれている領域りょういきです。日本側は、その領域での飛行には米空軍の許可が必要になります。空域を越えるまでに、F-16戦闘機二機が護衛ごえいにつくため、空域を出た後も航空自衛隊が動くことはないでしょう。磯野さんもこれを」


 ハルがそう言って、通信用の新しいイヤフォンを差し出してきた。

 俺が受け取ると前の座席へと移動し、彼女は榛名と千葉にもイヤフォンを手渡した。二人にZOEとの通信に関する説明をしている。


「合衆国政府所有しょゆうのこの機体で移動することが重要なんだ。日本側に極秘裏ごくひりに動かれたとしても、合衆国の航空機へ攻撃を仕掛けるリスクをおかすことはないだろう。横田空域を出るころには、このジェット機は四万五千フィートの高高度こうこうどへと到達している。となれば、仕掛けられる可能性は東側だけだ」


 そんな取り決めが日米間で行われているのか。

 現実世界でも存在する取り決めなのだろうか。榛名の言葉を聞いたいまとなっては、その現実という言葉もあやふやなのだが。


「もし敵の戦闘機が接近したとしても、ZOEがNSA経由で在日米軍および日本の防空ぼうくう識別圏しきべつけんにおける自衛隊の防空監視を常に把握している。接近されるまえに敵を検知けんちするはずだ。最悪の場合に備え、青森あおもり県の三沢みさわ基地から、F-35A戦闘機もまた緊急発進スクランブルが行えるよう待機してある。あとは衛星軌道上からの東側軍事衛星からの妨害だが、新東京駅での件を踏まえ、NSAがZOEと連携して最優先事項として警戒体制を敷いた。札幌までの移動は、合衆国とZOEが全力で護ってくれるだろう。わずかな時間だが、空の旅を楽しんでほしい」


 アメリカとZOEの徹底てっていした対策を聞けば聞くほど、自分と榛名の存在の世界における重要性を自覚させられた。すこしのミスも許されないというライナスの言葉と覚悟。それが、俺たちを取り巻く動きとなって具体化されていく。


 榛名とともに誓った、この世界もまた救いたいという俺たちの想い。

 けれど、あまりにも多くの脅威に囲まれた状況に、どうしてもしり込みしてしまう。


 ビジネスジェットは滑走路へと移動し、ジェットエンジンの回転音がキーを上げていく。機体はゆっくりと滑り出し、加速していった。滑走路の両はしにある光球こうきゅうがしだいに線となる。機体前方が上へと持ち上がることで光の線は視界から消え、浮遊感を得た。


 八月七日の新東京駅の襲撃からはじまり、富士ふじ鉱山こうざんの研究所でハルとの再会、脱出を経て、ふたたび霧島榛名と再会を果たすこととなった、首都圏しゅとけんとの別れだった。


 高度が増して行くなか、ビジネスジェットの小さな窓をとおして、さっきまで俺たちを見下ろしていた天の川へと向かっていく。


 八月七日、旧暦きゅうれき七夕たなばた

 それが、現実世界の歴史では、北海道の七夕として定められている。


 そうだ、俺はこの事実と残り少ない時間のなかで、もうひとつの現実についても向き合わなければならない。


 ――榛名とともに帰る世界が、おなじ世界になるという望みがあるのだろうか。


 もし違うのだとしたら、たどり着くのはどこになるのだろうか。


 俺は、その世界――現実を、受け入れられるのか。

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