16-03 それを最初から解っていたから
いまさっきまで俺を
現実から、俺のたどってきたその記憶から、
「わたし、いままで死ぬことは怖くなかったんです。ZOEによって、HALという名前のクローンが五体
ハルは、一度、
「だけど、エレベーターで磯野さんとのあの時間をいただいて、はじめて、わたしは、死にたくないって、そう思ったんです。
――あのときの、あなたとの記憶を、失いたくないから
そう思えて、わたしは、人間が、すこしわかったんだと思います。だから、
――ありがとう」
そうして、抱きしめられた。
とても、とてもやさしく。
彼女は、ふと身体を離した。
彼女の両手が、俺の背中から両腕へとなぞっていった。お互いの両手を握ったまま、離せないまま、それでも彼女は、俺から顔をそらし、黒髪の
「……磯野さん、お戻りください。博士は、あなたのことを
まるで他人ごとのように彼女は言った。
けれど、その言い方は、たどたどしく、不器用に見えて、いとおしく思えた。
客間に戻った俺は、もう一度ソファへ座り、ライナスと
「申し訳なかった。怒りをぶつけてしまい、俺は、」
「いや、その怒りは当然のことだ。HAL03を見殺しにしようとしたことは、まぎれもない事実だ。私に
ライナスは、一度、ハルを見て、あらたまったように言った。
「イソノさん、君に感謝したい。文字どおり、HAL03、彼女を救ってくれたのだから」
――彼女を救ってくれた。
いままで、俺が自分に言い聞かせてきた同じ言葉を、目の前の男から伝えられた。それは、俺自身の、彼らの決意と覚悟に対するどこか後ろめたかった気持ちが、言葉どおり、救われたように感じられた。
ライナスは、腕時計を見た。
「あまりゆっくりもしていられない。そろそろここを発ち、霧島榛名さんの救出に向かわなければ」
……霧島榛名の救出。
その言葉に
霧島榛名の
「あの、榛名の救出って」
「ああ、それについては、移動しながら話すことにしよう」
玄関を出ると、
えっ、研究所でZOEから連絡があったのはたしか一六日の零時過ぎだったよな。研究所脱出から、まだ一日しか経っていないのか。だけど、
俺は、左手で右肩を軽く触った。
さっきよりも痛みが緩和されていることに気づく。
これって……白い部屋でも思ったが、この傷の回復の早さは、世界の医療技術によるものだからなのだろうか。
「磯野さん」
振り向くと、ハルが
「あの……これを」
彼女は、胸に抱えていたものを俺に差し出した。
それは、俺の
受け取った上着はきれいに
「あの……わたし、縫ってみたんです。けど、その色しかなくて……」
ハルは、目をそらし、頬をあからめさせながら、言った。
そのぎこちない様子に、かえってこっちが気恥ずかしくなってきた。けれど、こころの
「ああ、ありがとう」
上着を
二台のうち、後方の車両に俺たちは乗り込む。
運転席にハルが、後部座席に俺とライナスが座った。
「前を走るSUVには、我々の護衛チームが乗り込んでいる。二台のSUV――キャデラック・エスカレードは
「これからどこに?」
「
二台の車が発進した。
「これより、三ヶ所のセーフハウスから、同じ車両がそれぞれ移動を開始する。日本政府、および、きみたちを襲った
ライナスはタブレットを俺に渡した。
「これを観てくれ」
ライナスがさきほどから手にしていたものだった。
画面には、
「ZOEが
動画が
「……榛名」
彼女は、あのキャスケットの榛名と同じ、ショートヘアだった。
「この世界のキリシマ・ハルナさんだ」
この世界の、霧島榛名……?
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