13-05 勘弁してくれよ……

「勘弁してくれよ……」


 つい、口に出てしまう。


 そこには、拳銃があった。

 ケースの中に、プラスチック製と思われるあまり大きくない四角形状の一丁の拳銃と、予備の弾倉マガジン二つが、ビニールに包まれておさめられている。梱包こんぽうされた拳銃は、パッと見エアガンのようにも見えたが、やはり実銃じつじゅうなのだろう。


 思わず出てしまったその言葉に、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「グロック17。これしか持ち込めませんでした。これから脱出しますが、もし私になにかあったときのために、あなたも護身用ごしんように持っていてください」


 グロック……。聞いたことがある。たしかブルース・ウィリスが出演する映画によく出てきたような。ってことは、この世界も現実世界とつながっているってことなのか? それとも、彼女も俺と同じように現実世界の人間なのだろうか。いや、それよりもいまは――


「俺は銃なんか扱ったことは――それに――」

「人に当てる必要はありません。あなたが銃を持っているだけで、敵は迂闊うかつに動けなくなります」

「……敵?」


 さっき遭遇した警備員たちが頭をよぎる。

 命の危険に晒されているんだ。彼女の言うとおり、銃を持っていくのは正解だろう。しかし、頭で解っていても、弾の入った銃を人に向けるなんて、どうやってもできそうにない。


「磯野さん、私たちの武器は私の拳銃と、このグロックの二丁だけです。敵は私たちよりも武装しています。けれど、駅から出さえすれば、この不利な状況から脱することができます。ですから――」


 彼女の言葉に、俺は銃へと手が伸びるが、すんでのところで止まってしまう。


 もし、誤射ごしゃして全然関係ない人に当たってしまったら……。

 いや、そもそもこの銃を使うってことは、彼女の言う万が一のとき、つまり、目の前にいる霧島榛名が殺されてしまったあとってことだ。想像しただけで吐き気がしてくる。それなら、俺は銃を取るべきなのだが――


 己のなかのどうにもできない拒否反応に自分自身戸惑っていると、霧島榛名は、納得したようにうなずいた。


「――わかりました。ではマガジンの弾は抜いていきましょう。空砲くうほうなら、人に向けても相手を危険に晒すことはありません」

「……ごめん」

「いいえ。磯野さん、あなたは優しい人間なんですね。彼女が好きになるのもわかります」

「彼女?」


 霧島榛名は、ジャケットの内ポケットから、スマートフォンと、ワイヤレスの小型イヤフォンを取り出した。その拍子ひょうしに、拳銃の収められたホルスターがちらりと見えた。俺に手渡しながら、


「このイヤフォンを左耳につけておいてください。この携帯はポケットに」


 俺は拳銃をジーンズの腰の部分に挟んだ。なんだかタランティーノ映画に出てくるチンピラの気分だ。それを上着で隠して、イヤフォンとスマートフォンを身につける。


 さっきの言葉が妙に引っかかる。

「彼女」とは、現実世界の榛名のことだろうが、それとも別の――


「では、行きましょう」


 霧島榛名はホルスターから拳銃を取り出し、黒い筒状のものを銃のさきに取りつけた。サイレンサーだろう。彼女はスライドを引いた。


 彼女は廊下を確認すると、俺を誘導しながら歩き出す。

 前方から駅員らしき人物が歩いてきたが、彼女の拳銃を見て、慌てて道をあけた。


「なあ、銃はしまったほうがいいんじゃないのか?」

「すでに十二名がこの駅構内に侵入しています。磯野さんも、銃を」

「十二名……」


 俺はうなずくと、腰の拳銃に手をかけながら彼女のあとに続いた。


 俺に向けて容赦ようしゃなく発砲してくるやつらが、十二人いるってことか? なぜ俺を殺そうとする?


 廊下の突き当たりにあった階段を、三階ぶん駆け下りた。

 そのさきは十字路で、彼女は慎重に左右の廊下を確認すると、前方の廊下へ歩き出した。


「ついてきてください」


 俺は、彼女の背中を目で追いながらあとに続いた。

 霧島榛名は、銃口を前へむけながら、ゆっくりと進みはじめた。俺もそれに習って、銃を構えて後方を警戒しながらつづいた。廊下の突き当たりで足をとめると、彼女はまた左右の廊下を警戒しながら確認する。


「こっちです」


 左に折れようとしたとき、背後からドアの開く音が聞こえた。


 俺は榛名に床に押さえつけられる。

 俺は這いつくばりながらも彼女の銃口のさきを見ると、警備員が二人、銃を向けてきた。次の瞬間、榛名はサイレンサー特有とくゆうの風を切る発砲音とともに、二人の足に二発ずつ命中させた。警備員たちは太ももとふくらはぎあたりから、霧のような血しぶきをあげて倒れた。


 痛みにうめく警備員たちと、彼女の射撃の正確さに唖然あぜんとしていると、榛名は俺の手を引いて立ち上がらせてくれた。


「お怪我はありませんか?」


 曲芸のような射撃をみせたにも関わらず、俺のことを心配する彼女に戸惑ってしまう。俺はなんとかうなずいてみせた。


「急ぎましょう。一度、ショッピングモールへ出ます」

「ショッピングモール?」


 彼女は、進んださきの観音開かんのんびらきのドアを押し開けた。

 駅と直結しているのであろう、店が建ち並ぶショッピングモールへと出た。彼女はスーツのふところに拳銃を隠しながら、俺の手を引いて人混みのなかに紛れ込んだ。人の流れのさきに駅のエントランスが見えた。


 俺の手をつかむ彼女の左手をとおして緊張が伝わってくる。

 いや、俺だってさっきの射撃を目の当たりにすれば、緊張どころじゃない。


 彼女と――霧島榛名と手をつないでいるということが、八月十二日のあの夜を思い出させた。この榛名は、おそらく現実世界の霧島榛名とはちがう。けれど、あの十二日以来、求めていたものがやっと得られたという奇妙な安堵あんどが、わずかのあいだ俺を満たした。


 突然、彼女は立ち止まる。


「どうした?」


 彼女はそれに答えず、うつむきながら右の人差し指を彼女の左耳に当てた。すこしのあと、顔を上げ俺に振り返った。


「ジャミングを受けました。おそらく数分程度ですが、敵の位置が不明になります」

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