13-04 振り向かないで
スマートフォンの着信履歴を見てみたが、やはり通知はなかった。
どこの誰かはわからないが、あの電話があったからこそ俺はいま生きていられる。感謝しなければならない。
乗り込んだこの列車は、どこに向かっているのだろう。
わからない。が、このまま乗っていても仕方がない。次の駅で降りよう。なぜだかわからないが生体認証をクリアできたんだ。改札も通ることができるだろう。
再着信の可能性を考えると、電源は切れない。
俺はすこしでも電源をもたせられるようスマホを省エネモードにした。
いつのまにか地下から浮上した列車は、チューブ状の線路を高速で滑りながら、ゆっくりとカーブをかけて上昇していく。まるで終わり際のジェットコースターのようだった。景色を見下ろすと、街の光が薄く照らすなか、海岸沿いを走っているのがわかった。
海か。
列車が次第に速度を落としていくのがわかる。
それにあわせて周囲の景色は、互いにライトアップされた高層ビルへと移り変わっていった。しかし、いままでいた街に比べて、この都市の建物は、
くぐもったアナウンスとともに、乗降口のドアが開いた。
外界の――プラットホームの音が車内へ流れ込んでくる。
俺はあたりに不審な人物がいないか目を配らせながら、乗客の流れにふたたび紛れ込んだ。
列車に乗ったことは向こうもわかっているはずだ。
もし待ち伏せがあるとするなら、このプラットホームか、改札口か。
雑踏とアナウンスが反響するプラットホームへと降り立ち、改札へ向かうであろうエスカレーターへと歩き出そうとしたとき、背後から腕をつかまれた。
おもわず相手を見ようとするが、
「振り向かないで」
耳もとに届いたそのささやきは、どこか耳慣れた女性の
「磯野さん、ですね。改札はすでに待ち構えているので、こちらへ来てください」
この世界で、はじめて理解のできる言葉に出会い、驚く。
引き寄せられた俺の身体は、女性の
女性の、心地よい匂いが鼻をかすめ、腕は、女性の黒のスーツ越しの胸に当たった。
やわらかい。とか言ってる場合じゃない。
が、このやわらかさにもやはり身に覚えがあった。
駅員用ドアを抜け、通路途中のドアのひとつへ俺は連れ込まれた。
中にはキャリーケースやダンボールなどの荷物が積み上げられている。ドアを閉じて対面した髪の長い女性は、その整った顔を切迫した色に染めながら、まっすぐに俺を見つめた。
意図せず俺の手が彼女の肩へと伸び、身体を引き寄せてしまう。
絶対に離してはならない相手が、目の前にいたからだ。彼女はなされるがままにされた。彼女の呼吸が俺の首筋に当たる中、彼女はひと言、俺に告げた。
「はじめまして。私は霧島榛名。あなたと、もう一人の霧島榛名を救い出すためにここにきました」
はじめまして?
その言葉に俺は手を離し、彼女の顔を見た。
もう一人の霧島榛名を救い出すために、と彼女はそう言った。
容姿も、匂いも、胸のやわらかさも、どれもが霧島榛名、本人だった。
ただ、俺が知っている二人の榛名、ショートで足が不自由な榛名とも、互いに冗談を言い合うような気のおけないあの榛名ともちがう。彼女は、二人のものよりも、別の意味で張りつめた空気を発していた。
尋ねたいことと理解しがたい状況が、俺の脳をいっきに
目の前の、髪の長い女性は、オカ研世界の霧島榛名ではないのか? 彼女の言う、もう一人の霧島榛名、それが俺が見つけ出すべき霧島榛名なのか? それならなぜこの世界で言葉が通じるんだ?
動揺する俺を見た彼女は、
「この世界の霧島榛名です。ごめんなさい。時間が無いので、いまはこれしかお伝えできません。それでも、私についてきてくれますか?」
――この世界の霧島榛名。
思いつめた彼女の
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