13-02 いっきに駆け出せ

 長いエスカレーターを下り、連絡通路を抜けて改札へとたどり着いた。

 人の流れは、そのまま改札口へと向かっていた。そこで俺は気づく。乗車券じょうしゃけんどころか、この世界の通貨つうかすら持ちあわせていないことに。


 俺はあわてて人の流れからはずれ、改札機の横へと移動した。


 どうやってあの改札を通ればいい?

 ……いや、そもそも俺は、この駅に閉じ込められているのか。


 冗談じゃない。このままでは、いずれ駅の営業時間が終わってしまう。となれば、この世界の通貨を持たない俺は、この世界の警察に補導ほどうされてしまうだろう。そして、言葉が通じないことがバレてしまったら……それはどうしてもけなければならない。


 とはいえ、ここから抜け出す方法など思いつくはずもない。


 俺が迷っているあいだにも、降車した人々が改札機を通っていく。その光景を見て俺は気づいた。改札機を通り過ぎていく誰もが、乗車券もICカードも持っていないことに。改札機のICカードをあてる場所に、人々は手のひらをかかげていた。そうか、あれは、


 ――生体認証せいたいにんしょうなのか。


 完全に閉じ込められた。

 生体認証なんて。なおさら誤魔化ごまかしきれるものじゃない。初っ端から詰んでるじゃないか! ちきしょう、ここから抜け出すのにあの改札は使えない。どうすればいい?


 なにかないかと周囲を見まわす。

 しかし、プラットホームの階段とエスカレーター、駅員専用口とおぼしきドアと、おそらくトイレと思われるマークの掲げられた入口があるのみ。俺は男子用と思われるトイレへ駆け込んだ。


 白いタイルでおおわれた空間は、やはりトイレだった。

 どこかに抜け出せそうな窓やドアがないか探してみたが、なにもなかった。こうなると、あとは駅員えきいん専用口せんようぐちしかない。それなら、まずは改札にいる駅員の人数と位置を把握する必要がある。


 ふたたびアナウンスが響いた。

 おそらくつぎの列車が到着するのだろう。


 よし。覚悟を決めろ、磯野いその


 俺はトイレを出た。

 改札機に二人、エスカレーターから改札のあいだに一人、そして、最悪なことに、駅員専用口のドアの前に一人。


 あの駅員が交代するタイミングを見計らうしかないのか。駅の営業時間までに――


 ……ちがう。つぎの列車の到着までのこの間、閑散かんさんとした改札の横にとどまっている俺は、ただの不審者でしかない。そう、


 ――駅員たちが、俺を見ていた。


 まずい。

 いったんプラットホームに戻らなければ。


 俺は、駅員たちを目線からそらし足早に階段へとむかう。

 が、そこで大量たいりょうの降車客とはちあわせてしまった。その流れに巻き込まれて、改札へと押し流されてしまった。一定の秩序を保ちつつも、我さきにへとなだれ込む人のなみ。その波から逃れることがかなわないまま、一歩、一歩と改札機へと押し流されてしまう。流れから逃れるために声をあげようとするが、口に出そうとした瞬間、それが悪手あくしゅだと気づく。


 ――この世界では言葉が通じない。


 降車客たちに挟まれ、逃げ場のないまま、改札機が目の前に迫ってくる。


 こうなったら、改札を通った瞬間に駆け出すしかない。


 じゃあ、どこへ逃げる?

 改札機を抜けたさきには、エントランスと左右に並ぶショッピングモール。だが、まっすぐはダメだ。駅から出たところで、一人、走る姿をさらすことになる。さいわいいエントランスからショッピングモールにかけて、多くの人が行き交っている。右か左、どちらかのモールに駆け込んで人混みにまぎれ込むしかない。


 目の前には改札機。

 前の人は手をかざし、改札を通り抜けた。


 俺の番だ。

 よし。改札を抜けたら、

 いっきに駆け出せ。


 俺は、一歩、踏み出し、

 手をかざす。そして――


 ――なにごとも無く、通り過ぎた。


 は? どういうことだ?

 思わず振り返ってしまう。しかし、すぐうしろの客に嫌な顔をされながら前へと押し出されてしまった。俺は脇にそれて立ち止まり、駅員を見た。こちらのことを気にしている様子はない。


 そこへ、着信音が鳴った。

 俺のスマートフォンだ。

 あり得ないはずの音が俺の鼓膜こまくを震わせる。


 この世界では、俺のスマホは通信不能ふのうな状態じゃないのか?


 構内のアナウンスと重なりながら鳴りつづける着信音に、俺の頭は真っ白になりなった。俺は、ポケットからスマートフォンを取り出して待受画面まちうけがめんを見た。通知つうち不可能ふかのうと表示されていた。俺は思考停止したまま画面を見つめていたが、さすがに周囲の人びとが俺に目を向けてきた。


 ……出なければ。


 俺は着信ボタンを押して耳もとに当てた。

 スマートフォンから聞こえてきたのは――


「る ー ト――ろ く ジ――2 じ ゆ ウ め ー ト ル」 これは、いったんプラットホームに戻らなければ。


 俺は足早に階段へとむかう。が、そこで大量の降車客とはちあわせてしまう。その流れに巻き込まれて、改札へと押し流されてしまった。一定の秩序を保ちつつも、我さきにへとなだれ込む人の波。その波から逃れることがかなわないまま、一歩、一歩と改札機へと押し流されてしまう。声をあげて流れから逃れようとするが、口に出そうとした瞬間、それが悪手あくしゅだと気づく。



 ――この世界では言葉が通じない。



 降車客たちに挟まれ、逃げ場のないまま、改札機が目の前に迫ってくる。


 こうなったら、改札を通った瞬間にダッシュするしかない。


 じゃあ、どこへ逃げる? 改札機を抜けたさきには、エントランスと左右に並ぶショッピングモール。だが、まっすぐはダメだ。駅から出たところで、一人、走る姿をさらすことになる。幸いエントランスからショッピングモールにかけて、多くの人が行き交っている。右か左、どちらかのモールに駆け込んで人混みに紛れ込むしかない。


 目の前には改札機。前の人は手をかざし、改札を通り抜けた。


 俺の番だ。

 よし。改札を抜けたら、

 いっきに駆け出せ。


 俺は、一歩、踏み出し、

 手をかざす。そして――



 ――なにごとも無く、通り過ぎた。



 は? どういうことだ?


 思わず振り返ってしまう。しかし、すぐうしろの客に嫌な顔をされながら前へと押し出されてしまった。俺は脇にそれて立ち止まり、駅員を見た。こちらのことを気にしている様子はない。


 そこへ、着信音が鳴った。

 俺のスマートフォンだ。

 あり得ないはずの音が俺の鼓膜こまくを震わせる。


 この世界では、俺のスマホはスタンドアローン状態じゃないのか?


 構内のアナウンスと重なりながら鳴りつづける着信音に、俺の頭は真っ白になりなった。俺は、ポケットからスマートフォンを取り出して待受画面まちうけがめんを見た。通知不可能と表示されていた。俺は思考停止したまま画面を見つめていたが、さすがに周囲の人々が俺に目を向けてきた。


 ……出なければ。


 俺は着信ボタンを押して耳もとに当てた。スマートフォンから聞こえてきたのは――


「る ー ト――ろ く ジ――2 じ ゆ ウ め ー ト ル」

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