12-08 ただの観光になっちゃったね

 八月二五日 一三時三三分。


 野幌森林公園は2,053ヘクタールの敷地しきちを持つ丘陵きゅうりょう公園である。

 と、柳井さんの車の後部こうぶ座席でスマホを見つめる竹内千尋が教えてくれた。その大半は森林でめられ、俺たちが向かう北海道百年記念塔はその森林に入る前にあった。


 ちばちゃんは、すでにはじまった二学期の授業じゅぎょうで連れてくることはできなかったため、柳井さんの車に、俺と竹内千尋、そして千代田怜の四人が乗っていた。駐車場に到着したオカ研メンバー一行は、車から降りて青空の公園へむかって歩いていく。


 公園に踏み入れると、百年記念塔が目に入ってきた。

 塔にむかう歩道には、噴水ふんすい水路すいろが流れ、それを挟むようにひらけた野原が広がっていた。ピクニックの家族づれや観光客などがその景色を楽しんでいる。うしろへ振り返ってみると、厚別あつべつ区からの札幌の街を見渡すことができた。


 けれど、この景色に「色の薄い世界」の街並まちなみと重ねてみても、どうもしっくりこない。


 百年記念塔の五階と六階のあいだにある踊り場部分ということで、途中なにかないかと、みんなはエレベーターを使わずにぞろぞろと階段を上っていく。


 ……のだが、この階段、微妙びみょうに吹き抜け気味ぎみなのだ。いや、ホントに微妙になのだが。


 俺は高所恐怖症こうしょきょうふしょうだった。

 しかもこの階段は、幼稚園のころの遠足で二階まで上ったところで怖くて泣いてしまった、という思い出があった。


 現在の俺もまた、二階の途中とちゅうで足を止めている。


「ちょっと磯野、なにしてるの」


 事情じじょうを知らない怜が無慈悲むじひな言葉をなげかけてくる。

 いや、この緊急きんきゅう時に高所恐怖症がどうとか言ってられないのだが。


 ごうやして下りてきた怜は、俺の顔を見てあきれたらしい。


「あ、あんた高所恐怖症だったっけ? だったらエレベーター使いなよ」

「……けどな、階段の途中で、俺だからこそ見つけられるかもしれないがあるかもしれないだろ?」


 そう言っておきながらも、どうにも足が動かない俺。

 そんな様子の俺に、怜は一つため息をつくと手を差し出してきた。


「もう……世話せわけるんだから。左手は手すりにつかまって。ほら、のぼるよ」


 俺は怜に右手をまかせ、左手は手すりをつかみながら、ゆっくりとのぼっていった。


 ……おじいちゃんかよ俺は。

 いや、そのときは自分にツッコミ入れられるほど余裕よゆうがなかったのだ。ああ、情けない。


 やっとのことで五階と六階のあいだの踊り場までたどり着いた。しかし苦労の甲斐かいもなく、たいした手がかりはつかめなかった。


「大学ノートも反応ないね」


 千尋はひらいたノートを見つめながら言う。


 ただ、この場所があの色の薄い世界の駅のプラットフォームだとしたら、場所的にも高さ的にも近い位置にあるのだろう、ということはよくわかった。


 展望台てんぼうだいまでのぼり、ふたたび厚別区からの札幌の街を眺める。

 あの色の薄い世界で見たプラットフォームの窓の外の景色を思い浮かべてみる。が、やはり重なるような重ならないような曖昧あいまい印象いんしょうだった。というのも、色の薄い世界に林立りんりつする未来的な建物とその都市の様相ようそうは、こことはちがう、どこか別世界を見ているような強烈きょうれつな印象があったからかもしれない。


「磯野、どうだ?」

「正直、この場所とプラットホームが同じ位置にあるものなのかシックリきません」


 となりの竹内千尋は目的を忘れているのか、札幌の景色にひとみをはしゃがせていた。


「ただの観光になっちゃったね」


 そのうしろで軽くため息をつく怜。

 そんな彼女に、幼稚園時代に果たせなかった百年記念塔の二階から上の世界を見せてくれたことに感謝の気持ちがいた。


「悪いな怜」

「あんたの情けない顔が見れて面白かったよ」


 ったく、減らず口をたたきやがってこいつは。

 と思いながらも、その反応にちょっとニヤけそうな自分に気づいた。


 こうして、公園をあとにした。

 なにか手がかりを見落としているような、そんな感覚に襲われながら。




 駐車場から丘をくだる途中。


 さっきの階段の一件で無駄むだ精神せいしん疲弊ひへいしてしまったらしい。後部座席に座らせてもらった。ドッペルゲンガーとの接触から比べればたいしたことなどないんだろうが、高所恐怖症が吹き抜け階段を歩くのはすごい怖いんだ。うん。


 と、さきほどの湧き上がる恐怖から目をそむけようと窓の外を眺めていると、並木の奥に学校の校門が見えた。


「柳井さん!」


 色の薄い世界で見かけたのとまったく同じ校舎。

 それが、いま、目の前にあった。


 たしかこの学校は、八月七日の「色の薄い世界」で大学の南門からの瞬間移動先だったはずだ。一四時を過ぎたいまは、まだ授業中のようだった。


 色の薄い世界では、未来的な建物が並び、そのなかでこの現実味のある建造物のみが浮いていた。その空間では、あるべき場所にあるはずの文字が消えていたんだ。だから、校門に書かれている文字を確認する。


 ――北海道札幌啓陵けいりょう高等学校


「磯野、本当にこの高校なのか?」

「ええ、間違いありません」


 柳井さんはちょっと待ってろと言って玄関げんかんに入っていった。

 しばらくして戻ってくる。


見学けんがく許可きょかをもらってきた」

「え、なんて言って許可もらったんです?」

「ゼミのフィールドワークとか適当てきとうに言ってごまかした」


 そりゃオカルト研究会なんて言えませんよね。

 映研での撮影許可とおなじようなことをする柳井さんに、なんだか内心ほころんでしまった。


 俺たちは校舎こうしゃからグラウンドへと出た。

 そこはたしかに色の薄い世界で見たグラウンドで、大学の南門からの瞬間移動先だった。そんな場所で、いまは高校生たちがサッカーをやっている。


「磯野、どうだ?」

「ええ、このグラウンドです」

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