12-07 これを書いた榛名は、どっちの世界の榛名なんだろうね

 俺は、映研世界にいた一六日から二二日までのあいだに起こったことを、もう一度話した。


 映研世界での霧島榛名の大学ノートとの接触。

 三馬さんによる世界の状況の解説かいせつ

 未来からのメッセージ――世界の変質化のさきにある世界の静止と色の薄い世界化。

 映研世界でドッペルゲンガーとの接触をねらうことで変質化を進め、二つの世界の入れ替わり時の距離きょりと、色の薄い世界の滞在たいざい時間の拡大させようとしたこと。

 入れ替わり直前ちょくぜんのドッペルゲンガーの出現しゅつげんと接触。

 そのとき、ドッペルゲンガー側の世界に俺が収束しゅうそくされたこと。


 ドッペルゲンガーとの接触は、消耗しょうもうと一時的にではあるが強烈きょうれつに死をのぞむようになること。

 ドッペルゲンガーの出現と同様どうよう、入れ替わり直前に霧島榛名が発見されたこと。

 入れ替わり時に現れた「ワームホールのような空間」と色の薄い世界の滞在時間は確実かくじつに増えたが、それは十秒程度ていどに過ぎなかったこと。


 俺が話し終わると、三馬さんは一つうなずいてから言った。


「なるほど。おそらくだが、映研世界の霧島榛名さんの救出きゅうしゅつ上手うまくいかなかったようだね」


 三馬さんの言葉に、俺は茫然ぼうぜん自失じしつする。

 昨晩のジョンの散歩までの平和だった時間。それが、榛名の消失という事態におちいり、さらに、救われたと思われた世界の危機が、いまだに解決していないことをげられたのだ。


 いや、この世界で榛名が消失した時点で、俺はうすうす気づいていたのだろう。けれど、それでも俺が現実世界から消えて色の薄い世界から何度も戻って来たように、榛名もまたいつのまにかすずしい顔をしてひょっこり戻ってくることもまた、どこかで期待きたいしていたんだ。


「磯野君、君の今の話で目標が一つにしぼれたよ。霧島榛名さんだ。彼女との接触でしか世界を元に戻せない。これまでの話をまとめると、接触の確率かくりつが一番高いのは、入れ替わり時とその周辺しゅうへんの短い時間だろう」


 三馬さんは俺から、サークルメンバーに視線を移し見渡す。


「つまり、次の入れ替わり時間、


 ――八月三一日 二一時二四分三二秒


 この時間に合わせて霧島榛名さんを発見はっけん出来る方法を見つけ出すことが我々の使命だ」

「三馬、おまえも目を通しただろうが、七月一四日にはじめて色の薄い世界に迷い込んだのは野幌森林公園だ。それも北海道百年記念塔の五階から六階にかけての階段部分だと判明はんめいしている。そこを探してみるのはどうなんだ?」

「柳井、私もそれについては考えたよ。だけどね、磯野君が最初に色の薄い世界に接触した、この大学の、ええと……どこのベンチだったか――」

「学生生協前のベンチです」


 千代田怜が言い添えた。

 三馬さんは、そうそうと怜にうなずいて、


「ありがとう。そのベンチにふたたび訪れたところで、色の薄い世界には接触できなかっただろう? 八月三一日の入れ替わり時間であれば、霧島榛名さんを見つけられる重要なポイントの一つにはなるだろうが」


 竹内千尋が、思いついたように顔を上げた。


「あの、こっちの礒野の大学ノートは、映研世界みたいになにかヒントをくれるんでしょうか」


 三馬さんは、千尋に軽く指差して忘れてたと笑い、かばんから大学ノートを取り出した。最後のページをひらいてテーブルの上に置く。


「やはりなにも書かれていないか」

「うーん。あ、そうだ。榛名の部屋に出てきた大学ノートもとなりに置いてみたらどうでしょう。礒野、たしか映研世界ではそれでメッセージが書き込まれたんでしょ?」


 千尋の提案に柳井さんはうなずいて、今度は柳井さんの鞄から榛名のノートを取り出した。二つのノートは最後のページがひらかれた状態でテーブルの上に並ぶ。


 のだが、榛名のノートの最後のページには、榛名が「俺のことが好きになった」とあからさまに書かれていて、恥ずかしいことこの上ない。


 狙いをすましたように、怜のやかしの視線にさらされる。


「これを書いた榛名は、どっちの世界の榛名なんだろうね」

「しらねえよ」

「で、どうなの」

「なにがだ」


 怜は俺の弱味よわみを握ったかのような、満足そうな笑みを浮かべた。


「あー鬱陶うっとうしいやつだな」

「この榛名さんの愛の告白に磯野君がむくいられるよう、我々は後押ししてやらねばならんね」


 そう言って三馬さんも茶化ちゃかしたような笑みを浮かべた。


 こうして八月三一日までのあいだにやっておけることを出し合い、明日、野幌森林公園の百年記念塔を調査することとなった。

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