10-08 この人と会ったことがあるような気がするんです

 ずっと気になっていたこの大学ノート。

 それがいま目の前にある。不思議と八月七日のような眩暈めまいは起こらない。


「最初は千葉が見つけたんだ。ちょうど一週間前に僕も目を通してね。我がには一人娘ひとりむすめの千葉しかいないはずなのに、このノートにはこの子に姉がいることになっている」

「あの、見てもいいですか?」


 俺は大学ノートを手に取った。

 柳井さんと青葉綾乃が両脇りょうわきからのぞき込んでくる中、ノートの最初のページをひらく。


 日付ひづけは七月の……何日だ? 水にれたらしくひどくにじんでいる。

 ペラペラと数ページめくると、いくつか読み取れる文字があるが、ほとんどは滲んでなにが書いてあるのか判別はんべつがつかない。しかし、ページが進むにつれて、ノートに書かれたインクの量が次第に多くなっているのがわかった。


「はじめは悪い冗談じょうだんだと思って妻にも話していなかったんだが、最初のほうのページの読み取れる箇所かしょに、このノートの書き手が、千葉のことを妹と書いてあってね。読み取れる箇所を見て行くと、この歳で恥ずかしい限りなんだが、僕の趣味しゅみを追っているような書き込みもあったんだ」


 ちばちゃんのお父さんは、テーブルの反対側から俺の持っているノートをそのまま何ページかめくり、文章を指さした。


 そこには、文学会ぶんがくかい模型もけい研、SF研にサバイバルゲーム館への入部について書かれていた。そして、


 ――オカルト研究会


 やはりと言うべきか。

 これを書いた榛名はオカ研世界を知っている。


 柳井さんを見ると、愕然がくぜんとしたままノートに釘付くぎづけになっていた。


「あ、これって、ちばちゃんと一緒に行ったサークル……」


 青葉綾乃の言葉にちばちゃんはうなずいた。

 ちばちゃんは、たどたどしくも話しだす。


「わたし……このノートをなぜかわたしの部屋で見つけて……。わたしに姉がいたなんて思えないんだけど、けど、気になったから……綾乃ちゃんに……」

「それでわたしに連絡くれたんだ! あれって……」


 青葉綾乃はスマートフォンを取り出しSNSの画面を見る。


「そうそう八月七日の午前十一時。いきなりでびっくりしたよ。このことだったんだ」

「……ごめんね」

「ううん。気にしないで」


 青葉綾乃は、ちばちゃんに笑顔をむけた。


 八月七日の午前十一時。

 ちばちゃんと青葉綾乃がはじめて映研の部室を訪れた日時。そして、色の薄い世界に最初に迷い込んだ日だ。この大学ノートの出現は、おそらくこの日の午前一〇時二一分。そこから午後二時に映研を見学に来たわけか。


「あの、お父さん一つおうかがいしてもいいですか?」


 俺は一度ちばちゃんを見たあと尋ねた。


「ちばちゃん、いや、千葉さんの名前の由来ゆらいは、えっと……第二次世界大戦の日本の戦車からとられているんですか?」


 ちばちゃんは思わず両手で口をおおった。

 ちばちゃんのお父さんは、その質問に面食めんくらった顔をしたあと、決まりの悪い苦笑いを浮かべた。


「それは事実だ。千葉、よくそのことを――」


 ちばちゃんのお父さんはそう言いかけてちばちゃんを見ると、ちばちゃんは両手で口を覆ったまま首を横に振った。


「あの……信じられないかもしれませんが、このノートを書いた霧島榛名からそのことを聞いたんです」



 俺はいままで体験した出来事、特にオカ研世界での霧島榛名とちばちゃんとのこと。そして、この映研世界での霧島榛名との遭遇について伝えた。


 ただし、オカ研世界でのお父さんが亡くなられていることは、せて。


 ちばちゃんのお父さんは、事前にちばちゃんから話を聞いていたらしく、俺の話に真剣しんけんに聞き入っていた。が、榛名の趣味に関することや、ちばちゃんに対する姉としての気遣きづかいなどの話が、特に気になるようだった。


 ちばちゃんのお父さんは俺の話を聞いたあと、うつむいたまましばらく考え込んだ。そして、不安な顔のちばちゃんを見ながら口をひらいた。


「ここまで話してもらってなんだが、信じられない」


 ちばちゃんのお父さんは、ふたたびノートに目をむける。


「けれど、榛名という子や事故を起こしたという話を聞いて、とても不思議なんだが既視感きしかんのようなものを感じるんだ。記憶にも感覚にも無いのに、どこかで体験したかのような――」

「……わたしも……わからないんですが、わたしもどこかで……この人と会ったことがあるような気がするんです」


 既視感、デジャヴュというやつか。

 俺も最近どこかで感じたことがあった気がするんだが……思い出せない。どこだったんだろう。


 柳井さんが目の前の二人に話かけた。


「この磯野が巻き込まれている状況に関して、いろいろと調査を進めているんです。到底とうてい信じられないことでしょうが、お父さんと娘さんがお気になさっているそのノートと磯野の状況は、密接みっせつに関係しています。大変申し訳ないのですが、この大学ノートをしばらくお借りしてもよろしいでしょうか? もしかしたら、なにか新しい情報が得られるかも知れません。なにかわかりましたらすぐお伝えします」


 頭を下げる柳井さんにならって、俺も頭を下げた。


「よしてくれ。こちらこそ、心に引っかかっていたことがなにかしら究明きゅうめいできるのであれば是非ぜひともお願いしたい。もしなにかわかったら千葉に連絡をもらえると嬉しい。千葉、いいかい?」


 ちばちゃんは父親にうなずいて、


「わたしからも……お願いします」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る