09-07 言っていいことなの?

 霧島榛名は、あいつはあいつで映研世界では一目惚ひとめぼれの相手であるし、顔を見ると映研世界とはちがうとはわかっていても、どうしてもあの晩の榛名のことを思い出して重ねて見てしまう。それに髪を上げたいまのあいつは、正直心奪こころうばわれるほど綺麗で可愛いくて、近くにいたらいろいろな感情が混ざり合って、どうにかなってしまいそうだった。


 ふと、俺のそでが引っ張られていることに気づいた。

 ちばちゃんはさっきから俺に話しかけていたらしい。


「もー、なにぼーっとしてるんですか?」


 わざとらしく頬をふくらませて怒ってみせるちばちゃん。

 うん、最高にかわいい。


「ごめんごめん、ちょっと考えごとしてて」


 もう、と軽く悪態あくたいついたあと、ちばちゃんは微笑んで俺をたしなめる。


「女の子を放ったらかしにしたら駄目なんですよ、磯野さん」


 こやつめハハハ。ませたことを言いよる。


「そういえば、さっき話があるって言ってたけど」


 ちばちゃんは、俺の言葉にサッと緊張した面持おももちになった。

 目をそらしたまま、うつむき気味に口をひらく。


「あの……いままで黙っていたことがあって……」

「黙っていたこと? それって――」

「到着ー!」


 千代田怜の声に顔を上げると、いつの間にかビアガーデン会場に到着していた。


「千尋はそこの席押さえといて! ほかのみんなは一度飲み物頼んできて! 千尋、あんたはなに飲みたいの」


 千代田怜はテキパキと指示をだして場を仕切る。


「まったく張りきりやがって」

「あったり前でしょ! 時は金なり。ゆっくりしてたら夏祭り終了の九時なんてすぐにきちゃうんだから。それにわたしたちの浴衣姿なんて年に一回しか見れないんだからね」

「はいはい」

千葉ちは、わたしがおごってやるから、なに飲みたいか言ってみ」

「わーい!」


 結局、ちばちゃんの話を聞く機会を逃してしまった。


 ひと心地つくころには一通りの飲み物とおつまみがテーブルにそろった。

 ちばちゃんと千尋は二人してオレンジジュース。怜と柳井さんは中ジョッキ。俺と榛名はジントニックにぶどうサワー。そして目の前には鳥串、豚串、ソーセージに唐揚げ、プライドポテトに枝豆と……なんだよそこらの飲み屋状態じゃねーか。


「なあ怜、大通十一丁目とか行けば、ドイツ村のおいしい食い物にありつけたんじゃないのか?」

「あんたね、ドイツ村のビールも食べ物も高いの知ってるでしょ? サークル旅行あとの大学生の財布事情じじょうを考えて、一番リーズナブルな五丁目にしたんじゃない。それこそ感謝されるべきなんだけど」


 そのサークル旅行を企画したのはどこのどいつだよ。


 乾杯のあとはただの飲み会状態だった。


「ぷっはー生き返る!」


 晴れやかな浴衣姿が台無だいなしな、おっさんのようなことを言う千代田怜。

 まったく、ビールなんて苦いものよく飲めるよな。


「あのねー磯野、飲みといえば最初は生でしょ! まったく最近の若いもんはー」


 ……若いもんっておなどしだろうが。

 からみ方までおっさんだぞ。というかさっきまでぶっ倒れていたのに、このテンションの差はなんだよ。ナチュラル・ハイかよ。


「あー千代田はぼうNERVネルフに出てくる保護者ほごしゃお姉さんに似てるよなー」と、榛名は豚串をもぐもぐ食べながら言う。


「ちょっと、それって売れ残りになるってこと? それってどうなの? 言っていいことなの?」


 怜はジョッキを持ったまま、真顔まがおで榛名に突っかかった。

 うわあ……めんどくせえ。


 だが榛名は榛名でどこ吹く風と、次の豚串に手をつけた。柳井さんはため息をつきながら、


「千代田、おまえ営業えいぎょう向きだし、そういう出会いには事欠ことかかないだろうし、おそらく大丈夫だろ」


 怜は顔をパッと輝かせて柳井さんに抱きついた。


「柳井さーん! やさしー!」

「こら! 離れろ! 酒がこぼれる!」

「今日は特に酔ってるね。あんなにはじけてる怜、僕、はじめて見たかも」


 あれは単に、疲れで酒の酔いが早くまわっているってだけだろうな。


「そうなんですね。ふだんは飲み会には参加しないので、いつもこういう感じだと思ってました」

「ちばちゃんは高校生だもん。わからなくて当然でしょ」

「ですよね」


 千尋とちばちゃんはくすくす笑った。


 撮影旅行でも休憩きゅうけいをもらった気がしていた。

 けれど、数多あまたの超常現象にも理屈があるってわかったことで、俺のなかでやっとひと心地がつけたのかもしれない。


 十六日の夜にはまた映研世界に戻ることになる。

 おそらくむこうではもう、ちばちゃんの大学ノートがなんであるか明らかになっているはずだ。あとは俺が戻りさえすれば、この事態の真相しんそう、そして解決にかなり近づけるはずなんだ。けれど、


 ――そうか。この事態が解決したら、こいつらとはお別れになるのか。

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