08-06 俺が真剣に考えているときになに口走ってるんですか

 あれ?


「まってください。それって超常現象のそもそもの原因は俺になりませんか?」

「そういうことだろうな。映研の磯野――お前が色の薄い世界に迷い込んだことが、この事態の発端ほったんだったと見るのが正しいだろう。「もう一人の磯野」は、それに巻き込まれたってことだろうな」


 俺が色の薄い世界に迷い込まなければ、もう一人との俺との入れ替わりは起きなかったってことになるのか?


 それは回避かいひできることだったんだろうか。

 いや、ちばちゃんが映研に訪ねてきた時点でけようのないことだった。そう思うのだが――


「なんだかもう一人の俺に申し訳ないですね。今更いまさら言ってもしょうがないですけど」

「そうか? けどな、もう一人の磯野はこう言ってたぞ。「そっちの俺が先行せんこうして情報集めてくれるからありがたい」ってな」


 なんだよそれ。


「俺が俺にありがたがられるって、なんだか妙な気分ですね」

はたから見ている俺らのほうが不思議な気分にさせられているよ」

「そうだ」

「どうした?」

「柳井さん、ひとつ話しておきたいことがありまして」


 俺は柳井さんに、昨晩の文化棟玄関での霧島榛名との遭遇そうぐう

 彼女に触れたことがきっかけで色の薄い世界へ入り込んだこと。

 砂浜へとたどり着いたこと。

 そして、手を離した瞬間にプラットホームへ飛ばされたことを話した。


「……なるほど。昨晩の色の薄い世界へ迷い込むきっかけは、映研世界の霧島榛名との接触によるものだったのか」

「霧島榛名を色の薄い世界へ置き去りにしてしまっている現状と、この世界の榛名もなにか知っている可能性もありまして」

「それなら直接榛名に……そうか、あいつがあえて隠している可能性もあるのか」

「向こうの柳井さんも、霧島榛名のことが見えたと言っていました。ですので、可能性は低いのですが、向こうの榛名は幽霊である可能性もありまして」

「向こうで幽霊……けど、それなら磯野は幽霊にあの世に連れ去れ、この世に戻ってきたことになるな」

「はい。なので、向こうの霧島榛名が死んでいるわけではないとは思うのですが……」

「どちらにしろ、こっちの榛名がそのことを知っていて、あえて隠しているなら、なにかしら事情があるからこそ俺たちに知られたくない、ってことか」


 柳井さんは、難しいなとひと言つぶやいて、ウォータースライダーを見た。


 長蛇ちょうだの列となっていたウォータースライダーの行列に並ぶ榛名たちは、いつの間にか滑るだんになっていた。

 ウォータースライダーの先頭に来た霧島榛名は、いかにも「ヒャッホー」とでも叫ぶ様子で滑り降りていった。といっても、滑っている最中はチューブ状のトンネルの中なので見えやしないのだが。


「この件を本人に切り出すのにタイミングが必要になりそうだな。もし隠していたのなら、それを白状はくじょうさせる方法を考えねばならんし……磯野は、あいつのことをどう思う?」


 ウォータースライダーを降りた先のプールの中を、水と人混みをかき分けていく榛名を眺めた。相変わらず元気にはしゃいでいるように見えた。けれど、


 ――いやな、人生楽しんでいるのはそうだと思うんだが、なんだかそう思うには焦りがある感じがするんだ。充実に迫られているっていうか、楽しまなきゃいけないっていうか


 向こうの世界の柳井さんの言葉を思い出す。


 もしなにかを隠しているのだとしたら、それはどうしても仕方がないことなのだろう。色の薄い世界に取り残された榛名の「……ごめんね」という言葉と同様、この世界の榛名にとっても切実な理由があるとしか思えない。


「なあ磯野、榛名がなにかを隠しているにしても、それは悪意とは無縁のものなんじゃないだろうか」


 そうなのかもしれない。

 榛名がこうなったのも――


 一年前の夏の記憶が蘇る。


 オカ研の部室を見学にきた彼女は、白いブラウスにこんのスカートといった、いかにもお嬢さまといった身なりに、それに相応ふさわしい気品があった。繊細そうな雰囲気をまとった、触ったら壊れてしまいそうな女の子。


 いま目の前にいる榛名は、纏っていたものをわざと崩してしまったかように見えた。当時の本人の容姿ようしや仕草があまりにもおしとやか過ぎて、そのことを榛名自身気にしたからなのかもしれない。


 一年前の彼女と仲良くなるには、高嶺たかねの花のように感じられて、声をかけるにも勇気が必要だった。それが榛名のほうからくだけてくれたことで入部後、時間もかからずに親しくなれた。これも、彼女の意図したことなのだろう。


 そんな彼女の、そこまでして気を遣う振る舞いや、楽しもうとしている生き方に、なにか引っかりを感じてしまう。

 もしかしたら、この世界の榛名も――


 ウォータースライダーを滑る段になったちばちゃんが、こちらに気づき手を振ってきた。


 俺と柳井さんは手を振り返す。


「なあ磯野、男という生き物は、なぜおっぱいに弱いんだろうな」


 ……柳井さん、俺が真剣に考えているときになに口走ってるんですか。

 いや、仕方ない。ウォータースライダーを滑り、降り口から水しぶきをあげて出てくるちばちゃんから目が離せなかった。


 ちばちゃんのあの姿は犯罪的だ。

 彼女はロリ巨乳きょにゅうであり、それがスクール水着というフェチズムのかたまりのような反則はんそく的な布に、窮屈きゅうくつそうに包まれているのだ。そう、窮屈そうに! 好きとかそういう以前に、男であればそれが揺れ――あの神秘しんぴ的な光景に目をらすことはできないであろう。ところで誰か双眼鏡そうがんきょうよこせ。


 柳井さん、サングラスしてきて正解でしたね。いや、サングラスしていない俺もガン見でしたが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る