08-07 いま少し考えただろ

 千代田怜が滑る段になると、俺と柳井さんは話に戻った――わけではなかった。例の負のオーラが頭をよぎったのか、二人して一生懸命いっしょうけんめい手を振った。


 千代田怜は、俺たちに気づいたらしい。

 最初、俺たちを無視むししようとしたのか目を逸らした。ところが思い直したのか、ムスッとした顔のままこちらへ手を振り返した。駄々っ子かよ。


 その後は俺と柳井さんも女連中と合流してたわむれ程度に水に浸かったが、入ってみるとそれなりに楽しめるものだな。人と水とをかき分けながら竹内千尋とプールの向こうはしまで競争した。女性陣は浮き輪の取り合いをしつつも、のんびりと過ごしているらしい。


 ただ、正午しょうごともなると、主に小学生を中心とした来場客によって、プール密度みつど最高潮さいこうちょうに達した。

 まあ二時間も遊べば上等じょうとうだろう。


 こうして手稲プールから撤収てっしゅうとなった。途中、ファミレスに寄って遅めの昼食を済ませて、大学へと戻った。




 文化棟玄関前へ到着したのは午後三時二〇分。


 玄関前に柳井さんと千代田怜の車を横づけして、各自かくじ荷物の運び出しをはじめた。メンバー全員の顔にプールの疲れがにじみ出ていた。


 そりゃそうだよ。水泳とは言わないまでも、水中での運動はスポーツの中でも消費しょうひカロリーがもっとも高かったはずだぞ。


「なあ怜よ、お前……本当にこのあと夏祭りに行く気か?」


 問われた怜は、少し口ごもったあとムキになった。


「……あ、当たり前でしょ!」

「いま少し考えただろ。いま少し考えたよなあ」


 俺の追求ついきゅうと周囲のぐったりした視線に右往左往うおうさおうしながら「考えてないもん! 考えてないもん!」と叫ぶ怜。涙目になってるぞ、お前。


「千代田さん、夏祭りまだ明日ありますから今日は解散かいさんにしましょ?」


 と、ちばちゃんにさとされて、ぐずりながらも怜はうなずいた。

 って、俺は悪くないよな?


 千代田怜の言質げんちを取って安堵あんどする一同。

 気を取り直して荷物の運び出しを再開さいかいした。と、榛名の背負うケースがやけに大きいことに気づいた。吹奏楽すいそうがく楽器がっきでも入ってそうな黒いソフトケースを眺めていると、榛名はいかにも見せびらかしたい顔へと変化して俺を見た。


電動でんどうガンだぞ」

「あーサバゲーか」

「マルイのG3SASHCだ。初心者しょしんしゃ向けってことで今回はこれだったんだけど、確かに扱いやすかったな」


 榛名はケースを開けて銃を取り出した。銃身じゅうしんは短いが――


「これはサブマシンガンか?」

「うんにゃ、アサルトライフルだぞ。とは言ってもかなりたまをバラまけるから似たような使い方になるけど」

「なるほどな。俺にはサッパリだが、やはり銃を見ると心躍こころおどるものがあるな。これだけコンパクトだと軽そうだが」

「軽いぞ。女でも扱いやすいってことでMP5クルツと迷ったんだけど、MP5Kは親父が持ってるし毎回借りるのも、っていうのもあってこっちにしてみた」

「榛名は前回VSR―10なんて持ってきてたからな。いきなりエアコッキングなんてみんなして笑ったもんだが」


 と柳井さんもにやにやしながら話に加わってくる。のだが、

 ……まったくもって話についていけねえ。


「いや、あれも親父から借りたやつだからさ……。今回は会長やペストマスクの人に色々アドバイスもらってたから助かったけどな」

「ペストマスクの人?」

「有明の定例会によく遊びにくる人で、ペストマスクかぶってくるんだよ。いろいろ教えてくれるし面白いぞ」


 荷物を降ろし終わり、解散となった。




 翌日、八月十四日の正午。


 文化棟のオカ研部室に到着した。

 こっちの世界の三馬さんとお会いできるからだ。


 部室のドアをあけると、柳井さんと竹内千尋とちばちゃんが部室にいた。

 霧島榛名は午後は模型研で素組すぐみ会ということで不在ふざい


「そういえば怜は?」

「ああ、千代田なら夕方に部室にくるようだぞ。疲れが出たんだろう」


 怜の疲れは半端はんぱなかっただろう。

 そりゃ俺たちでさえ昨日はぐったりしてたのに、一日でサークル旅行を組み立てて、それをこなし切ったんだから。とはいえ、そんなに頑張らなくたって夏休みはまだつづくだろうに。

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