03-07 やっぱり病院に連れて行ったほうが良かったんですよ!

 話し合う声が聞こえる。


 ……あれ、まだ部室には誰も……ていうか、エアコン効き過ぎじゃないのか……って!


 気がついてあたりを見ると、柳井やないさんと竹内たけうち千尋ちひろがいつものように窓側のパソコンの前で話し合っている。そして手前のソファには、千代田ちよだれいが雑誌を眺めながらアイスコーヒーを飲んでいた。


「寝てたのか? いや――」


 パソコン机の横にあるジェラルミンせいのカメラケースが目に入った。


「なんだ……映研か」

「なんだ……映研か」


 千代田怜がワザとらしく真似まねしてきた。まったくもってうっとおしいヤツだなコイツは。


「あのさあ、なに寝ぼけて厨二病ちゅうにびょうめいたセリフいてるの」

「いま……何時だ?」


 怜はなんでわたしがと言わんばかりの渋面じゅうめんを向けてきた。が、かまわず返答をまつ俺に、怜はため息をついてスマホ画面を確認した。


「午後三時半過ぎ、これでいい?」


 ……なんだよ、六時間近く寝ていたのか。たしかに朝っぱらからいろいろあって疲れてはいたが、いやまて。


 俺はG-SHOCKとスマートフォンを取り出して、時間をそれぞれを確認する。どちらも八月九日 十五時三四分。


 さすがに一日は飛んじゃいないか。

 

「ちょっと……人に時間たずねておいて、なんで自分でもう一度確認するの」


 怜が口をとがらせた。


 睡眠を挟んでもあっちの世界に飛ばないってことは、これでもうオカ研世界へ迷い込むことはなくなったってことでいいのか? いや、多重人格の線だとしたら、寝ているあいだにもう一人の俺が活動していた可能性もある。


「なあ、俺は何時間くらい寝てた?」

「さんざん無視してそれ?」

「僕が部室に来たときはたしか十二時で……そのときにはもう磯野はいたから、少なくとも三時間半は寝てたんじゃない?」


 竹内千尋がパソコンから身体を起こして答えた。


 なるほど。寝ているあいだになにかあったわけじゃなかったんだな。ただの睡眠で安心したが、当面とうめんは目覚めるたびにこの確認が必要になるのか……。


 柳井さんもまたパソコンから目を離してこちらを見た。


「大丈夫か? 昨日の今日だからな、まだ撮影日も決まってないし無理してこなくてもよかったんだぞ」


 え? その口ぶりだと、やっぱり昨日の俺はなんかやらかしていたのか?


 ……いや、俺もオカ研の世界でやらかして、医者にてもらうことになってしまったので人のこと? は言えないけれども。だがこれで、多重人格かどうかはさだかではないが、すくなくとも俺の別人格がいることは確実だな。


「柳井さん、こんなやつ、いちいち心配しなくていいですよ」

「千代田と磯野のやり取りは、ふだんとかわらん気がするがな」

「だからダメなんですよコイツ。またオカルト研究会がどうとか言うんでしょ?」


 柳井さんは、怜のふくれっ面を笑って流した。


 ……って、ちょっとまて。オカルト研究会?


「そうそう、オカルト研究会だっけ? あれ面白い話だったよね。昨日も言ったけど、シナリオのネタにちょうどいいよね」


 千尋もまた昨日の話題に触れてきた。


 ……それって、俺の別人格はオカ研の俺ってことなのか? オカ研世界の俺がこっちの世界に「いた」ってことなのか?


「昨日の俺は……どんなこと言ってた?」

「え?」

「磯野、あんた覚えてないの?」

「おいおい……」


 部室の空気が止まった。マズったか。


 ここで俺が覚えていないと答えたとしたら、昨日のことはいろいろと聞けるだろう。が、オカ研のときと同じように病院に連れ込まれてしまうんじゃないのか? いや、こっちではすでに真柄先生に診察しんさつしてもらったのか? そもそもこっちには真柄先生はいるのか?


 まてよ、ここは現実世界なんだから、病院送りになったほうが、いままでの不可解なことについて、解明かいめいしてもらえるのかもしれない。ただ、それは多重人格や記憶障害が原因だった場合についてだ。


 ――もしこの一連いちれんの出来事が、すべて超常現象ちょうじょうげんしょうだったとしたら……。


 超常現象なんて普通に考えればあり得るはずはないのだが、霧島千葉きりしまちはの名前の一致が、常識的なものの見方をあっさりとくつがえしてしまう。


 ……なにが起こったのであれ、オカルト研究会という言葉が出てきた以上、俺とは別人格のもう一人の俺がいることは確実だ。そいつは昨日一日この現実世界で過ごし、俺はオカルト研究会のある世界で過ごした。


 だから二重人格なのか夢なのかわからないが、確実に言えることは、


 ――現実世界とオカ研世界のそれぞれの俺が、昨日入れ替わったであろうということ。


「ちょっと! 磯野聞いてる?」

「ああ、悪い」


 まずいな。

 このまま無言でいたら本気で病気を疑われる。こうなったら――


「なあ怜、昨日俺になにがあった?」


 驚いた顔のまま青ざめる怜。


「え、ホントに憶えてないの?」

「よく思い出せないんだ……。昨日、俺がなにをしたのか、すまん怜」


 そう言ってさりげなく、いかにも深刻しんこくそうにうつむく俺。


「柳井さん、やっぱり病院に連れて行ったほうが良かったんですよ!」


 なるほど、ということはもう一人の俺は真柄先生には会ってないのか。オカルト研究会に所属しているんだ。オカルト慣れしているであろう「もう一人の俺」は、状況を把握して上手く取りつくろったのかもしれない。じゃあ、「もう一人の俺」は、どういう行動を取ったのだろうか。


 まず入れ替わった時点で、もう一人の俺が共有きょうゆうした情報は、おそらくではあるが、そいつの頭にもよみがえったであろう、


 ――二つの世界の人生の記憶。


 そして、俺がオカ研でしたのと同じように、動揺どうようして口に出たであろう言葉は、部室にいないヤツの名前――


霧島榛名きりしまはるな

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