03-08 それに高二ならセーフだろ

 怜は、ハッとして俺を見た。

 コイツのいまの反応からして、霧島榛名の名前を、「もう一人の俺」は口にしていたようだ。だが「もう一人の俺」は、医者に連れて行かれるまでには至らなかった。


 そうか!


 だからちばちゃんは、「昨日のこと」つまり俺が知るはずもない姉――霧島榛名の名前を口にしたことが気になったのか。


 ここまでわかれば、もうこの猿芝居さるしばいを押し通す必要はないだろう。さて、どうやって切り抜けようか。


 俺は千代田怜の顔をまじまじとのぞき込む。


「え、なに? なんなの?」


 いきなり俺に見つめられたことで、あわあわと挙動きょどう不審ふしんおちいる千代田怜。……リアクションが面白すぎる。もうしばらく眺めていよう。


 見つめられつづける怜は、困惑こんわくしながらも頬をほんのりと赤らめ、悩ましげに目をそらした。なんだよ意外いがいとかわいいな。


「……なに…………見てるの」


 いや、そろそろ笑いをこらえられなくなってきた。


「怜、おまえ適度てきどにデレたほうが、可愛げがあっていいぞ」


 吹き出しながらの俺の言葉に、涙目になってアホ面で固まる千代田怜。その顔は、次第に真っ赤にまっていった。


「…………磯野、あれ演技だったの?」


 ……ダメだ。ひさびさの怜のアホ面に、ぷっ……ぷぷっ……。


 腹を抱えて笑い出すと、怜の顔が次第に怒り顔へと変化していくのがわかった。


 自分で言っておいてなんだが、さきほど見せた動揺気味の千代田怜を俺は半ば本気でかわいいと思ってしまった。ところがだ、そこから下へと目を向けるとやはり――



  決定的に胸が無い。



 残念だ。非常に残念である。顔はかわいいんだし、世の中の貧乳好きならどストライクなのだろうが、たいへん申し訳ない。その属性は持ち合わせていないのだ。あえて言うならば、俺は両手で――いや、くわしくはよそう。


 柳井さんと千尋の反応を見ると、なぜか二人とも青ざめたまま首を振っていた。まあいい。とりあえず、病院送りをまぬがれつつ、うまく情報を引き出せた。「もう一人の俺」についての行動を知ることが出来たのは大きな収穫しゅうかくだ。


 俺は、怜のほうへと顔を戻す。

 直後、なにかするどい、こぶしのようなものがあg――


 アッパーカット!


 激しい衝撃しょうげきとともに俺は意識を失った。




「行きましょう! 撮影旅行!」


 うっすらと意識が覚醒かくせいしていく中で、千代田怜とは違ったはしゃぎ気味の声が耳に届いた。


 声の主へと顔を向けると、目を輝かせながら浮かれる青葉綾乃と、やや引き気味の苦笑いを浮かべる柳井さんがいた。


 さきほどと同じくパソコン席を占領している竹内千尋は、青葉綾乃のはしゃぎっぷりに合わせて、ニコニコとあどけない笑顔を振りまいている。


 ……つーかあご痛え。頭がクラクラする。……気を失ったのか俺は。


 って! これって、脳震盪のうしんとうじゃねえか!

 うわあ……あぶねえなあこいつは!


「あ、バカが起きた」

「いきなりなぐるなよ! 舌んだらどうすんだよ! いや、脳震盪とか下手したら後遺症こういしょうになるぞこのやろう」

「わたしだって右手痛いんだからお互いさまでしょ」

「そりゃ自業自得しごうじとくだろうが」

「うっさいバカ」


 ……ったく、物理的な意味で病院送りになるところだったわ。

 あれ? 青葉綾乃がいるってことは、ちばちゃんもいるはずだが――


「今日はちばちゃんは一緒に来てないの?」

「あ、磯野さんこんにちは! ちばちゃんはじゅくなのでさきに帰りましたよ」


 塾か。なつかしい。高二ならまあそうだよな。けど、映研に興味あったのはちばちゃんのほうだよな。なのに青葉綾乃は一人でも映研にくるのか。

 青葉綾乃がいるなら、とりあえず一番気になることをたずねよう。


「ちばちゃんは俺のことなんか言ってた?」

「磯野さんにハンバーガーおごってもらったって喜んでましたよ」


 なんだよそれ。ハンバーガーひとつで喜ぶなんてめっちゃかわいいじゃないか。


「ほかには?」

「いえ、とくに……磯野さん、ちばちゃんになにかしたんですか?」


 とたんに意地悪いじわるな顔になる青葉綾乃。


「別に、なにもないよ」


 平静へいせいよそおって答えたが大丈夫だよな? 青葉綾乃という子は、とても茶目ちゃめがあるのだが、この感じだと中心をなす性質たちは、やはりSなんだろうな。


 それにしても、ちばちゃんはあの階段の件について、なにも話してないのか? 本人がなにも思ってないのなら、ひと安心ではあるのだが。


「なに磯野、ちばちゃんにイタズラしたの?」

「するわけねーだろ! そもそもイタズラって表現やめろよ物騒すぎるだろ!」


 俺の反論に、思いっきり疑いの眼差まなざしを向けてくる怜。

 ……まあこれはしゃーない。さっきのモスは、俺でさえなに女子高生連れてお茶してるんだって感じだし。


「磯野って、まさかロリコン?」

「んなわけないだろ。それに高二ならセーフだろ」

「え、セーフなのそれ」

「ちばちゃん、ちっちゃくてかわいいですからね!」


 青葉綾乃のフォローにならないフォロー。

 青葉綾乃がちばちゃんにかまう理由が、なんとなくわかる気がした。あの怯えたウサギのようなちばちゃんは、同性どうせいであろうと母性本能ぼせいほんのうをくすぐられるのかもしれない。


 そんなことを考えながら、午前中から置きっぱなしの炭酸抜たんさんぬけコーラに口をつけていると、青葉綾乃はおもむろに俺に近づき耳打みみうちしてきた。


「けどちばちゃんって、あれで意外とおっぱい大きいですからね」


  ぶぼあ!

  コーラが……気管きかんに……!


「なにむせてんの」


 俺は咳込せきこみながら青葉綾乃の顔を見返すと、にっこりと笑顔を返してきやがった。コイツ……マセガキってレベルじゃねーぞ。


「わたしたちも見張みはっておくけど、綾乃ちゃんも磯野には注意してね」

「はい、わかりました」

「……ったく、おめーら」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る