第1話:瞬きは残りて

 ――夢を、見ているのだろうか。夢にしては明瞭すぎるし、現実にしては朧げだ。私が分かるのは、これは私の知らない世界で、この視界は私の物では無いということ。知らない場所で、初めて見る景色を宙から眺めて、希薄な感覚の中で、精神こころだけが宙に浮いている。

 見えているのは、戦場。翼や角が生えた人たちが、それぞれに与えられた奇蹟を用いて、自らの欲望のために戦っている。その奇蹟はとても輝かしく、圧倒的な迫力を持ち、多くの命を散らせていた。雷鳴が大地を揺らし、解き放たれた炎は木々を燃やし、圧縮された水はあらゆるもの切り裂き、あるものは奇蹟を帯びた武具を使い、世界の命すらも散らしている。

 ふとした時、視界の端、戦場から少し離れた場所で、小さな光が見えていることに気づいた。他を圧倒する、死の気配を帯びた光とは違う。他を抱擁し、死を遠ざける光が小さく輝いている。光は、傷ついた者を包み込んでいるようだ。だけど、その光が死の気配に包み込まれようとしていることが、何故かわかってしまう。それは当人もわかっているのだろうか、相当に焦っているように見えた。――あの人は、なにをしているんだろう。助からない、ってわかっているはずなのに、そんなことをしても、どうせ死んでいくのに――ただ一瞬でも引き延ばすために、自分の命を削っている。

「なんで、あんなことしてるんだろ・・・」

 誰に問いかけたわけでも無い。ただ自然と、そんな言葉が漏れ出ていた。

 そこから先は、とても単純なものだった。傷付いた兵士の最後を看取った人は、その安らかな顔を見て、自分の感情を押しつぶし、また歩き出していく。助けを求め、悲鳴を上げ続ける世界の中を。

 治療を始め、時に及ばず、時に命を引き延ばす。一人一人にの死に悲しみ、それでも止めぬ姿を、ずっと眺めていた。視界は変わらずに戦場を眺め続けているけれど、私はいつまでも視界の端に映る輝きだけをを眺めていた。その姿は、ある意味病的にも見え、少し怖くもあった。それでも目が離せない。一時的な救いにしかならず、根本的な解決にならないはずのその行為は、それでも多くの人を支えているように見えた。

 戦いに一段落がつき、休息の時間が与えられる。おもむろに空を見上げるその顔は、疲労と安堵に満ちていた。気づけば日は落ちて、戦いの痕を見つめる視界の上部、紺に染め上げられた空の上に煌々ときらめく星々が煩雑に落ちて、たゆたう雲が落とす灰色の影が覆いかぶさっている。

 ――無数の輝き、雲が落とす影の切れ間から、一つ孤立している星を見つける。決して強くはない光、他の星に強く影響しているわけでもない。ただ自分のために輝き続けるその星は、確かな美しさがあった。

「「私は・・・」」

こぼれ落ちた二つの言の葉は、誰にも届かず世界を彷徨う。

 いつの間にか、場面が切り替わっていた。今度は知っている場所だ。自分の背丈よりもおおきなベットや、あまり綺麗に整理されいているとは言えない勉強机、お母さんがたたんで、整頓してくれた服だけは、とっても綺麗に棚に入っている。あんまり女の子らしい飾りやぬいぐるみなんかはない静かな部屋。装飾らしいものといえば、壁に掛けられたカレンダーぐらいだろう。

「私の部屋だ」

「あれ、なんだったんだろ、やっぱり、ゆめだよね?」

 あまり特徴のない部屋を見渡しながら、独り言をつぶやいて確認してみる。

 やっぱり夢だったのか、記憶は判然としない。けれど、彼女の姿と見上げた輝きは、はっきりと思い出せる。

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