第3話 黄金色の練習曲(エチュード)

「西原くん、春休みにジュエリーの会社でアルバイトしてたんだって?」

放課後、帰り支度をしていると、クラスの女子に話しかけられた。

「あ、うん。よく知ってるね」

「松添くんに聞いたんだ~」


1年の時から同じクラスの谷森さんが、屈託なく笑いながら前の席の椅子を引いて座る。ちなみに松添は僕の親友だが、チャイムと同時に帰ったらしく教室にはもういない。


「でね、ちょっと聞いてもいい?」

そう言いながら彼女は制服の首元に手を入れ、着けていたネックレスを引き出した。

柔らかな金の細い鎖から下がる小さなトップには白い石が留められ、控えめな光を放つ。

「これね、この前誕生日だった時に彼氏がプレゼントしてくれたんだけど……。どのくらいのものなのかなと」

「どのくらい…?」

「その……金額とか?」

言った後、慌てて付け加える。

「あ!違うよ!?彼氏の気持ちを物の価値で測ってるワケじゃないよ!?その、来月彼氏も誕生日だから、どのくらいのお返しを用意したらいいのか、目安が知りたいというか」

「まあ、そういう事なら……外して見せてもらってもいい?」

「うん、ありがとー」

いそいそとネックレスを外し、彼氏からのプレゼントとカミングアウトした手前、気恥ずかしいのか、少し乱暴にクシャリと渡される。

「谷森さん、それ、ダメ」

「え?」

「この鎖、“小豆”っていうんだけど、コマの1つ1つの遊びが大きいチェーンは絡まりやすいから、こんな風に外して金具を組まないまま団子状にクシャっとすると、速攻で……ああ、ほら、絡まっちゃってる」

「ああぁ~」

「大丈夫。こんな時は……」

鞄からピンセットを取り出すと、机にネックレスを広げる。ピンセットを使い、チェーンを端から解いていきながら、どうしてそんなもの、持ってるの?という視線を後頭部にひしひしと感じる。


週末だけとはいえゴールドスミスの端くれとしては、ルーペ、ヤットコ、ピンセットくらい持ち歩くのは当然である、なんていうのはカッコつけで、本当はじいちゃんに道具の手入れの仕方を教わる為に、たまたま持って帰っていたものだ。

2本のピンセットは、1本は落とせば床に刺さるほど先を尖らせてあり、もう1本は力を加えて掴んでも先が負けないよう厚みを残し、少し丸く整えてある。

今使っているのは先の細い方で、チェーンがひどく絡まり、固く結んだようになってしまっている部分をピンセットの先で軽くつつき、結び目を緩めながら焦らずに端から解いていく。

5分ほどかかったが何とか無事に絡まりを解き、また絡まらないうちに金具を組んで輪にする。

金具が遊ぶのも絡まりやすい原因のひとつだから、こうして輪状にしてしまった方が絡まりづらいのだ。

「あ、ありがとう~」

「どういたしまして。じゃ、見せてもらうね」


まず確認するのは、金具だ。

金具には必ず金性の刻印が入っている。入っていない時はほぼ間違いなく、合金製のアクセサリーだ。

「まず、金性は――」

「キンショウ?」

「何でできているかって事だよ。ええっと……“K10”」

「ケージュー?」

「10金……約42%、金が含まれていますって事。それから……チェーンは“カット小豆”」

「カットアズキ?」

「ほら、七夕の飾りみたいに単純な輪のコマが繋がってるのが小豆チェーンなんだけど、そのコマにカットを入れてキラキラするように加工してあるのがカット小豆。ちなみにカットの入っていないただの小豆は“丸小豆”」

「ふ、ふーん」

どうやら、いらない豆知識だったらしい。


最後にペンダントトップを見る。

「ハートのトップに白い石が4ピース、爪留め」

「白い石?いや、透明だけど」

「宝飾業界では、透明の石の事を“白”って呼ぶんだよ。“色が無い”って意味なんだと思うけど」

「石って、ダイヤかな?」

「たぶん違うと思う。ダイヤならもっと光り方が硬いっていうか鋭いし、大抵は石目刻が入っているはずだから」

「イシメコク?」

「ダイヤとか石がどのくらい留まっているかを表す刻印。石目っていうのはキャラット、つまり石の重量の事。“何キャラットのダイヤ”、とか聞いた事あるでしょ?」

「お~、あるある」

「トップにも金性刻は入ってるけど、石目は入ってないから、たぶんホワイトサファイヤとかホワイトトパーズとかの半貴だと思う」

「ハンキ?」

僕の言葉を片言で復唱する谷森さんは、専門用語ばかりの説明に、聞いた事を後悔し始めている素振りだ。

「半貴石の事。ダイヤ、ルビー、サファイヤ、エメラルドの貴石より硬度や金額的に落ちる石の事だけど、今は色んな石が使われているから貴石と半貴石の境界は曖昧だよね」

「ソウナンダー」

とうとう返事まで片言になってしまった。


どうしよう。僕の説明、そんなに分かりづらかったかな。それとも余計な知識を併せたから、混乱させたかな。

「凄い!西原くん、詳しいんだね!」

そばで聞いていた多賀さんが、感心したように明るい声を上げる。

「ね、谷ちゃん?」

「う、うん、色々説明してくれて、ありがと」

谷森さんも、気を取り直したように笑顔に戻った。


「私にも、教えてほしいな」

「あ、うん、いいよ。僕に分かる事なら」

「えっとそれじゃ、18金とか純金じゃない金って、別の金属が混ぜられているって聞いた事があるんだけど、何が混ぜられているの?」

「多賀さん、オリンピックとかでもらえるメダルの種類、言ってみて」

「え?金と銀と銅?」

「そ。ずばり、その3つ」

「ええ!?そうなの?」

ノートを広げて棒を書き、3/4のところに線を入れる。

「例えば、18金ならこの75%が金ね。この75%をキープして、あとの25%の銀と銅の割合を変える事で、色味をコントロールする事ができるんだ。ピンクゴールドなら銅の割合を多く、銀の割合を多くすると“青金”と呼ばれる白っぽい金になる」

「あ、その白っぽい金が、ホワイトゴールド?」

「それが違うんだ。お店とかで見るホワイトゴールドはいわゆる銀色じゃん?あの銀色はメッキの色なんだ。“ロジウム”っていう金属のね。ええっと……」


化学の教科書を取り出し、元素周期表の元素にどんどん丸をつけていく。

「ジュエリーだと、ほぼ第9族から第11族の金属――金、銀、銅、パラジウム、ロジウム。で、プラチナ、コバルトがよく使われるところかな」

「この“ニッケル”は?元素表ではよく使われる金属に囲まれているけど」

「ニッケルは、肌に触れるとアレルギーを起こしやすいから、日本のほとんどのジュエリーメーカーでは使用されていない。海外製だと、ニッケルメッキの商品も平気であるらしいけどね。あと、合金でできたアクセサリーにも使われる事が多いから、肌が弱い人は気をつけた方がいいね」

「へえええええ~」

しきりに驚き、感心する多賀さんの様子に、周りのみんなも集まってくる。


「なになに?何の話?」

「西原くんが、ジュエリーのトリビアを教えてくれてるんだって」

「なんか面白そう!」

「ね、他にも何か、ある?」

「そうだなあ……」

いつの間にか僕らを囲むみんなを見回し、ひとりの男子生徒の手首に目を留める。


「多嘉良のしてるバングルは、シルバーだよね」

「おう。カッケェだろ」

手首を上げて見せるバングルには、クロスをモチーフにゴシック風の透かしが入り、そのへこんだ部分が黒く変色している。

「うん。そのバングルに施されている表面処理は“古美”とか“いぶし”っていうんだけど」

「聞いた事あるな。“いぶし銀”って渋いのを例える時に使うんだろ?」

「そうそう。磨かれてまっさらな銀は柔らかい銀色なんだけど、それが時間が経つにつれて黒さを含んで光が鈍くなる。その経年変化を表面効果として付与する目的の処理をしてあるんだ」

「あー……、つまり?」

「古くないけど、古っぽく見せてるって事。でもメッキとは違うんだ。メッキは薄い金属皮膜で“覆う”表面加工だけど、いぶしは銀に含まれる銅に、硫黄を反応させて、つまり硫化させて表面を黒く“変色”させているから」

「銀って銅が含まれてるの?」

「さっき金製品は金、銀、銅でできているって言ったけど、銀製品は銀と銅を混ぜてできているんだ。いぶしって銀に施される加工だと思われがちだけど、銀じゃなくて銅に反応させて起こす化学反応だから。

ちなみに理論上、純銀は銅が含まれないからいぶし加工はできないし、変色もしない、と言われてる。まあ、理論上だけど。実際の純銀は99.99%とか、どんなに100%に近づけてもわずかに混ざる卑金属で微かに変色は起きるんだけどね」

「温泉で色が変わる事ってあるよね。それも化学反応?」

「そうそう!まさに。温泉に含まれる硫黄の成分と反応してるんだよ。だからシルバーだけでなく、金でできたネックレスとかでも銅が含まれているから、黒っぽく変色するんだ。温泉とか入浴剤には気をつけて」

「おお~~~」

この知識は匠美鎖で教わった事、じいちゃんに聞いた事の他に、自分なりに調べたものだ。

もっとしっかり自分の中で噛み砕けていれば、分かりやすい説明ができたんだろうけど、今聞いてくれていた人の中にはいまいち理解できなかったらしくポカンとしている人もいた。


お開き、という雰囲気になったので、道具を鞄にしまって立ち上がりながら、谷森さんに声をかける。

「谷森さんは金額が知りたいって言ってたんだよね。ごめん、店舗での価格は、実は僕、よく知らないんだ。さっき言ったものと同等の商品を店頭で探して、値段見てみて。大体、同じくらいの金額だと思うから」

「あ、うん……」

少し上の空な返事を返す彼女は、迷うような眼でこちらを見つめる。

「どうかした?もしかして説明が分かりづらすぎて、退屈だった?」

「ううん、違うの!あの……あのね」

言い淀み、やがて決心したように顔を上げた谷森さんは、僕の袖を引っ張って廊下に連れ出す。

「西原くん、あのね、お願いがあるの」

真っ直ぐに見つめるその瞳は、真剣そのものだ。


「不正を暴いてほしいの」




「試すような事して、ゴメンなさい」

駅近くの喫茶店の奥の席に落ち着き、まずは謝らせてほしいと断って、谷森さんは頭を下げた。

「あ、いいよいいよ。気にしないで。それよりここ、いい店だね。静かで落ち着ける」

「うん。あたしの隠れ家。誰にも教えた事、ないんだ」

「え、いいの?僕なんかと一緒に来て」

「西原くんは、これから共犯者になってもらうから」

「彼氏は?」

「さっきの話?あれはウソ」

やれやれ。溜め息を押し殺したところで、頼んだカフェオレがくる。

一口飲むと、コーヒーの香りの高さに驚いた。

「ウマッ!なにこれ。こんな美味しいカフェオレ、初めて飲んだかも」

嬉しそうに頷く彼女が目を輝かせる。

「でしょ!嬉しいな、ここの美味しさを理解できる繊細な味覚の持ち主と一緒に来られて」

「でも谷森さんは一緒にコーヒーを楽しみたくて、僕を誘ったわけじゃないんでしょ?さっきの“不正を暴く”って、どういう事?」

「うん……」



彼女の話を要約すると、こういう事のようだった。

数か月前、母親が、再婚を考えているという男に、持っているリングの仕上げ直しを頼んで預けた。その出来上がりを楽しみにしていたそうなのだが――


「絶対、おかしいの。なんか輝きが変にギラギラになったというか、安っぽくなったというか。でもママは全然あたしの言う事信じてくれなくって」


そもそも、谷森さんはその再婚予定の男の事を、初めて会った時からあまり好きになれなかったらしい。

「なんていうか……笑顔がウソ臭くって、信用できないっていうか」

騙されているんじゃないか、そう彼女は考えているのだ。

「もし何か不正が行われていたのだとしたら、再婚の話も怪しいでしょ?だから、家に一緒に来て、そのリングを見てほしいの。……ダメかな?」

「僕は知識が多少あるだけで、別に鑑定とかはできないよ?」

「……ダメ?」

品質に対して責任を持つ事のできない僕に引き受けられる事ではない。谷森さんには悪いが、断ろう……。


「見てくれるだけで、いいから。ママを説得してほしいとか、そういうんじゃないから!」

食い下がる彼女の必死さを前に、溜め息を吐く。

「本当に、見るだけだよ?」



結構立派なマンションの入り口で待たされ、10分ほどしてからインターホンで呼び出す。

すぐに開かれた扉から入りエレベーターで上がると、玄関の前で待っていた谷森さんが手を振る。

「お邪魔します」

誰もいないとは聞いているが一応挨拶して上がると、リビングに通される。


――いいのだろうか。家族が留守の女の子の家に、男が上がっても。

ソファに座りながら変に緊張している僕に、「何か、飲む?」と声がかかる。

「いや、さっき飲んだばかりだからいいよ。それより問題のリング、見せてもらえる?」

「ちょっと待ってて」


すぐに戻ってきた谷森さんが渡してくれたリングケースには、ロゴが入っている。

「ヴェルガリ、だね」


ヴェルガリはイタリアの超一流老舗ブランドで、僕も1度だけ仕上げ直しで磨いた事がある。

リペア課には自社他社問わず修理品が回ってくるが、取引先の社長の私物とかいう断るわけにもいかないシチュエーションで営業が預かってきた事があり、それを磨かされたのだ。最初は、「こんなハイジュエリー、自分には荷が重すぎる」と抵抗してみたが、例によって国立さんが「大丈夫だから、やってみ?」と押し切り、恐る恐る手を付けたのだが、まあ凄かった。磨いてもまったくスアナが出てこないのだ。

あの時は、“やっぱり一流ブランドは地金から違う”と感動した。だからこそ一流なのだと納得した。

それに、“磨いてみて、凄さが分かる”なんて職人っぽくて、ちょっといい。


ケースを開く。

「あれ?」

目にしたリングから、少し思っていたものと違う印象を受けて戸惑う。

手に取る前に、指紋を付けて汚さない為に一応手袋をすると、谷森さんがおずおずと尋ねる。

「さっきも思ったんだけど……西原くんって、いつもそういうの、持ち歩いてるの?」

「あ、この手袋?これは洗濯するのに持って帰ってたのを、たまたま道具入れに入れてただけ」


木綿の白の手袋は、最後に検品をする時に使用する。

素手で扱い、ベタベタと指紋を付けてしまっては表面に傷が残っていないかちゃんと確認できないし、検品しながら付いている指紋や汚れを手袋で拭い、最後に綺麗な状態にする為だ。

木綿の手袋は、おろしたての新品だと繊維が硬く、こすった時に傷が入る事があるので、1度洗濯した方が柔らかくなっていいという赤樹さんのアドバイスから、今ではリペア課の常識になっている。


リングを手に取り、まずは全体のデザインを確認する。

次にルーペを出し、留められたメレダイヤを見てから、表面をよく見てみる。

最後にリングの内側をルーペで見る。


「……………」

「どう?何か分かった?」

「うん……」

言ってもいいものか躊躇する。

「その前に、ちょっと聞いてもいいかな」

「なになに?」

「仕上げ直しをしたのはこのリングで間違いない?」

「うん、それは間違いない」

「戻ってきたら安っぽくなったとか言ってたよね?具体的にどこが変わったと思ったの?」

「えっと……なんか、傷とかは無くなったんだけど、変な色になって石も変にギラギラしてて……、全体的に安っぽい感じになった気がしたんだよね。ヴェルガリなんて、凄いじゃん?いつかママから貰うつもりでいたから、なんかガッカリしちゃって」

「ああ」

それで。

「谷森さん。落ち着いて聞いてね」

「う、うん」

彼女は背筋を伸ばして、ソファに座り直した。


「これ、ヴェルガリじゃない」


「やっぱり!アイツがすり替えて――」

「あ、ちょっと待って。物は間違いないんだよね?偽物、とかそういうんじゃなく、たぶんケースは入れるのに使っていただけで、最初から全然関係のないリングだったんだと思う」

「えっ?ええ~?」

早合点からいきり立っていた谷森さんが我に返って、がっかりした声を上げる。


「で、このリングなんだけど、まずブランド刻がない。ヴェルガリなら何度仕上げ直ししても消えないくらい深い刻印が必ず入っているんだけど、それがない。

石目刻もないから、石はダイヤじゃない。もっと言えば金性刻が“925”になってる。つまり、ゴールドでもプラチナでもない、ただのシルバーって事。

もし元が本物のヴェルガリで、騙すつもりですり替えたんなら、もっと本物っぽくブランド刻も金性刻も同じように入れてると思うんだ。僕みたいな素人に毛の生えた程度の知識しかない人間に見破られるようなクオリティで、詐欺なんてしないんじゃないかな、たぶん」

「でも……!」

受け入れる事ができずに反射的に反論しようとするが、言葉が出てこずに黙り込む。


僕だって、ブランドに詳しいわけではない。それでもこんな一目でヴェルガリではないと分かるリングで、詐欺って事は無いだろうと思う。


「……あのさ、こういうブランドに憧れを抱く年頃なのは、分かるよ。でもね、リングケースのロゴだけで盲目的に信じちゃダメなんだ。ジュエリーであれば必ず、リングなら内側、ネックレスなら金具のところ、ペンダントトップなら裏側か側面にブランドロゴが刻印されている。まして貴金属細工の本場であるイタリアの一流ブランドが、ブランド刻の入っていないリングを作るはずがないんだ。刻印っていうのは、品質に対する証明であり、そこに刻み込む為の責任を伴うのはもちろん、誇りでもあるんだから」


「じゃ、じゃあ変な色になったのは!?石もなんかギラギラしてて、安っぽくなったのは!?」

「うん。石がギラギラっていうのは、たぶん石が綺麗になったからそう感じるんだと思う。石ってね、留めてある裏に“下穴”っていって、光を取り込む為の穴が開いているんだ。ほら、このリングも内側からみると、穴が並んでるでしょ?ここが石が留まっているところ。でさ、穴が開いているから、着けているうちに垢とか汚れが入り込んで石が曇っていくんだ。表面を拭っても石が曇っている場合は、石の裏が汚れているか、石自体が変質したかのどっちか。今回は洗浄で汚れは落ちたんだろうね。だから石がクリアに見えて、見慣れていた曇った石がギラギラになったと感じたんだと思うよ。石のカットとか見た感じ、たぶんCZだと思うけど、こればっかりは確かな事は言えない。

それから、これシルバーだって言ったけど、シルバーって普通銀色でしょ?でもこのリングは金色。つまり、傷を落とす為にバフ――研磨をした後、金メッキをかけ直してあるんだよ」

「メッキ……?」

復唱する谷森さんの顔が赤い。

信じていたブランド品がどんどん安っぽいものにされていくようで、恥ずかしいのだろう。


「金メッキって、例えば“18金メッキ”とか一口に言っても、メッキ屋さんによって仕上がる色味が多少違うんだ。だから、色味が変わった事で安っぽくなったって感じちゃったんじゃないかな?僕が見た感じだと、このリングの金メッキは黄色味が強めで純金色に近い感じだけど、かけ直す前は少し違う色味だったんじゃない?それに仕上げ直しに出すほど愛用していたんなら、だいぶ変色していたかメッキが剥げてきていたはずだし、経年変化を新しくかけるメッキで表現するのは難しいから」

「………………」

谷森さんは、とうとう黙り込んでしまった。


もっと優しい言い方をした方がよかっただろうか。事実をありのまま伝えた方がいいかと思ったんだけど。


「谷森さんの言ってほしかった答えじゃなくて、ごめん。でもさ、仕上げ具合を見た感じ、研磨はしっかりされて傷も落ちているし、ラインも崩れていない。石裏の汚れもね、地金が厚いと取り切れない事もあるけど、しっかり洗浄されてる。この仕上げ直しはちゃんとした職人さんがしてくれたものだと、僕は思うよ?」

「そう……」

悔しそうに唇を噛む様子を見て、ようやく僕は理解した。


彼女はこのリングの不正よりも、母親の再婚を阻止したかったのだ。

僕はそれを間違いのない仕事だと立証してしまった。


「えーっと、でも、これはあくまでこのリングを見た僕の見立てで、元のリングを見てないんだから不正がなかったと断言はできないんだけど……」

一応フォローしてみる。

が、少しの沈黙の後、谷森さんはフッと笑った。

「あーあ、なんかひとりで思い詰めて、バッカみたいだね、あたし」

「そんな事ないと思うよ」

「え?」

「谷森さんなりに、大切なお母さんが傷つく事のないように気を回した結果でしょ。それ自体は別に悪い事じゃないよ。でもさ、もうちょっと、その再婚予定の相手の事を受け入れるスタンスで接してみたら、どうだろ?」

「受け入れるスタンス?」


「僕もさ、バイトで大人に混ざって仕事させてもらって、周りはみんな社会人だから緊張もするけど、でも向こうだってまだ高校生の相手にどう接していいか、戸惑っていたりもするんだよ。だからさ、笑顔がウソ臭いとか言わずに、受け入れてみようと思って接したら、もっと違うものが見えてくるかもよ?」

「そう……かなぁ……」

「そうだって!だってさ、考えてもみなよ。おじさんがさ、こんな美人女子高生を前にして、緊張しないわけないじゃん?しかもこれから自分の娘になるかもしれないんだよ?」

軽口で笑わせようとしたのだが、なぜか谷森さんはさっきよりも顔を赤くした。

「う、うん……そだね」


顔を上げた谷森さんは、なにか吹っ切れたような明るい笑顔だった。

「ありがとう、西原くん。このお礼は今度するね」

「いや、お礼ならもう貰ったかな」

「?」

「さっき連れてってくれた、喫茶店。あそこ、今度から僕も行っていいかな?」

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