第6話 心は拳で奮い立つ。
思い出の場所。男がそう告げた場所。それは街が見下ろせる高台にある小さな公園。中学の頃の通学路にある、桜がベンチ一つを小さく飾っている人気もない公園だった。一足先についたのか誰もいない公園が猩丸を迎え入れる。
「思い出の場所っつったってここで思い出なんて…あったか?。」
「あぁ。そいや、ここで緋羽と高校どこに行くかって話したんだっけ。そしたら同じところ行くって言ってけど点数的にお前は無理だって言ったら。あいつ点数を合格ラインまで一年であげたんだよなぁ。あの時はほんと驚いた。」
考え事をしている猩丸のそばに人の気配がよる。
「!」警戒しながら彼は振り返った。
「来ちゃった。」と気配の主は一言つげる。
「錦木さん。どうして。」
「電話してたの聴いたから。あんな声で話してたら聴くなというほうが無理よね?。聞いちゃったら心配するなって方が無理よね? 行かないほうが無理よね? 全くもう。」
「それにこれ。せっかく私が買いに行ったってのに受け取らないとか。あなたホントひどいわよ。」缶のジュースをバックから取り出して指し示す。
「あぁ、そっかごめん。ありがとな。」
「そんで、この私を外においてさ。」猩丸には聞こえないようにつぶやく。
今まですべての中心に座っていたような、世界のスポットライトの下にいる感覚を持っていた錦木にとってその外に置かれるのは初めてのことだった。そう、今ここでは彼、深山猩丸を中心に世界が回り自分はその外なのだ。眺められるではなく眺める。他者へ自分の存在を陽のように放つのではなく他者の存在を月のように受け留める。それは初めてで新鮮な、その感覚をもっと味わいたいと錦木は思った。そしてなにより、男の手すら初めて、しかも自分から握ってあげたのにそんな自分をそんな風に置いてけ掘りに蹴り落してタッタカズンドコ進んでいく、進んでいけている二人に対してすごく面白いと彼女は好意を持ち始めていた。
「でも、帰った方がいいよ。多分危ないから。多分。」
「あの男の人と決闘?知ってる? 決闘って犯罪なのよ?」いじわる気に錦木は笑う。
「決闘ってそんな…そんな大げさなものじゃないよ。」
「ねぇ?」
「ん?」
「昨日の答え、今もらってもいい。」
「こんなとこで? 状況で?」
「うん。こんなとこと状況だから。」
「あぁ。あれは、その。」
「やっぱり答えにくい?」わかっていたといたずらめいた表情を見せる。
「そりゃ、ねぇ。ちゃんと考えて答えだすべきことだろ。即断即決でハイ! ともイイエ! ともいえないよ。」
「じゃあ、すぐ答えれるように変えてあげる。」
「変える?」
「うん。」
「恋人から、友達に。」
「私と友達になってください。これならどう?」
「え。ああ、それならまぁ。いいよ。こっちこそよろしく。ってすぐ答えられるけど。それでいいの?」
「いいの。今はこれで。いいと私も思ってるから。ね。」図りを見せないかわいらしさのある笑みでにこりと笑う。それに猩丸は顔を赤らめてしまう。
「そっか。それなら俺も肩が軽くなるよ。(あー。これは、負けるやつ多いのわかるわ。)」
「もう出てくるな。と言ったはずだが。」朗らかな空気をつぶすように男が現れた。
「あら、私はうんとは言ってはないわよ? そうよね? なら、どこで誰の横にいようと私の勝手じゃない。そうでしょ?」錦木はクスリと狐のような笑い方をする。
「遅かったな。迷ったのかよ。」
「いや。待っていたのさ。お前が此処に先に来ているように。お前が先でないといかんのだ。そうでなければ劇的ではない。」
「なんだそりゃ? ってと、錦木さん。下がって。危ないから。」
「その必要はないと思うのだけれどね。なにせ、彼の目的はあなた一人なのだから。でも下がっておいてあげるわ。」にやりとした錦木は一言追加する。
「猩ちゃん。」と。
錦木のその呼び方に男の眉が一つ上がる。
「しょ、猩ちゃん??」
「友達なら当たり前でしょ? ほら。驚いてないで。猩。彼来るわよ。」
「くっ!」伸びてくる右手を払いのけ左の手で男の胸を突き飛ばす。
男は突きに逆らわず後ろにごろりと転がり体を立て直す。
「まだまだぁ!」今度は爪を立てた手で顔をひっかきに来る。猩丸は泳ぐように手を動かしてそれを自らの腋に回しこむ。ベルトを掴み振り飛ばしにかかる。
「させるかよぉ!」男は躊躇なく頭を猩丸へ叩きつけ、自らが投げられるのを防ぐ。
「ってぇな馬鹿野郎!」崩れそうになる足を滑らせながらも持ちこたえにじむ視界に男を見据える。
「痛い? 痛いに決まってるだろう。そうだ、恋は、愛は痛いんだ! つらいんだ! 苦しいんだよぉ!! ははは。そうだろ? 猩!」言いながらヒュッと猩丸の顔を払い。パァンと乾いたいい音を立てさせる。
「っつぁ! (くそ、まだ目がにじんで)。」
「あ! 下!!」
錦木の声も空しく猩丸の腹に男の膝が刺さる。
「ぐっぁ!」
「もらったぁ!」男は動けなくなった猩丸をぶっきらぼうに蹴り倒し悠々と馬乗りになりマウントポジションを取る。
「ははは。俺の勝ちだ。俺の愛の! さあ、受けろ猩! 俺をそばに!」
「そば!? 俺がなぁ、俺が俺のそばにいてほしい奴はきまってんだよ。そりゃ髪と同じように性根もねじくれ曲がってわけわかんないことで勝手に怒って、こっちが謝る前に勝手に機嫌直したりして付き合うのに難しくてめんどくさいとこがあるが、あいつだって! 気を置かなくてもわかってくれる緋羽だけだってな! だからおめぇに負けるわけにはいかねぇんだ!」
そう告白すると猩丸は男の手とベルトを掴み腰を打ち上げ男を跳ね上げる。
「っだぁあ!」舞い上がる土埃の中男を放さずマウントを奪い胸倉をひっつかむ。
「どうだおらぁ! 余裕みせてっからこうなるんだよ!」勝ち誇り覗き込むように顔を近づけ見下ろした先にいたのは男ではなく。
緋羽だった。
「んな!? 緋羽!!! はぁ!? えええ!?」突然の事態に猩丸は緋羽の上から飛びずさるとズリズリと後ろに距離を取る。
「やだ。あなた。がさつでおおざっぱだとは思ってたけど男だったの? って。え? あ。それじゃなくて。」あまりもの出来事に錦木も理解が追いつかない。
緋羽は体を起こすと、すり寄るように猩丸へ近づいていく。ふっと挙げた顔は赤くなっていた。
「なぁ、なぁ、猩。さっき言ってたの。ほんとか? なぁ。」ぺたりと合わさるくらいに近くにある緋羽の口から聞いたことのないようなやわらかい声色で尋ねてくる。
「さっきのって?」
「その……色々あるけどそばにいてほしいっての。」
「う……。そ、そうだよ。ほんとだ。ほんと。お前がそばにいてほしいって思ってるよ! ああ、そうだよ!」猩丸は恥ずかしさから真っ赤になっている顔を隠すように片手を当てる
「じゃ、じゃぁさぁ、俺、その証に指輪がほしい。」ぺたんと座った彼女は指を組んでねだる。
「ゆ、指輪ぁ。持ってるわけねーだろ。」
「ほしい。ほしいの!」
「持ってないから! ほら。な! 後で、後で。な!」
「今! 今じゃなきゃやなの!」
「あー。んじゃなんか代わりになりそうなもん。光っててなんか豪華でえーっと。これっきゃねーか。ほら緋羽手出せ。」猩丸は相対している緋羽をくるりと反転させ、その緋羽の背を後ろから抱くようにして手を取ると
目の前にある真っ赤に輝く夕日をその指に乗せた。
「今はこれが精いっぱいだ。」
「ううん。これがいい。これが。世界で一番輝いてる指輪。」緋羽は、ほぅ…と指の上で輝く宝石に目を細める。
「お前、見た目に反して意外に乙女なのな。」
「意外はひどいぞ。これからよろしくな。」プッとむくれて言い返してくる。
「これから? これからもなにも、俺が好きに気づいただけでお前との関係がなんか変わるのか? いつも通りだろ。明日も学校行ってつまらない授業聴いて、くっだらない話して、笑って歩いて飯食って。なーんも変わらねーだろ。な。気づく前の昔っからそうだったんだからよ。」猩丸はポッと茹る頭の中から言葉を拾い出す。
「そう、そうだね。」緋羽はゆっと猩丸に寄りかかる。猩丸はその肩を支えるように抱きとめる。世界一でかい指輪をまたはめ、背なの温かみとともに緋羽は余韻に浸っていた。
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